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国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─  作者: おめがじょん


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前科80:人間、死にかけの時ほどテンションが高い




 幅の狭いコンクリートの廊下。

 古びた手すり。死にかけた蛍光灯がまだらに明滅し、湿った壁には長年染みついた生活の汚れがこびりついている。辻上陽子は、その息苦しい通路を無駄なく駆けていた。トリッキーな動きだ。狙いを絞らせない為、柔軟な体捌きで時に跳び、急に進路を変えたりする。

 

「元気な女だ。てめぇ、八代にやられてまだ間もないだろうに」


 後方から飛んできた声は軽く、そして冷たい。

 次の瞬間、壁が裂けた。辻上がさっきまで肩を寄せていた場所に傷だけが残る。

 音はほとんどない。ただ、コンクリートだけが遅れて口を開けたみたいに割れた。


「──ひはっ!」


 壊れた笑いが漏れる。

 一瞬の油断が致命的になるが故の面白さを感じていた。右手を払い、八咫烏。

 熱線が、通路の角を舐めるように走った。真正面から追ってくる相手の視界と足場を同時に潰す軌道。狭い団地内では十分すぎる牽制である。


「おっと」


 そう言った時には、もう半身ずれている。

 熱線は総司の肩先を掠めもせず、壁を焼いて爆ぜた。砕けたコンクリート片を踏み越え、伊庭総司は相変わらず軽い顔で歩いてくる。その手の中の光は見えにくい。剣身も曖昧だ。

 不可視のまま振るう時と、光を収束させて見せる時がある。その使い分けが鬱陶しい。


(──当たらない、か)


 壁が裂ける。床が断たれる。

 八咫烏は掠りもせず、距離だけが詰まっていく。押されているのは辻上だった。

 八咫烏と光の魔剣。直線状の速さなら総司の方が上だ。魔術印の展開も大きな速度差に繋がっていた。


「逃げるの上手ぇなぁ、ほんと!」


 辻上は無言で角を曲がる。

 曲がりざま、タイミングをずらして二条目の八咫烏を放つ。今度は低い。膝を目掛けての軌道だった。

 総司は飛ばない。しゃがみもしない。ただ一歩、歩幅を変えた。それだけで熱線は外れる。通路の床を灼き、焦げた臭いが広がった。


(体捌きが並の魔術師じゃない……)

 

 逃げながら伊庭総司を分析する。

 血継魔術師らしくない。力だけで押すでも、魔術に頼りきりでもない。

 あのタイミング、あの角度で撃ったものを簡単に避ける。

 近接戦になってもこのままでは分が悪そうだ。辻上は大きく跳躍し、別棟の階段へ飛び込んだ。

 踊り場。上下の段差。縦の逃げ道。平面よりは散らしやすい。手すりを蹴って身体を反転させる。


「うわ、容赦なっ──!?」

 

 反転した視界、着地先が不可視の剣によってぶった斬られたのが見えた。

 団地に着地できずそのまま地面へと落下していく。だが、辻上の体に魔術印が浮かんだ。背中から黒い魔術で作られた翼が展開し滑空体勢へ。総司も巨大な光の魔剣を複数展開し、それを足場として辻上を追う。


「嘘でしょぉー!?」


 動きが素早い。数ステップで辻上と同じ高さまで接近し、


「終わりにしようや」


 再度巨大な光の魔剣を召喚。辻上目掛けて魔剣をフルスイング。四層まで防御魔術を展開した辻上だが、威力は完全に殺せなかった。壁を突き破り、轟音を立てながら団地倉庫へと吹き飛ばされた。

 

「はい、捕まえた」


 軽口と共に一閃。倉庫の壁が縦に裂けた。

 続けてもう一本。陰そのものを削るように光の筋が一閃。開けた先には倉庫の床に辻上の体が転がっていた。息が荒い。口元には血を吐いた跡が残っている。


「八代と闘りあった後、ここまで運んで治療したのは誰だ?」


 総司の問いに辻上は笑って答えない。

 総司が片腕でも吹き飛ばしてやろうと思った時、後方と左右から熱線が迫っているのがわかった。一歩、地面が割れて総司が辻上へと加速。ならば、両足を斬り落とそう。と、光の魔剣を展開した瞬間、


「──ひひっ」


 辻上も立ち上がって前に出た。

 魔術印は一つ。避けてそのまま斬る。──だが、八咫烏の魔術印ではない。

 印に手を添え、辻上が何かを引き抜く。魔剣の軌道に割り込んできたそれを見て、総司の眉がわずかに動く。受けた瞬間、鈍い金属音が倉庫に響いた。


「──魔刀ッ!?」


 鞘で受け、辻上が手首を返し魔刀を下に振るう。

 鞘から刀身が見え、斬撃が総司へと迫る。受け止めるが重い。

 態勢を崩され、斬り上げを何とか避けた。総司は光の魔剣を投げつけ、それを辻上は魔刀で弾く。

 その隙に下がろうとしたが、


「──ッ!」


 辻上は息を短く吐き、正眼に構え直す。

 半歩。

 ほんのわずかに間を外して――突き。切先だけが、一直線に総司の喉元へ伸びた。


「あっぶね」


 右横から声が聞こえた。

 辻上の一歩の射程外だ。総司が居た場所に抉られた跡が残っている。驚異的な速度で避けたらしい。これには流石に笑うしかなかった。


「やるじゃないですかぁ。()ったと思ったのにぃ」


「いや、実際肝冷えたぜ。母さんが教えてくれた歩法がなきゃヤバかったわ」


 ──アレか。と辻上も理解した。

 先ほど魔剣を渡って追撃してきた時の移動方法の事を思い出す。

 厄介な移動方法だ。辻上程の魔術師でも、容易に真似はできないと判断する程の。

 

「ま、この程度で驚いてるようじゃ八代にはまだ勝てないぜ。アイツは、俺よりはえーからよ」


 総司の挑発。辻上が八代に負けた事は兄から聞いていた。

 実際辻上には効果があった。のほほんとした表情に一瞬苛立ちが浮かぶ。

 

「魔刀だけで勝てる程甘い相手だなんて思ってないですよぉ。まだ、使いこなせてもないので」


 辻上の言葉に薄笑いだけ総司は浮かべた。

 言葉にしなけりゃよかったと後悔しているからだ。伊庭小夜子が考案した移動方法「縮地」。

 死に物狂いで模倣したそれを、その馬鹿息子は一目で真似た。

 あれ程苛ついた日もない。クールになれ、落ち着け、と一息ついて光の魔剣を展開する。

 一本や二本どころではない。空中。地面。無数の光の魔剣が顕現した。


「そろそろ疲れたから終わりにするわ」


「賛成しまーす! こっちも時間ないので!」


 辻上の体に魔術印が展開され、黒い鴉のような鎧が全身を包んでいく。肩から背中へ伸びる線は、まるで骨格そのものを外側に増設したみたいに鋭い。

 胸甲は薄く、両腕には羽根の意匠を模した外装。膝から脛にかけては、跳躍と着地だけに特化した異様に細い補助骨格。背には先ほど展開した黒い翼がより濃く、より硬質的な形となって噴き出していた。

 

「では──ッ!」

 

 背から伸びた翼が一度大きくはためき、倉庫の空気を揺らす。

 魔刀を正眼に構える。総司は魔刀を観察。切っ先の形が特殊な魔刀。どこかで見た形だった。

 辻上が半歩引く。総司の視線がそこへ落ちた。来る。そう判断した瞬間、風が一陣、倉庫を抜けた。

 辻上の姿が掻き消える。──突き。

 魔刀の切先が、総司の喉元へ一直線に伸びていた。


「速──っ!」


 総司の身体が霞む。縮地。床が遅れて砕け、辻上の突きは空を穿った。

 だが止まらない。翼を打ち、天井近くまで跳ね上がる。

 反転。真上から落ちるように二撃目。総司は光の魔剣を置いてそれを受ける。金属音。床が割れて大きく沈み込んだ。


「……重てぇな」


「失礼ですねぇ。刺突ってのは、そーいうもんです」


 辻上はそのまま横へ流れ、角度を変えてまた突く。

 黒い翼が空間を蹴り、縦横無尽に倉庫内を走る。

 普通の剣術の間合いが意味を失う。総司は舌打ちし、無数に顕現された光の魔剣を投げつけた。

 一本、二本ではない。空中に、床に、壁際に。投げた分以外の光の魔剣も動き出し、辻上が避けた先、飛ぶ先、潜る先、その全てを先回りして塞いでいく。


「嫌な魔剣ッ!」


 総司が耐えきる前に、背の翼がもう一度大きく開いた。

 複雑な軌道で飛び回り、突き。どうやら突きに特化した魔刀のようだった。

 

(切先両刃造……)


 総司は頭の中で魔刀の情報を整理していた。

 先端だけ両刃になっている、刀と剣の中間のような魔刀は確かに在った。

 光の魔剣とも対等に戦えるような魔刀。記憶を辿ろうとするが、辻上の嵐のような攻勢にも対応しなければならない。縦横無尽に動き回り、重い突きを放ってくるのが厄介だった。


「──クソがッ!」


 片手を払う。

 光の魔剣が、雨みたいに降り注いだ。

 上から。横から。辻上は飛び回る。翼を折り、背を反らすが全てを避けられるわけではない。

 肩が裂ける。鎧の黒が剥がれ、肉が見える。

 太腿が掠められ、血が散る。だが、辻上は笑いながら総司へと再び魔刀を向けた。

 総司も全ての光の魔剣の剣先を辻上へと向け、一斉に発射した。

 そして、総司はある魔刀の事を思い出した。特徴的な切っ先。かつて、何者かによって強奪されたある国宝級の魔刀の名前を──。


「──(ねじ)れ、小烏丸」


 小烏丸の刀身が鏡のように景色を映し出した。

 辻上目掛けて飛んでいた光の魔剣が無数の破片になって跳ねる。

 空間が狂った。直線のはずの光が曲がり、捻じれ、壁や床へ跳ね返る。

 制御不能になり、砕け散った"光の魔剣だったモノ"が倉庫を切り刻み始めた。梁が裂け、棚が吹き飛び、床が砕ける。


「新銘解放までッ……!」


 総司の肩が裂け、脇腹が抉れる。辻上も無事ではない。

 小烏丸を通して流れ込む光が腕を焼き、鎧が軋む。それでも笑う。

 次の瞬間、倉庫そのものが吹き飛んだ。──轟音。壁も屋根もまとめて爆ぜ、光と鉄骨と粉塵が外へ噴き出す。瓦礫の中に、総司が膝をついていた。服は裂け、血が流れている。

 少し離れた瓦礫の上、辻上もまた片膝をついていた。翼は半ば崩れ、むき出しになった右腕は赤く焼けていた。お互い満身創痍。だが、どちらもまだ目が死んでいない。


「──────!!!!!!」


 その時だった。

 大気が轟き、咆哮が聞こえた。

 二人が同時に見上げる。

 上空には巨大な白い龍。そこに、団地一帯を覆い尽くしかねない巨大な魔術印が展開していた。

 赤い稲光を孕んだ、禍々しくも美しい術式。竜種特有のモノだ。


「あらぁ、大変。まだやりますかぁ?」


 辻上が子供のように笑い、返事の代わりに総司は血が混じった唾を吐き捨てた。




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