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11話 美しき少年へ

 拝啓――私と同じ世界に生きる星野優へ。

 この手紙が届く頃には私はきっとこの世にいないはず。

 貴方は優しい人だから、きっと悲しんで、涙を流しているかもしれない。私の勝手な理由のせいでしょうね。

 ごめんなさい。だけど、これが私が今まで生きてきた理由なの。


 優、貴方には、私の全てを知って貰いたくて黒崎夏美さんにこの手紙を渡したわ。もっとも、あの子は私の事が嫌いみたいだから、この手紙は渡されていないのかも知れないけど、私にはあの子しか頼れる人がいないから、渡してくれるように祈るしかないわね。


 私はあと、数年で死ぬ。


 生まれた頃から心臓に重大な欠陥があるらしく、現代の医学でもどうする事も出来ないらしいわ。

 なんだか安いドラマみたいよね、私が神様だったら、もっとマシな脚本を書く自信がある。だけど事実だからしょうがないわ。


 物心ついた時から高校に入るまで、入院と退院を繰り返し、ずっと病室で過ごしてきて、ずっと小説を書いてきたの。それくらいしか、やることが無かったものですもの。

 ある日、新人賞に応募した小説が大賞に選ばれ、私は小説家になった。


 嬉しいと思うより、やっと私の生きている意味が見つかったと思ったわ。

 私は小説を書く才能があった。それは命という代償を支払ってるからだと思った。小説を書き続けて死ぬ、それが私の全てだったの。だからひたすらに書き続けたわ。朝も昼も夜も。

 時々、私は人間じゃなく、文字を書き続ける機械なのではと疑ったわ。


 だけど一年前の夏。蝉の死骸を見て、私はだんだん死ぬ事が怖くなった。

 それは死ぬという事よりも、私が生きていた事を誰もが忘れてしまうのがなにより恐ろしかった。

 そうなれば、私はただの不幸な女になってしまう。そう考えると、思わず叫んでしまいそうになり、震えが止まらなかった。


 私の小説は、一部で評価はされていたけど、まだまだ認知度は低かった。

 どんなに素晴らしい小説だって、ごく一部しか残らず、後は時代に埋もれてしまう。

 私はどうすればずっとこの世界に覚えて貰えるか考えた。

 そんなある日、ついに閃めいたの。とても素敵なアイデアをね。


 高校を卒業する前に自殺をする。

 世間は私を病を憂い、大人になる事を拒み、自ら死を選んだ17歳の少女と思うでしょうね。

 メディアは注目し、大々的に報道するはず。何も知らない人たちは同情し、感動するでしょう。

 私の小説は飛ぶように売れ、そしてベストセラーになる。


 そうなれば私は、ずっと昔の文豪と呼ばれた人達と同じように呼ばれるかも知れない。

 これは私が最後に作る、最高の物語。

 

 これから私は沖縄に行き、入水自殺をする。

 沖縄の海は綺麗ね。昔、病室で写真をずっと眺めていたわ。

 貴方も知っての通り、私の小説は海と月の世界。だから死ぬ時はその世界で死にたい。それが選んだ理由かしら。

 ここまで全部、計算通りだったけど、一つだけ誤算があった。


 それは貴方、星野優の存在。

 私は今までずっと一人だった。

 誰も本当の私の事を理解出来なかった。

 医者も、両親も、クラスメイトも。

 だけどそれはしょうがないと思っていた。


 それも神様に支払った対価なはずだもの。

 だけど貴方が現れ、私の小説を読んで言った言葉、「月が照らす、青い海に沈んでいく感覚」

 その言葉を聞いた時、凄く驚いた。私と同じ世界が見える人がいたなんて。


 嫉妬もしたわ。

 私はこんなに不幸なのに、貴方は普通の生活が出来て、普通の友達がいて、だけど特別な世界が見える。神様も不公平だと呪ったわ。

 でもそれ以上に嬉しかったの。

 悔しいから弟子にするなんて言ってしまったのだけど、本当は友達、いえ、もっと別の何かになりたかった。

 もっと貴方を知りたかったし、もっと貴方と一緒に深い海を泳ぎたかった。本当は私達、同等な関係だったのよ。


 最後に。


 貴方の事を愛してる。

 小説家としても、一人の女としても。

 困った顔の貴方も、優しい笑顔の貴方も、何者にもなれないと嘆く貴方も。

 他の男の子より少し細い指も、宝石の様な瞳も、

 全部全部、愛おしい。

 

 私は消えてしまうけど、貴方はどうかそのまま書き続けて。優ならきっと、この世界で一番美しい人間になれるわ。

 いつか、貴方も有名な小説家になり、二人の名前が歴史に残るなら、それはとっても素敵な事ね。

 ――さようなら、私が愛した人。






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