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恐怖と戦慄、あれ? 同じ意味じゃね?

 視点――――不健康青少年



 天野さんと、俺こと黒沢大悟(不健康青少年)は、まだ、入り口にいた。

「どうしてだ、何故そんなことした! 信じられない。ありえない。お前! それでも人間かぁぁぁぁぁ」

 俺は天野さんに訴える。叫ぶ。涙が流れる。きっと号泣だ。

「もう隠し持ってはいませんね?」

 俺は、持っていた薬物を全て天野さんに処分されている。目の前で、見せつけるように、おれのコレクションが。

「もう、何てことするんだよ。これから俺にどうやって生きろっていうんだよ……」

 だが甘いな。一つだけ俺のもとにある。マイパンティの前方部分。つまりは秘所に注射型のが一つ隠してるんだよ。気づくまい。だけど、肝心な薬がなければ意味がない。

 俺は涙で、砂ひとつない、そしてコンクリートでもないよく分からない物質でできているのを濡らした。と思ったけど涙は出てこなかった。いつから俺は薄情になったのだろうか。

 しかし、心の悲しみはひどく大きい。復讐してやろうと思った。

「舐めてやる」

 おぞましいセリフが俺の口から出てきた。

「お前の靴をなめてやる」

 俺は裸足だが、彼女は靴を履いているので、それができる。多分この世には死ぬ間際に持っていたものが持ち込めるのだろう。だったとしたら俺は死ぬ間際にもあんなにいっぱい薬物を持っていたのだろうか。ハイになりすぎてアホだったのか。

「ななな、何を考えているんですか!」

「俺は今復讐したいと考えてる」

「じゃあどうして靴をなめるんですか!」

 それもそうだ、それだったら俺が女王様的な人に罰、いや、ご褒美をもらっているようではないか。でも、俺は舐めてやると心に決めてから一番に出てきたのが靴だったのだ。俺はもしかしたら真正の、いや神聖のマゾなのかもしれない。

「無言で近寄らないでください。嫌ぁ、怖いですよ」

 俺は攻撃範囲に入ると軍人レベルのキレで天野さんの靴からマウントポジションを奪った。そして、靴をなめようと舌を出そうとしたその時。その靴が俺の顔から離れてしまった。いや、天野さんの靴は俺の誘いを断ったのだ。そう分かったら悲しく、切ない気持ちになった。けれど、彼女の靴は俺の顔に再接近した。俺は、失恋して、諦めて次の恋を探そうとけついしてからの振られた相手に実は好きなのと言われる、そんな気持ちを味わった。これがアメと鞭なのか、と思い俺もその彼女の靴の気持ちに応えて目を閉じてキスをする準備をする。

 そして俺は少し硬い黒のローファーとキスをした。そして、そのまま俺の頭蓋骨に振動が加わり、その勢いが体まで伝わり、俺はそのまま後ろに倒れた。

 第三者の目から見られたら、ただ蹴られただけに見えただろう。しかし、一瞬でも、確かに俺と彼女の靴は繋がったのだ。確かにキスをしたのだ。この胸の鼓動は何だろうか……もしかしたら、恋?

「また心の声が漏れてます! しかもその内容は何ですか! より一層変人ですよ!」

 俺たちの恋を邪魔するものがいる。

「だから何を考えているんですか、あなたは!」

 そいつは、俺の恋人をいつも踏みにじっている悪い奴だ。

「話が飛躍しましたよ! いつからあなたと私の靴が恋人になったのですか? そもそも、踏みにじるって、しょうがないじゃないですか!」

 悪い奴は言い過ぎた。ごめんなさい。

「あ、はい」

 そいつは、俺の恋人をいつも大事に踏みにじってくれている、俺の恋仇だ!

「もう、意味が分かりませんよ!」

 しかし、その俺と靴さんの間に隔たる恋の障害が、俺たちの絆をより一層深め、強固なものにしていった。そして、俺は夜景の綺麗なホテルでプロポーズした。そして、靴さんは俺の気合の入った服装、プレゼント、演出に笑った。こんなに無理しなくても私はあなたのことが好きですよ。安心してください。靴さんの目には俺が断られるのが怖くて必死に頑張っているように見えたようだ。違う、違うんだ。俺は、この日をよりいっそう特別に、君の記憶にとどめておいて欲しかった。うれしい思い出になって欲しかったんだ。そういうと彼女は涙を流した、そしてその涙を拭きもせずに笑って、あなたに会えてからの日々はどの日も私にとっては特別な物でしたよ。とそう言ってくれた。つられて俺も泣いた。人生で初めて嬉しくて涙を流したかもしれない。そしてそのまま笑って見せた。

「……長すぎます」

 そして、俺たちはその数か月後に分かれた。

「急展開!」

 しかし、靴さんの中には俺の子供がいた。

「何をしたらできたんですか!」

「そんな……恥ずかしくていえないよ」

 俺は頬を赤らめて言う。俺の言葉の真意に気付いたのか天野さんも顔を真っ赤にする。

「わ、私の靴に何したんですか!」

 こんな感じで妄想を言い続けて俺は天野さんを困らせることだけに全力を注いでいた。

 そして、それは第三者の声でふいに終わりを告げた。

「何の話をしてるのですか?」

 急に、男のさわやかな声がした。足音も、気配もなかった。スーツを着て、血の付いた小刀を持ち、しかもそれを隠そうともしない。そして、何よりも彼は笑っていた。



「てめえは、記憶喪失の!」

 ドームから出てきた男に対し、天野さんのが近くにいたため、庇うように俺の背中に引っ張った。

「あれ、嘘です。ごめんなさい、嘘ついて」

 言った途端否定され、正真正銘にぽかんっとなった気がする。

「どうして記憶喪失なんて嘘ついたんだ?」

 条件反射でこんなことを口走ってしまう。しかし、そんなことよりも、こいつも血の付いた刃物を持っている。その事実の方が大切だ。こいつも人殺しなのだろう。しかも、あいつと同じで隠す気配すらない。

「答える必要はないですが、答えてあげます。まあ、単純に都合がよかっただけですけど」

「都合って、どういうことだ?」

 スーツの男は柔らかで表面的な笑顔を維持したまま俺の質問に答える。

「人殺しの? でしょうか」 

 スーツの男はさっきの男と違い嘘をつかなかった。正直に自白した。しかし、正直に言われるのは別にうれしいことでも何でもなかった。それは俺に冷や汗をかかせるだけの嫌なことだ。

「人を殺したのか?」

「ええ、数えきれないほど、ですね。生きているときにも、死んだあとにもたくさん」

 俺はここまで狂っている人間に会うのは初めてだった。笑って殺したと自白する。まるで快楽殺人者ではないか。

「どうして?」

 これはこいつが快楽殺人を犯しているのかを確かめるために言った。殺人を堂々としたと言えるような奴だ。きっとこれくらいの事でさえ正直に答えてくれるだろう。本当に快楽殺人者なら、特に理由はないとか、それくらいの返答が妥当だろうとも予測してみる。

 スーツの男は考えた素振りも見せずに笑顔で答える。

「楽しいからです」

 返答の内容は予想したものより嫌な部分で勝ったものだった。

「生きているときにですね、ちょうど九十九人殺したんですよ。そして百人目記念に自分を殺しました」

 何も聞いていないのにスーツの男は続ける。

「いろいろな殺し方をした。わざわざ日本から出て、銃で殺したことさえあるんですよ。あれは好きではありませんでしたけど、実感が持てませんからね」

 そういって小刀をペン回しの要領で回す。それでついた血が飛び散る。

「これに限ります」

 スーツの男は終始笑顔だった。そして背中から震えが伝わってくる。天野さんが声にも出ないほどに恐怖している。その震えのおかげで俺は恐怖が和らいでいた。彼女は死にたくないんだ。それが震えから伝わってきた。

 俺もスーツの男を見習って笑うことにしよう。笑顔は大事だからな。そうして、俺も笑い顔を作る。上手に笑顔を作ることはおそらくできていない。できたのは引きつった笑顔、もとい変顔だ。

「さっき死んだ後も殺したって言ったな。だったら何故死体がない?」

 びくっと天野さんが震える。天野さんはようやく気が付いたようだ。俺にとってそれはただのどうでもいい質問だ。この質問をスーツの男が答えたと同時に襲いかかるつもりでいた。先手を打たなければ先に殺される気がした。俺だけでなく天野さんも。

「消えたんですよ。もともとこの世界にいた五千人くらいの人を全員殺したら」

 消えた、五千人、殺した。そのワードが俺の足を止めた。その言葉があまりにも実感がなかった。その中でも消えるってどういうことだ?

 いつも通り頭の中の考えが声に出ていたのかスーツの男は答える。

「死体が多いなって思ったら、その次の瞬間には全部消え去ったんですよ。いやはや、あれは驚きましたね」

 一瞬たりとも笑顔を崩すことなく、そのまま一歩こっちに歩く。

「そろそろ、いいですか殺しても」

 最近飽きてきたんですけどね、殺すのも。そう続けて小刀を振りかぶる。

 ぶんっと空を裂く。どうやら避けることができたようだ。俺は後ろにいる天野さんの手を掴み一緒に逃げる。

「あははははははははははははははははッ逃げてください。そっちの方がうれしいです。この世界の人たちは手ごたえがありませんからねっっ!」

 逃げながら後ろ目でスーツの男を見る。足を止めて、どうぞ、とでも言うようにジェスチャーをしていた。ハンデでもくれるらしい。それに甘えて俺は天野さんを引っ張り走る。

 すぐに天野さんの息が上がるので、走ることを止めた。

「はぁ、はぁ、どうして立ち止まった、ん、ですか……?」

「決まっている。逃げたって仕方がない。逃げたって解決できない。あいつを止めない限り誰かが殺され続ける。それは、駄目な事だろ?」

 一人なら迷わず逃げただろう。しかし、俺は一人じゃない。うれしい事に、荷物が一つ増えているからな。見捨てたりなんかするはずない。

「もしかして、行くの、ですか?」

「ああ」

「危険、ですよ?」

 分かってる。それくらい重々承知してる。生きているときにはクスリにしか真剣になったことはなかった。ただ、今俺は真剣になっている。この小さな女の子を守るのに必死になろう。それは、心の中での誓い。

「死にたくはないさ、必ず生きて帰ってくる、だから逃げてくれな?」

 それに納得できずに天野さんは涙を浮かべ俺の手を掴み、行かせないようにする。俺はその小さな反抗にそっと優しく握り返し、大丈夫、とそう呟いた。

 小さな手はすぐに外れ、俺は天野さんに背を向けて走る。

 今、俺は死亡フラグを建築したな、と心の中で笑う。自然に笑みもこぼれた。

「やってやる」

 誰にも聞こえないように呟く。そして、もっと強く地面を蹴って走る。


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