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ゴミ箱で、始まり。

「ええっと、ずっとみんなが同じ部屋に居ても発見なんて無いでしょうから、とりあえず解散しましょう」

 営業マンさんが持ち前のジェントルマンを発揮して皆に提案する。

 確かに営業マンさんの言うことに一理あると思う。だって、この世界の謎が少しは分かるかもしれない。俺は頷いた。しかし。

「なんだ貴様! 神に命令するつもりか、何様だ!」

「え? 僕、あの記憶喪失なんで、自分が何様なのか分かりません」

 相変わらず神様はうざい。いちいち突っかかってくる。

「もしかしたら彼、記憶を失う前は神様を作った神様、創世主かもしれないわ」

 ホワイトがさらっと驚愕の事実を! まあ、嘘だな、ただの戯れの類だな、とすぐ気づく。こんなことで騙される奴などいないだろうと思った矢先。

「そんな! まさかあなたが私の父だと言うのかああああああ!」

 やはり、神様はアホだった。自称神様だけを騙すためにあんな嘘を、ぱっと言ったのかも知れないと、俺は思った。ホワイトはあの自称神が嫌いなんだ。末恐ろしい話だが。

「そんなわけありませんって」

 営業マンさんの笑顔がやや苦笑いになっていた。

「まさか、貴様! 嘘をついたのかああああああ」

 自称神は営業マンさんをつかむと殴りかかった。

「ちょっと待ってください! 痛っ、ちょ、なんで!」

「貴様! この貴様っ! 私は家族の冷ややかな視線の次に嘘をつかれるのが嫌いなんだぞ」

 俺はホワイトを見た。満面の笑みだった。

 そして、気が付くとこのえさんと空見ちゃんがいなかった。早々に呆れて出て行ったのだろうか。

「ああ、あの!」

「うわっ! びっくりした。なんだ人形ちゃんじゃなくて、ツインテールの天野弱さんだ!」

「あう……違います。天野柚子です。ごめんなさい……天邪鬼かもしれませんが」

「え? 天野弱なの?」

「あうっ……違わなくもないです…………私弱いですから」

「大丈夫さ」

女の子は誰だって弱いのさ(だったらいいな、なんか萌えるし)。

「ああぅ……あの、外歩きませんか?」

 もももももしかしてそそそそそそれはデデデっ!

「これはデートのお誘いですか?」

「違います」

 今までおどおどしていただけの彼女が唯一きっぱり言えた瞬間であった。そして、その瞬間は俺にとっても大きな衝撃だった。冗談を真剣に断られるときつい。

 そして、自称神と営業マンさんの声が響いている部屋から二人で立ち去った。

 


 そして、天野さんとドームの外に出て、特に目的地もなく歩き出した。

青い空、白い雲、この世界ではそれらは未完成である。塗残しに何故か薄い部分。絵具の質感で描かれた空はそこまで不快感がない。

 と、そんなような事を天野弱さんに言った。

「私はこの空……嫌いです、この弱弱しい水色が自分の心を表しているみたいで」

 風もない、音もない世界で彼女はそっと呟いていた。

 その姿は儚げで今にも消えてなくなりそうだった。

「あの、自殺したんですよね……私」

 悲しそうに囁く彼女に対して俺は何をしてあげられるんだろうか。何を言ってあげられるんだろうか? こんな時に限って冗談ひとつ浮かばない。

「で……でも、私は今ここにいます。これはきっとやり直すチャンスを神様がくれたんですよ」

 本物の、と彼女は笑顔で言った。

「ごめん」

 思わず謝ってしまった。

「な、なんで謝るんですか……」

「俺、口下手で助言の一つも言えなかったし。役立たずだなって」

「そんなことないですよ。話を聞いてくれてありがたかったです。私こそありがとうございました」

 中央部屋を出てきてしばらくして天野さんは、自分を変えたいと、俺に過去の話を語ってくれた。

 いじめられてたこと、虐待を受けていたこと、その積み重ねが彼女を苦しめ、命を絶った。

 特に大きな事件はなかった……と彼女は締めくくった。

「私は現実から逃げて、自殺をしてしまいました。すごく……後悔しています。けど、それを違った形だけど、やり直せる機会ができたんです。いつも……気弱で、自信がなくて、だから、いじめられてたんですよね。今度こそって……私なりにがんばったんですよ。でも、駄目ですね、全然、今も根暗ですよね」

 そして、彼女は空を見て、少しだけ涙を浮かべた。

「一番話しやすそうだったから、話しちゃいました……あ、はは」

 こういう時、慰めの言葉一つでも思い浮かぶ人間だったらいいのに、といつも思う。そのたびに自分が嫌いになる。だから、俺は笑うしかなかった。苦笑いに、愛想笑いを返す。一番駄目なことを。

 それでも、天野さんは嬉しそうだった。

 相変わらず、空はちっぽけで、彼女の悲しみを癒すには役不足だ。

 


 この空虚な世界を歩き回って、世界の限界を見つけた。

 世界の限界と言っても言葉の綾ではなく、言葉通りの意味である。

 壁があったのだ。

 何となくこの世界は無限に広がってそうな気がしたけど、町の途中に見えない壁があり、その壁のせいで俺たちの散歩はUターン。赤いドームっぽい建物に無意識に足が向かっていた。

 どうもこうも人間関係の好感度を点数にしたとしても、天野弱……柚子さんの俺に対する点数はほんの少ししか変化がない気がする。

 そして、変化のベクトルはきっとマイナス方向なのだろう。

 相変わらず友達作りと掃除が苦手な俺にうんざりして、そんなこんなで、赤ドームに戻り中央部屋に向かい一直線で進み。

 俺たちは見てしまった。

 最初は何か分からなかった。

 それは多分突然で想像もできなかったからだろう。

 薄暗い部屋の真ん中にうずくまっている小さな物体。

 動かない、血だらけの、死体。

 それはもちろん知った人だ。

 この世界で知り合って、そして、話もした。ついさっきまで生きていた。だから、致死量をはるかに超えた血を見ても死んだとは思えない。ぴくりとも動かなくても、死体とは認めたくない。

 初めて会った時に裸だった少女。

 そんな、女の子がゴミのように横たわっている。

「え……そんな、い、嫌、こんなのって」

 軽い咳払い、二度瞬き、現実を理解した。瞬間、胸の底から恐怖が込みあがってくるのを実感できた。

 ぞくぞくと、じわじわと。水の嵩が増すように。

「いやあああああああああああああ!」

 叫び声が音のない世界に広がる。



 天野さんが叫んだせいか中央部屋に人が戻ってきた。居ないのは空見ちゃんだけだった。

 人が集まってきてもこの何とも言えない空気は消えない。無音がやけに気になる。

「フフフ、ははははっはっはっは!」

 芯のある声が響く。自称神の芯のある声が。

「我が救済したのだ! この哀れなる小娘を! 感謝するが良い!」

 皆一斉に彼を見る。考える間もなく自身を神と呼ぶ男は叫んだ。

「我は神だ! 王なのだ! 貴様たちが信じなくとも事実なのだ! この娘は俺に自由にしてくれと頼んだ! 頼まれたのだ! 弱者の願いを聞く、それが神なのであろう?」

 何言ってんだこいつ。理解できない。

「ここは自殺した人だけの世界! この世界で我は神としての職務を果たす。救ってやる救済してやる。貴様たちは自由になる権利を持っているのだ」

 言っていることがめちゃくちゃだ。でも、らしさだけは本物だった。

「救済されたい者! 五分後にこの場で待つ。救われたくない愚者は出てけ!」

「何言ってんだこの気狂いがぁ!」

 不健康青少年が反発する。しかし、自称神は不敵に笑うだけだ。

「てめえ、なめてんじゃねえぞ!」

 刹那、殴りかかろうとしたが間髪入れずに邪魔が入った。

 このえさんだ。

「ふふふ……ごめんね。でも分かって。私はね、救われたいし、救済されたい。そして何より死にたいの。あなたも自殺したなら分からないの? 死にたいという純粋な感情。うふふ、ははははっ…………邪魔はさせない。だって、もしも本当に彼が殺したというのならば、私も死ねるもの!」

 彼女の言葉がこの場を支配する。少なくとも俺はそう感じた。

「自殺したからって……皆が皆、もう一度死にたいわけないよ!」

 その時、天野柚子さんが精いっぱいに声を出した。このえさんは一瞬驚いた顔をしたがすぐにいつもの笑顔に戻った。

「あ……あなたは、ふふふ、確かにそうかもしれませんね。例え一度死んだからって二度死にたいとは限らない。けどね、あなたは私と同じで死ぬ方法を知りたいんじゃないの? だって…………レイプされたんでしょ?」

「…………っ」

「なんで知ってるのかって? 簡単ですわ。最初あった時に俯きながら呟いてたじゃない。多数の男の名前を。それで自殺したなら、迷うわけありません」

 このえさんはとても晴れやかな笑顔で話を続ける。

「あらあら、思い出させちゃったかしら。ごめんなさい。……雄一と洋介とあとは誰でしたっけ?」

「嫌……っ」

「あなたがもしも生きたいなんて言うなら尊敬するわ。けど無理よ。乗り越えれるはずが無いわ」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 死体を見たときより悲痛で悲壮な声であった。そして、彼女はこの部屋から出て行った。

「あらあら、この部屋から出て行ったら救済されないじゃない。馬鹿な子」

 相変わらず何もできなかった。何も言い返すことさえできない、せめて、場違いかもしれないし、迷惑なだけかもしれないけど俺は天野さんのあとを追った。何もできない俺のせめてもの償い。何もできなかった俺の――。



 出口の前のちょっとした部屋で天野柚子さんは立ち止まっていた。

 俺が来たのに気付いた彼女は小さく振り向いて言った。

「ごめんなさい。迷惑をかけてしまって。大丈夫ですから」

 ……ああ、まただ。また失敗した。

「大丈夫ですよ。一度失敗したけど、もう一度……」

「ごめんなさい」

 天野さんは建物から出た。ここよりは明るい場所に出たのに、彼女の姿が照らされることはなかった。振り向きもせず扉を閉めた。ここには後悔だけが残った。俺は呼び止めることさえしなかったんだ。

 俺は何がしたかったんだろう? 天野さんと別れて、中央部屋に戻ることもせずにただ何となく歩いていた。歩いても歩いても、目的を見つけることができない。本来歩くのは目的があってこそであって、俺のしていることはただの散歩。意味のない散歩である。

 そういえば、中央部屋で自称神が救済するって言ってたな。戻るべきなのか? 戻ってもどうせ何もできないんじゃないか? 俺は神でも救世主でもないんだ。人を導くことなんてできやしない。

 でも、人が死んだんだぞ? まだ出会ってばかりの人たちだが、そんな関係でしかないとしてもやっぱり死ぬところなんて見たくない。でも、死にたいと望んでいる人を死なせないというのは、間違ってはいないのか? それは本当に正しいことなのか? このえさんは死にたがっていた。

 ……死にたい人を止めることはただ自分の価値観を押し付けることにすぎないかもしれない。けど、死のうとしている人を放っておけなかった。これは気持ちというより、本能なのかもしれない。

 


「なんだ、救われたい奴は二人だけか。屑たちめ、後悔すればいい。もう救ってやらないからな」

「そんなことはどうでもいいのです神様。早く私を殺し、じゃなくて救ってください」

 中央部屋には3人いた。

「そういえば貴様の名前はなんというのだ?」

「あははっ、あなた様に教える名前なんてないわ」

 スレンダーな体つきに、冷酷な瞳。異様なほど白い髪が目立つ女。通称ホワイト(主人公以外はそんな呼び方しない)

「あと私は神様がどうやってこのえさんを救うのか興味があるだけよ。いや殺すことかな?」

 悪戯をする小悪魔のように微笑み、そして、それは馬鹿にしているようにしか見えなかった。

「クッ……フフ、アハハッ、滑稽だな貴様。実に笑える。この私の起こす奇跡を見た後では同じことは言えまい」

 その声は異様なほどの自信に満ちていて、微塵も迷いが見られない。

「アハハハ八……滑稽なのはあなた様ですよ。神様、口先だけじゃなく行動で示しなさいよ」

 ホワイトも負けずに嗤う。

「そうですよ神様、私も彼女の意見に賛成しますわ。早く……殺して」

 このえさんはおっとりとした笑顔でそう呟く。

「くははははっ……分かった。ヤればいいんだろ?」

 そして彼は懐から銀に光った刃物を取り出した。



 俺が中央部屋に戻った時、ちょうど自称神がこのえさんに切りかかろうとしていた。もしかして、裸少女を殺したのはこいつなのか? 自分の妄想で他人まで殺すのか?

 そして、この時に不意にホワイトと目があった。

 さっきまでの、氷のような目が俺を見て驚く。

「やめろぉぉぉぉぉぉ」

 俺は叫んだ。叫ぼうとした。実際は叫んですらいないかもしれない。しかし間に合わない。間に合うはずが無い。止めるためには距離が離れすぎている。ほんの10メートルがその時は異常に遠く感じた。

 グサッという刃物で刺すあの音はしなかった。その代わりに人が倒れるドサッとした音が聞こえた。倒れたのはホワイトだった。

「あっぅ……はぁあっ……思った、より…痛い………ぃ」

 ホワイトは苦悶の表情を浮かべながらにやけていた。

「……あははっ! 何、何、何なの? 何がしたかったの? 私を庇って……死にたかったの? ……もしかして本当に私を守りたかったのかしら。アハハっ、馬鹿じゃないあなた! 無駄死ににも程があるわ。ふふふっ、困ったわ、笑いが止まらない」

 血が流れる。人間ってあんなにも血があるのか? ホワイトが脇腹に刺さっているナイフを抜こうとした。抜いたらいけないんじゃないか? 抜いたら出血多量で死ぬ……。

「……いや、安心しろ。我が抜いてやる」

 刺した本人が一番近いのは当たり前だった。これも止めれなかった。そして自称神は、きちんとひねってからナイフを抜いた。

「あがぁぁぁぁぁぁぁ」

 いつもの冷たさを思わせる声からは想像もつかないような叫びを上げる。

「あなただけに………は……殺されたく、なかった……わ」

「違うだろ? 神様に救ってもらい光栄です、だろ?」

 言いながらホワイトの脇腹を蹴る。傷口をえぐるように。

「あああああああっ」

 怯えで固まっていた足がようやく動き出した。

「やめろおおお」

 何も考えずに走った。これは止めなければならない。本能がそう呟いた。

「手おくれよ」

 このえさんが俺の服を引っ張る。俺はそれを振り払い無我夢中で自称神に飛び掛かる。運が悪かったらその拍子に俺にナイフが刺さっていたかもしれない。そんなことも考える余裕がないまま飛びついた。どうやら俺は幸運で自称神はその拍子にナイフを落とした。

「貴様ぁぁぁぁぁ何をする! 神の邪魔をするなぁぁぁっ」

 意外なほどに自称神は非力でマウントポジションは俺が制していた。が、何もうれしいことはなく憎しみが込みあがってくるだけである。どうしてこんなにも憎いのか? 殺したくなるのか? あんな知り合ってすぐの、しかも言ってしまえば第一印象なんて最悪もいいとこな、あの女が刺されただけで……そいつを殺そうとしただけで、何故こんなにも憎悪が込み上げてくるのか。

「何をするって? それはこっちのセリフだ! なんで殺そうとするんだよ! 自分の妄想で人を巻き込むなよ! 馬鹿じゃねえのかこの野郎っ」

 殴ることはできなかった。殴られた時の痛みを知ってしまっているから。殴る勇気なんて持っていないから。

「なんだと貴様! 今我を愚弄したな?」

「ああそうだよ馬鹿だよあんた! 出会った時からずっと妄想しやがって……馬鹿じゃなかったらなんなんだよ!」

 俺は叫ぶことしかできなかった。それ以外は何もできなかった。そして、声がした。声にならないような声。いくら小さくても弱弱しくてもその声は俺の心に響いた。

「もう、いいよ。無理……しなく、ても……」

 ホワイトは苦痛を耐えて、でも少し失敗した……そんな笑顔を見せた。

 ゆっくりと俺の方に手を伸ばす。そして、その行為で何をしようとしたのかも分からないまま、そっと力が抜けて、がさっと倒れる。それがどういうことなのかは理解できる。ただ認めることはしたくなかった。

 だって、それはホワイトが死んだと認めることだから。

「うわああああああああああっ」

 嫌だった。自分の非力のせいで人が死んでいくのが。何もできなかった自分が何よりも嫌だった。

「どけっ貴様!」

 自称神に馬乗りの状態から逃げられた。ショックで抑えるのを忘れていたのだから当たり前か。そしてそのままナイフを拾うと俺に向かって刺しに来た。

 殺すなら殺せ。そんな気分だった。よくある感情だ。自分の事がどうでもよくなるんだ。

「死ねぇ!」

 でもさ、俺がここで死んだらどうなるんだろう? 天野柚子さんとかもこの狂った自称神とかに殺されるのかな? それは嫌だな。自分が死ぬのはまだしも他人が死ぬのは耐えれないな。如月このえさんだって死んでほしくない。この自称神も例外じゃない。憎いけど殺したくはないんだ。死んでは欲しくないんだ。

 どんな人だって生きていて欲しいんだ。もちろん、俺以外の……ね。



 自称神はナイフを刺すというより切り付けたいのか大きく構えながら走る。

 その姿は滑稽でいかにも運動神経の無さが出ていて客観的に見たら思わず吹き出してしまうだろう。しかし、客観的に見ること以前に当事者な俺には、そのかっこ悪い動き一つ一つ注意しなければいけないのでそんな暇はない。俺がもしも武道の達人だったら隙あり! と言ってこの場もきれいに収まるんだろう。しかし、そんな設定どころか、俺は暴力されたことは多いけど自分がやり返したことなどないので反撃することもままならない。そして、よくあるプロのいじめられっ子(よくあるのは謎)でもないので、動きをみて避けれるぜ、けど避けるとよりいじめられるから避けないぜ、でも痛いのは嫌なので痛くないところを殴られるようにしてるぜ……はあ、あり得ない。

 そして、まだ俺は決めかねていた。生きようと努力をしようか、しまいか、それに迷っている。

一度死んでいるので今の状況は生きてるとは言いづらいけど、体感上生きている気がするのでしょうがない。そして、迷っていることは死ぬことを選ぶことと同じことのようで、どうやら俺は死ぬような気がする。

 こういう状況で焦りもせず、落ち着いていられるところが俺の一番狂っている部分だと自分でも分かっている。

 でも、どうしよもない。これが俺なのだから。

 受け入れるしかない。だから、俺は目を閉じて待つ。俺の胸にナイフが刺さるのを。

 しかし、俺は死ななかった。

 なぜだろう? 考えたけど分からない。目を開けて見てみる。自称神は足を止めていた。

「ど、どどどどうしてぇ! 何故貴様は生きているのだ? 貴様!」

 自称神がそんなことを言う。

 誰も生き返ってなどはいない。ホワイトも、裸少女も。

 このえさんが一瞬頬を強張らせるのが見えた。

「神様! 何を仰っているのですか! 誰も生き返ってなどいません。落ち着いてください。彼女たちはあなたが救ったのですよ。安心してください!」

 その声をまるで耳に入ってすらいないかのように無視をする。そして、持っているナイフで空気を切り裂く。意味もなく、何度も振り回す。

「うあああああああぁぁぁああああああああああああああああ」

 叫び、もっと力んでナイフを振る。狂ったように。

 自称神は見えない何かに怯えて、その何かに向けて攻撃をしているのか、幾度も繰り返す。どれのどれもが何を切るのでもなく、風の切れる音だけが虚しく聞こえる。

 その様はただ痛々しいだけで、今まで自称神の纏っていた凄みのあるオーラが一切感じれなかった。

 だから、今の自称神はただの狂人にしか見えない。普通の気狂い、ただの異常者。そんなつまらないものに成り下がった。

「神様っ」

 このえさんは自称神に掴み掛りそのまま押し倒した。ナイフが刺さることも厭わずに。いや、実際は刺さりにいったかもしれない。しかし、刺さる事なく彼女は彼を押さえつけた。

「どけええええっ、貴様っ!」

 そしてこのえさんは自称神からナイフを奪う。奪ったら殺されなくなってしまうじゃないか? 一瞬思ってしまったが違った。彼女は自称神にナイフを突き立てたのだ。

 今度はグサッという音さえ聞こえた気がした。二度、三度刺して抜いてを繰り返す。

 そして、刺すたびに血が飛び散り、このえさんの服を血の色に染める。銀のナイフにいたってはホワイトの血と自称神の血とが混ざり、黒と赤の混じったような血の色がナイフの鈍色の輝きを失わせていた。

「…………そういうことね、分かったわ」

 自称神はあっけなく死んだ。悲鳴すら上げずに死んだ。その姿は自身が神でないことを証明しているかのようにすら思えた。そんな姿を見て少し悲しくなった。

「なんで殺したんだよ……」

 気が付いたらそんな言葉が出ていた。

「あらあら、あなたはそこの白髪を殺されて憎かったんじゃないのですか? この男が」

「そうだ……けど殺さなくても良かっただろ!」

「そんなことありませんでしたよ。彼を殺して一つ確信が持てました」

 少しずつ最初にあった時の話し方に戻ってきた。上品で、穏やかな、偽の笑顔に。

「この世界の仕組み、一つ分かりました。それは――」

 子供が親に自慢するときのような素直な笑顔で、言った。

「自殺はできません。けど、他殺はできるんですよ」

 そんなことを、満面の笑みで言った。彼女に似合っているのはその笑顔より、手と服についている血の方だと思う。

 でも、困ったな。と彼女は続ける。

「ねえ……あなた、私を殺してくれますか?」

 瞬間、脳の回転が止まった。気がした。

 無理に決まってる。人の命はそんな口約束で奪っていいものじゃない。それだけじゃない。本来意味もなく命を奪っていい存在なんてないはずだ。そんなことを考えていたのが顔に出たのか、彼女は条件を出してきた。

「じゃあ、これはどうですか? 殺す前に私を犯していいですよ」

 自分の中の何かが切れる音を聞いた。

「ふざけんな! それだけのために……自殺をするために人を殺したのか! 自殺するためだったら自分の体を人に売れるのか! 命は! ……命は、そんな軽いものなんかじゃない」

 俺の反応に意外そうな顔をするこのえさん。……自殺した人が命の重さなんて言う資格がなかったのかもしれない。それが意外でそんな顔をするのだろうか。

 その顔も一瞬で元のスマイルフェイスに戻り、少しだけ悪の笑みっぽくするという変化球をしながら俺に反論した。

「命が重い? あははっ、だったらなんでそんな重いものがこうもあっさりと壊れるんですか? 人を殺したのは初めてだったけど、何も感じなかったわ。命の重さなんて」

反論できなかった。彼女が間違っているはずなのに言葉が浮かんでこなかった。そんな自分に嫌気がさす。どうしてこう不器用なのか?

「でも……そんなはず……」

 俯いているとこのえさんが渡してきた。血の付いたナイフを、取っ手の方を俺に向け、それは常識だがその裏にそのまま刺してと言われているようで不快な気分になる。

「これで私を殺して……」

 案の定言われた。気が付いたらもう握らされていた。

「…………ッ」

 血を見てようやく実感が持てた。目の前で二人死んだ。その前に一人死んだ。今日三人も死んでいく人を見てしまった。でも、どうして心は落ち着いてしまっているのか。忘れようとしているのか。俺にそんな資格ないのに。

「俺は殺さない」

 俯きそう呟いた。右手にはナイフ、人を殺す道具。返してはいけない。たぶん今彼女に渡すと危険なことになるだろう。俺に頼んだように自殺の手伝いをさせられるかもしれない。

 もう誰にも死んでほしくない。ふと三人も死なせてしまったことに後悔する。俺は聖人君子でなければ善人でもない。助ける義務も、必要もないのに。もしも俺が少しでも違う行動をしていたら未来がこうはならなかったかもしれない。そう、誰でもするような後悔を残し、顔を上げた。

「そうですか、残念です。でも、あきらめません、希望が持てましたので」

「…………」

「死ぬことができるという希望です」

 そういって中央部屋を出て行こうとする。その笑顔に嘘はなかった。



 生きるのには希望が必要だ。希望は目標でもいい、夢でもいい、小さなことでもいい、もちろん大きなことでもいい。お前たちよ、いつでも希望を持つことを忘れるな。

 中田先生の言葉を思い出す。あれ? あの人の名前中田だっけ? 田中じゃなかったか?

 このえさんは希望を死ぬことに見出した。先生、死ぬために希望を持つこともあるらしいですよ、と心で呟く。

 死体が三つも中央部屋に、しかも、離れ離れに横たわっている。どうしてか、気に食わなかったので綺麗に壁の端に寄せて弔ってあげることにした。

 死んだら筋肉が硬直してどうこうとか、括約筋がどうこうで変に汚れるとかそういうことは一切なかった。死体は綺麗だった。俺が想像したリアルな死とはどうもかけ離れていて、死体を触っても怖いとは思わなかった。そして、きれいに並べて手を合わせた。仏教の国にいても仏教の事を知らない現代人なので作法は分からないけど、気持ちだけでも。

 こんなことをして得たのは妙な達成感だけだった。

「何してんだろ……」

 自分の無力さに笑いすら込み上げてくる。涙は出そうにもない。

 何となく死体を眺めているのは駄目な気がしたので中央部屋から出ようとしたその時、四つあるドアの内の俺に一番遠いドアが開いた。

「なんだ? おい……」

 不健康青少年が俺を見て恐怖する。なんでだろうと思ったがすぐ分かった。血まみれだった、俺……。

「ご、誤解だと思うよ」

「お前が殺ったのか?」

 聞いてないし、やっぱ誤解されてるし。うん、言い逃れできないな、血だけならまだしも、ナイフ持ってるからな、血の付いた。

「どうして殺した?」

「だから殺してないよ」

 自分で言っておいてなんだが説得力がない。どうしよ。

「嘘つけ! せめて嘘つくなら証拠を隠してからにしろっ」

 その通りです。言い訳するとこのえさんが悪い人になりそうだからやめとこう。俺が泥を被るだけならそれでいい気がする。

「お前、気狂い神野郎だけじゃなく、白髪女も殺したのか?」

「だから、俺は殺してないって言ってるじゃないか……」

 にじり寄る、いや、気が付いたら一歩前に出ていた。ナイフをちらつかせて。

「近寄るなこの鬼畜野郎!」

 鬼畜野郎って、俺のどこ見たらそんな風になるんだよ。

「だから俺じゃないって言ってるでしょ? 不健康青少年さん」

 あ、言っちゃった。

「不健康……せ? 俺のどこ見たらそんな風になるんだよ! あと俺の名前は黒沢大悟だ」

 言っていいの? 目のくまだよ。

「……俺はな、命を粗末にしたり、軽く見たりする奴の事なんて大っ嫌いなんだよ」

「同感です、俺もそう思う」

 何お前が言ってんだよ、と目で訴えてきたが無視する。

「そんな考えなのにどうして自殺なんかしたんですか?」

「あぁ? 殺人者は自殺した経緯にも興味があるんか? 怖い怖い」

 あーーーーーーーーーーもう。だから、言ってるじゃないか俺は違うって。おい警察! ちょっと俺の無実を証明しに来てくれ。

「でもまあ、なんだ、俺はな自殺より事故に近いな」

「事故?」

 それって俺と同じ感じか?

「ああ、あんときはいい感じにキマってたし、ちょっと誕生日だったからいつもより多めにしてたり、まあそんな感じだ」

 どういう意味やねん! と突っ込みたかったけど、出てきた言葉はどういう意味なんですか? とオブラートに包んで返してた。敵は作らない主義今まで生きてきたせいか、無意識で変換される。

「あん? ああ、ただ薬のキメ過ぎ、オーバードーズだな」

 馬鹿じゃないか! ただの。

「そうですか」

 言って出ようとする。なんかもうこの人と話す必要性って無くね? 不健康青少年の死因を聞いて俺の中の何かが急激に冷めた。

「待て!」

「どうして?」

「今の流れからして分かるだろ?」

「何が?」

「お前が殺したんだろ? 白状しやがれ」

「だから、違うって」

「証拠は?」

「俺の記憶にあるんだなそれが」

「知らんわ」

 なんとなく、不健康青少年とは仲良くなれそうな気がした。でも、今はそんな仲良く友達ごっこなんてする気分じゃない。俺は二人も見殺しにしたんだ。俺にその権利なんてない。

 無視して出ようとしたけど、一つだけ質問しときたいことがあった。

「一人目、殺したのはあなたですか?」

 言わなかった。証拠も何も根拠もない、当てずっぽうでもない。ただ、もしも一人目を殺したのが自称神じゃないとしたら、終わってないことになってしまう。これからも人が死ぬ、そんな気がしたから、聞きたかっただけだ。

 立ち止まったついでに何となく違うことを聞いてみた。

「どうして、こんな簡単に人の命ってなくなるんだろうね」

「殺したお前が言うな!」

 即答だった。なんとなく、俺が殺してないと信じてくれた気がした。

 そんなわけないか。

 そして、俺は中央部屋を去った。もちろん行くあてなんてない。俺はどこまでいっても行き当たりばったりだ。


 

 行き当たりばったりで、空見ちゃんとばったり会った。ここには白い家が軍人のように整列してる、ドームから少し離れた場所だ。

 空見ちゃんは本当に心の無い人形みたいに表情無くただ空を見つめている。

 整った顔立ちのせいか、まるで一枚の絵を見ているように錯覚してしまう。

「こんにちは。お嬢さん」

 気が付いたら声が出ていた。

「…………」

 まあ、返事に期待などしてなかったし……でも、少し寂しい。しらけるのとは違うけど、さっきの無言に俺の心は大ダメージを負った気がする。まあ、嘘だけど。

 その数秒後、首だけを動かして俺の方を見た。空見ちゃんには珍しくきっちりと俺の目を見ている。大きくて綺麗な瞳で俺を捉える。小さくてしかもボロボロな俺の心にはそれを許容するスペースがなく、思わず目を逸らしてしまった。

 何か負けた気がする。負けっぱなしじゃ嫌だったので俺も空見ちゃんの目を見る。…………長い戦いだった。俺の少数精鋭十名の兵士では敵軍に攻め返すことはもちろん、自軍の城でさえ守ることが困難だった。何せ敵は十万の魔王軍なのだから。五秒後目を逸らしてしまった。

 このにらめっこという二人対戦推奨ゲームでは(にらめっこは本来笑った方が負けだが何故かここでは目を逸らしたら負けとなっている)勝つことが不可能な気がする。それでもまだ負けっぱなしというこの状況が嫌なので笑かしてやろうかと思った。

 ホワイトの時は精神年齢高めのネタを繰り広げようとしたが今回は違う。空見ちゃんを笑かすためには子供も笑えるようなネタにしなければいけない。

 子供を笑かすのはどうすればいいのかを瞬時に整理する。

 大事なのはキレとノリと分かりやすさ。大人を笑かすのに大事なインパクトと可笑しさとは大きく異なる。そして子供受けをするネタに限って何よりも重要なことが一つある。

 それは、心だ。本来子供用のネタなんて大人の前で見せたらしらけてしまう。故に心が大事となる。しかし、失敗を恐れない強い心さえあれば相乗効果で大人でさえ笑う。

 おお神よ、我に力を。

 そして俺は、文章では表現できないような動き、滑り、表情で一つのネタを舞う。それは即席に考えたものでどうなるかは分からない。なんかこれって遠目で見たらただの変質者じゃね? という疑念が一瞬ちらつかせた。そして、一つ忘れてることがある気がする。

「ブラっくぅぅぅぅジャンボぉぉぉぉぉぉ!」

 そもそも俺は強靭な心など持ち合わせてはいなかった。 



 空白が二行続いた。続いてしまった。笑いは起きなかった。じわっと涙があふれてきた。今まで俺は何のためにお笑い番組を見てきたのだろうか。それはこの敗北感を味わうためなのか? それだったら神は残酷だ。ちくしょーこのやろーレンタル代返せよ! DVDレンタル料高かったんだぞ、借りすぎて。

 涙をぬぐって空見ちゃんを見た。

 なんということでしょう。あれだけ笑っていなかった空見ちゃんが、口を押えて下を向いている。つまりは、笑いをこらえている! もしかして俺の勝利なのか? 一瞬で気分は幸せになった。人間の心ほど移ろいやすいものはないというのは実に的を射てる。

「おえっ」

 口を押えたのは吐き気を抑えるためだった。どうして? まさか、俺のギャグが面白すぎたのか? 

「大丈夫?」

 背中をさすってあげようとしたらそれを手で払いのけられた。…………ああ、もしかして俺のギャグがつまらなすぎて吐き気を催したのか……。

「って俺のギャグどんだけつまらなかったんだよ! どうやったら吐き気を催されるほどつまらなくできるんだよ! 逆にすげえよ俺!」

 叫んで、余計悲しい気持ちになった。

 そのまましゃがんで、体操座りならぬお山座りになる俺。ああ、俺の心はもう壊れそうだ。

 そして、絶望したままなんとなく空見ちゃんを見た。

 少しだけ笑っていた。その姿はいつもに増して幼く見えた。俺は勝利をかみしめるのも忘れて、よかった、ただそう思うだけだった。そのほんの少しの笑顔のおかげで俺も少しだけ救われた気がした。三人も死んだんだよな。生きていて欲しかったな。

 自然と、涙が出てきた。

 駄目だ、さっきから涙腺が弱くなってる。

「ありがとう」

 俺の言葉を理解してないのか、それとも理解したけどなんで今言ったのか分からないのか、空見ちゃんは首を傾げた。

 それでも、俺は感謝したかった。彼女とここで会わなかったらたぶん、俺はこの世界では笑うことができなかったかもしれない。ホワイトがゴミ箱と言ったこの世界では。

 何をするべきか、何をしないといけないのか、何ができるのか、まったく分からない。そして、そんな事も、もしかしたら、どうでもいい事なのかもしれない。俺はとりあえず空見ちゃんと一緒に居ようと思った。行き当たりばったり、相変わらずに何も考えてないけど、少しは彼女の役に立って恩返しをしたい。さっきは本当に心が救われたんだ。彼女がたまたまここに居てくれたから。笑ってくれたから。

 まずはそうだな、あの家にでも入ってみるかって……おい、どこ行くの空見ちゃん!


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