表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

神様。

 視点――――主人公



 整列したように並ぶ家、落書きのような空、そんなチープな世界を俺は駆けている。

 何故俺は走っているのだろうか。走ることは愚か、生きることすら諦めたのではないのか。そう、俺は死にたかった。その気持ちは今でも変わらない。

 俺は死にたい。けど、それは今すぐというわけではない。

 できる限り誰かの役に立ちたい。この気持ちが俺の足を動かす原動力となっている。この気持ちがある限り俺は足を止めない。

 だから走った。何も考えずに走った。営業マンさんを見つけるために走っているのだが、理由がなくても俺は走っただろう。

 走ると、目に映るすべてが新鮮に写る。俺の視界に入ってくるものは、こんなにもつまらない世界でも、俺の心に新しい風を吹かせてくれた。

 そして、息が切れ、少しずつ俺の意志とは無関係にペースが落ちてきたところ、ようやく見つけた。

 スーツを着た人の後ろ姿、そしてその男の手には血の付いた日本刀が握られている。心なしかその姿は悲しそうに見える。そして同時に空を見上げている少女を見つけた。少女は営業マンさんに気付くと目線を降ろす。

 そして、営業マンさんの直線状にいた俺を見る。あれは俺を見ていると分かった。何を考えているかは分からないけど、俺を見たその瞳はここからだと遠くて、その瞳に宿る感情が分からない。けど、俺を見たその眼差しには意味があるはず。

 けど、俺はその意味を見つける前に、やらなければいけないことがあった。

 営業マンさんを止めなければいけない。――だって今にも切りかかって、空見ちゃんを殺しかねない。そう思ったところで、日本刀を構えるのが見える。構えたときに間に合わないと思った。距離が絶望的にまで空いていた。でも諦めなかった。諦めたくなかった。

 どうしてか分からないけど、構えたまま動かなかった。それのおかげで俺は間に合う。

「うおおっ」

 ちょっとかっこつけて主人公のように声を出そうとしたけど、驚いた感じになってしまった。けど、営業マンさんが振り向き、俺に攻撃耐性を取る前に俺はのしかかるようにぶつかり、そのまま倒す。そして、倒れた男に馬乗りになり抑え込む。

「はぁ……はぁ……はぁ……間に合った」

 営業マンさんは驚きを隠せない顔をしたと思ったけど、すぐに表情が戻る。いや戻ったという表現はおかしいかもしれない。彼は笑ってはいなかった。その顔には不機嫌さが滲み出ていた。

「どうして僕の邪魔をするのですか? 一度はあきらめて、一人の女の子を目の前で見捨てたっていうのに、どうして邪魔するのですか? 理解できませんね、君の行動は……」

「確かに見捨てた。本当に取り返しのつかないことだ。けどそれはもう一度見捨てていい理由にはならない」

 言葉を吐き、後悔が俺の心を支配する。過去を見てばかりじゃ駄目だ。と誰かに言われた気がするが、見捨てたという事実を見ないようにすることは出来なかった。

 でも、俺はその事実から逃げないように心を強く持つ。後悔に押し潰されないように、そして、決して忘れないように。――受け入れる。

「俺はどうしよもない屑だ。屑な人間だ。だけど、どんなに駄目な人間だって誰かの役に立てるんだ。だから俺は、他人のために生きるのを止めない」

「……そうですか。だったら僕を殺してみてください。本当にそう誓えるなら、僕を殺してください。僕は人生に飽きています。そして僕が生きること自体があなたの生きる目的の邪魔になります。僕の為にも、他人の為にもなる。だから僕を殺してみてください」

 俺はその言葉に戸惑う。俺は殺すことができるのか、人の命を奪うことができるのか、その覚悟があるのか。俺はナイフを強く握りしめる。

 営業マンさんは手に持っている日本刀を地面に置く。

 そして、俺を正面から見据える。決して目を逸らさず、そしてもう笑みはなかった。

 俺はこの選択に必ず後悔することになるだろう。これは予感ではなく、予言に近いものだ。でも、後悔することを怖がっていては、何もできない。だから、俺は今の自分の心を信じる。それしかない。

「…………最期に何か言い残すことはありますか?」

「そうですね、ではあなたに一つだけ教えてあげましょう。所詮、僕の言うことだけど、頭の隅に入れといてくださいね。この世界は――楽しいことに満ちています。思わぬところに幸せはあるもんです。だから、幸せに生きてくださいね」

「分かった」

 そして俺はナイフを大きく振りかぶり――。

「殺されるってこんな感覚なんですね」

 それが最後の言葉だった。俺は心臓にナイフを強く刺す。

 ナイフはあっさりと胸に突き刺さる。そして、俺は力を強める。

「…………」

 しん。と空気が静まり返った気がした。

 ふと気付く。空見ちゃんが泣いていた。

 そして、彼は死んだ。

 俺は初めて人を殺した。

 その感覚は、虚脱感に似ていた。俺は殺した事実に心が殺されるのではないかとも思っていたが、違う。やりきったという充実感だけが残り、その感覚は俺の心を冷やすだけだ。

 だから、ついさっきまで俺の心についていた炎にも似た気持ちが消火されるようにしぼんでいく。そしてその過程で、自分に聞かなければいけないことを見つける。

 そして、じんわりと視界がぼけてくる。

 見えるものの境界がぼやけてくる。

「あ、俺も泣いているのか」

 涙は、少しだけ頬を伝って流れ落ちる。それは、俺の意志とは無関係に、ただ溢れる。

 本当にこれでよかったのだろうか?

「良かったさ……これで良かった」

 世の中は考えても答えの出ないことがたくさんある。それでも選ばなければならない、選択に迫られる時がある。

 絶対に後悔する。どっちを選んでも後悔する。

 だから自分を信じるしかない。自分の選んだ道だ。だから、その道が間違っていたとしても信じるしかないんだ。

 でも、納得はできない。こんな結末しかない、それが嫌だった。

 でもその感情の矛先をぶつける所は存在しない。

 この話はここで終わった。俺が営業マンさんを殺した時点で終わった、ハッピーエンドだ。たくさん死んでしまった。生き残ったのは俺と、十人目と、空見ちゃん。このえさんは見ないけど、おそらく死んでいる気がする。

 涙を拭う。前を向きたい。

 そして虚脱感のあとに後悔が溢れ出てくる。空になった心を埋め尽くすように。

「ごめん……なさい」

 背後から声がする。十人目の声、ハーブのような美しさを持つ声、その声はうっすらと震えていた。

「どうして? 君は何も悪くないよ」

「私がすべて悪いのよ。全て、何もかも私が悪いの」

 最初は疑問しかなかった。心が後悔に疲れていたのだろう、彼女は言う。俺は深く考えようとせずに聞き流していた。彼女は事実を、信じようもない事実を、真剣に、一心に、俺に伝える。自分が、ホワイトのもう一つの体ということ、彼女が神様の娘ということ、自分が俺の生まれる時に他人のために生きろという呪いをかけたこと、全部、全部、白状された。信じにくい話が多かった。でも、本当の事とは分かった。

「あなたが不幸なのは全て私が干渉したからなの、分かる? 全て私のせいなのよ? 私を恨む? 恨んでもらって結構よ。私はそれだけのことをしたのだから」

 躍起になって言っている。でも、俺はもう迷わずに返答ができる。

「それは全部俺の責任だよ。俺が不幸なのは俺のせいだよ。間違っても君のせいではない。でも、俺のせいでもないなら、きっと君のお父さん、神様が悪いんだよ。だから君は悪くない。それに俺に他人を心配できる人になって欲しかったんだろ? それを望んで何が悪いんだよ」

「……恨んで……よ……」

「誰だって誰かを不幸にしている。でもそれはしょうがない事だろ? 誰かに干渉して、不幸にしてしまうのは当たり前のことなんだ。だから、君は悪くないよ」

 言葉は木霊することもなく、静かに消えていく。俺の言葉は彼女の心に響いたのだろうか。分からない。だって彼女は他人で、俺ではないのだから。けど、俺は分からないままにでも言わなくちゃいけない。言って、その言葉がもしも彼女の心に響いたのなら、俺はそれだけでいい。

 だってそれが俺の生きる意味なのだから。

「この世界には不幸がたくさんある。それは仕方がない事なんだから、だから、俺が唯一恨むとしたら、君じゃなくて、君のお父さん。神様だよ。殴り倒してやりたいね」

 冗談で言ったつもりだった。けど、彼女は真に受けた。

「……会わせてあげれるけど、どうする?」

「は?」

 気が付いたら、一瞬だけ浮遊感を感じ、目の前が真っ暗になる。そして、目が開いた。

 そこはただのマンションの一室だった。



「神様って、え?」

 いきなりの展開について行けない。だっていきなり世界を飛び、神様の世界、ことマンションの一室、しかも高級そうでは決してなく、勉強机にパソコンが置いてあり、本棚には教科書やプリントが押し詰められている。ただの学生の部屋。

 そして、目の前には十人目の子ではなく、死ぬ所を間近で見た、綺麗な白髪が印象的な女の子がいることにも驚く。

 ホワイトだ。

 驚きが一周して落ち着いてしまう……。

 それがあい極まって、今まさに俺は唖然状態と言えよう。

「ここが神様の住んでいる家よ」

「神様の住んでる家?」

 何もかもが想像と違う。頭にイメージとしてあったキリスト像が黒く塗りつぶされる。もう、理解が追い付くのは不可能に感じたので、俺は考えることを一時ストップさせた。

 そうでもしなきゃ、平静を保てないぜ。

 ふと、その部屋から出て、リビングに出る。リビングには木の机がぽつんとあって、電子機器と電話がずらっと並んで部屋の隅にあるローボードの上に居座っている。そして、大きなテレビがある。いわゆる普通の部屋だ。どうして神様の家がこんなところにあるのかが不思議で仕方がなかったのだが、考えることを止めることを強制して、俺は無心を維持しようとする。

そして、先ほどいた部屋。ベッドと勉強机と本棚、等々が鎮座する。神様にはありえないほどの生活感あふれる部屋である。そして、スナイパーライフルが裸で立てかけてあるのも見つけたけど、ただのエアガンにしか見えない。

 ぎぃぃぃぃん。という古い金属のドアが開く音がする。

「あ、神様帰ってきたわ」

 コンビニ弁当を持って。

 何てリアクションを取ればいいのか。分からない。分からなすぎる。

 神様が俺たちのいる部屋のドアを開ける。

 神様の服装は学生服、学生服? ……まあ、あれだな。部屋から想像してたから、耐性はついていたから声を上げることはなかった。

 そして、神様(ただの学生にしか見えない)が開口一番に言った。

「お前誰?」

 それはこっちのセリフだよ! お前神様に見えねえんだよ! 

「あら、神様。こんにちわ。で、一ついいかしら」

「……うん。いいよ。何?」

「この人がさ」

 と言い俺を指差す。

「神様を殴りたいって言ったから連れてきたの」

「おい!」

 しまった。そういえばホワイトはこういう奴だった。腹黒だった。

「ぼくを殴る? やめてよ。痛いの嫌いだし。揉め事はよくないよ」

 神様が少し慌てたようになだめてくる。

「あんた。神様……でいいのか?」

「そう呼ばれるのは嫌だけど。君たちのいる世界を創ったのはぼくだよ」

 突っ込みたいこともたくさんあったが後回しだ。今は、聞きたいことがある。殴りたいほどに聞きたいことがある。だから、俺は神様がどんな奴だとかを言及するつもりはない。

「じゃあ……質問していいか? 神様……」

「いいよ」

「最初から思っていることがあるんだ。どうして、世界にはこんなにも不幸があるのか。不幸にまみれた世界なのか。それが分からなくてね。教えて欲しい」

 これが俺の生きている時からの疑問。誰もかれもが幸福でいることが許されない世界。それが不思議だった。どうして皆が幸せになることはないんだろうって。

 だから、みんなで幸せにはなることができないから、俺は、俺の分まで他人に幸せになってもらおうとした。それが俺の生き方だった。

「それか……うん。それの理由は簡単なんだけど、言っていい?」

「俺が聞いたんだ。俺に承諾何て求めなくてもいいだろ?」

 ふぅ、と一回溜息をつく。軽い雰囲気だった神様が真剣な表情になる。口元はにやけて、不気味だ。

「おれの趣味だからだよ、それだけ」

 言うと、神様は部屋から立ち去りトイレに入る。

 でも、聞き逃すことはなかった。今、神様は趣味で不幸な世界を作っていると言った。それは事実だ。

 どうしてだよ。何で、あんな奴の趣味なんかで人が不幸にならなきゃいけないんだよ。

 怒りが込み上げてきた。それも、どうしよもない程に、じわじわと。

「すっきりした」

 神様がトイレから出る。俺は気が付いたら殴りかかっていた。

 俺は他人をむやみに殴れるほどの心なんて持っちゃいない。殴るのだって怖い。他人を傷つけるのは怖い。なのに、そんな俺が、自然と殴りに行っていた。

 それだけ怒りが俺の心を支配していた。

 いつも心の奥底に感じていた行き場のない怒りがようやく矛先が見つかって、ドッと溢れてきた。

 殴らずにはいられなかった。

 思えば俺が暴力を奮ったのは、覚えている限り一度だけだ。

 その感覚はまだ、手に残っている。ナイフで、心臓を一刺し。

 そしてあれは俺にとって奇跡のようなものだと思う。極限まで追い詰められた心と、他人のために生きるという義務感、後悔しないことを諦めたのも良かったのかもしれない。だから、あれが俺の人生で最後の、他人を傷つける行為だと思った。

 しかし、殴る寸前になって、あ……と自分で驚いているんだ。

 体が勝手に動いてしまった。そして、ドン、という音が響く。

 俺は神様を殴ってはいなかった。俺が殴ったのはトイレのドア。

「痛っ」

 痺れるように手が痛む。そして、痛みと同時に疑問が湧く。

 どうして殴れなかったのか?

「今おれを殴ろうとしたでしょ。残念。君達じゃおれを傷つけることは疎か、触る事さえできないよ」

「…………」

 心臓が痛い。行き場のなくなった怒りが逆流して、俺の心を痛めつけている。

「ぼくはね、喜劇よりも、悲劇の方が好きなんだ。HAPPYENDよりもBADENDの方が好き。だからね、必然とぼくの作る世界は幸福より、不幸の方が多い世界なんだ。それは今更変えれないし、変えたくもない。君が怒るのも分かる。けど、この世は不幸に満ちているんだ。それは受け入れるしかない」

「……俺は、皆が幸せの方がいい」

「ぼくは不幸こそ、世界を彩る美しいものだと思うんだけどな。ただ、君がどう思うかは君の自由だ。そして、君が少ない幸せを掴み取ることも自由だ」

「……皆が幸せな世界を、神様は創らないんだな?」

 神様に会ったおかげで、一つの事の指針が決まった。

 正直言って、こんな神様で残念だったし、もしかしたらという期待もあった。

 けど、そもそも神様に願うことすら間違いだとも思う。

「俺が、幸せに満ちた世界を作ればいいんだろ?」

 神様になるわけではない。俺は俺として、小さな一人の人間として、幸せに満ちた世界を創ろうと思う。

「そうか……じゃあ、頑張ってね」

 幸せは待っているだけじゃ訪れない。掴み取ろうと少しでも思わない限り、幸せは手に入らない。だから、俺は無我夢中で幸せを手に入れようと思う。

「ありがとうホワイト。もう十分だ」

「そう? 分かった。じゃ戻りましょう」

 皆が幸せな世界を創る。

 それってやっぱ難しいのかな。でも、皆が幸せって、一番大事なことじゃないかな?

 例え無理でも、最期まで諦めなければ、きっと。

 はあ、難しい事は考えても良くないな。きっと幸せって何なのかって哲学的なことを考えるのは俺には向いてない。

 だから、俺は、俺のできることをしよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ