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コムギがくれた夏  作者: 秋月心文


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1/3

熊猫亭の夏休み

 ひょんなことから、さびれた食事処にバイトに来ることになった。

 そして、そこでネコに係わることになるとは思ってもいなかった。


 この食事処の名は「熊猫亭」。


 クマのようにゴツイおやっさんと、

 ネコのように繊細なおかみさんにちなんでつけたらしい。

 だけど、つけた名前は、クマでも、ネコでもないよ。

 別な生きパンダだよ。


 このお店は、はやっていない。

 なぜなら、提供される食事が美味しくないのだ。

 どれか1つくらいは、美味しいのがあるんじゃない?って思うでしょ。

 でも、そう何を頼んでも、美味しくないのだ。


 たぶん、私が作ったほうが美味しいと感じるようなお店だ。


 そのため、初めて来たお客さんは2度と来ない。


 近所だから、私も一度は来たことがある。

 でも、2度と来ようとは思わなかった。


 だけど、食べ続けているとクセになる味だ。

 そのせいか年配の常連さんはいる。


 あと、理由はわからないが、この店の料理は、

 食べ終えて店を出た時には不思議と元気が出る。

 そんな何かがあった。


 店長は言う。

「食事ってのは、食べることで元気になるものだろ」

 そこに、とことんこだわっているらしい。

 そうかもしれない。

 そうかもしれないけど、せめて、美味しくしようよ。


 この店には大型トラックも停まれる駐車場がある。

 近くにはトラックが停まれる駐車場があるような

 料理屋も、コンビニもないので、

 そういう人たちから一定の需要はある。


 夫婦2人で切り盛りしているのでやっとの小さなお店だ。

 そんな店にバイトに行くことになった。


 夏休み中、私は家でゴロゴロしていた。

 うちの学校は冬休みがない代わりに、

 夏休みが2か月もある。

 そんな私を邪魔に感じたのだろう。

 母はバイトを勧めてきた。


 お金は欲しい。

 特に学生の身の上では、使えるお金にも限りがある。

 新しい服も欲しい。

 でも、女子の服はなにかと高いのだ。


 母がバイトを勧めてきたのが、このお店。

 というか、私に選択肢は用意されていなかった。


 この店の夫婦と、母は若いころから面識があるらしい。

 私を預ける際に、おやっさんに何か封筒を渡していた。

 おそらく、あれが私のバイト料ってことだろう。

 私は、それを見ていないふりをした。


 わかっている。

 この店にはバイトを雇う余裕なんてない。

 ずっとガラガラなんだもの。


 私の担当は、食器洗いや、お店の掃除。

 とはいえ、ほとんどお客さんが来ないので、

 すぐにやることがなくなる。


「やることがないときは、自由にしてていいのよ」

 おかみさんのその声に甘えて、スマホを見てる。

 毎日、フル充電で来てるのだけど、

 毎日、バイト中に電池切れそう。ヤバい。


 数日後、店の外で何か音がしたので、

 外に出ると何者かが走り去っていくのを見た。


 店の前には、汚い段ボール。

 中で何か動いている。

 ネコだ。

 だけど、とても弱っている。


「店長!」

 店長は、店の外まで見に来てくれた。

「まったく、酷いことしやがる」


 ボロボロの汚い段ボールに入れられていた。

 捨て猫なのだろうけど、それにしては汚い身なりだった。

 毛は泥で固まり、見るからに手入れもされていなかった。

 息も苦しそう。

 広告の裏に、よろしくとだけ書かれたいい加減な紙。

 捨て猫のようだが、この身なりで、飼い猫なの?

 首輪すらしていない。


 おかみさんは、早速ネコを洗ってきた。

 ネコでも食べれそうなものを与えてみたが、すぐ吐いた。

 弱っているから、食べれるものが限られているのだろう。

 一応、食べ物を扱うお店なので、ビニル手袋を使って対処する。

「素手でなくてごめんよ」

 そういいながら、おかみさんは、ビニル手袋をはめた手で、トントンとネコを叩いた。


 食べられそうなものを用意し、少しずつ食べさせていく。

 お客さんが来たので、その後の世話は、私に任された。

 気がつくと、食事処にバイトに来て、ネコの世話をしていた。

 いいのか、それで?


 ネコは、そんなに好きではないが、

 生き物は嫌いではない。

 ましてや、撫で心地のいい生き物は。


 ネコの容態は落ちついた。

 今は、私のひざの上ですやすやと眠っている。

 ネコの呼吸の動きが伝わってきて、

 私もなんだか心地よい。

 撫でても起きない。


「そういえば、このコに名前をつけないとね」

 前の飼い主は、名前も書いてよこさなかった。

 思い出すと、ちょっと腹が立つ。


 このコは、キジ三毛という柄だ。

 確か珍しい柄だったような。

 白をベースに、オレンジと黒の縞模様。


「ミケかな」

 店長が味気ないネーミングを提案してきた。

「ミーちゃんがいいんじゃない」

 おかみさんのセンスも同様だった。

 はぁ……。私が考えるしかなさそうだ。

「コムギ……で、どうかな?。食事処だし」

「そうね。うん、いいんじゃない」

 おかみさんの了承を得て、このコの名前はコムギに決まった。


 こうして、そのコは順調に回復していった。


 バイトに行くと、このコを洗うのが、私の仕事になったが、

 人懐っこいコなので、体を洗うのも嫌がらない。


 毎日ちゃんと洗ってるけど、

 誰でにでもすりすりしていくほど人懐っこいので、念のため、

 ネコを触りそうな人には、おしぼりを1本余分に置くことにした。

 一応、食べ物を扱うお店なので……。


 このコは、お客さんの忘れものにも、よく気づく。

 ある日、私の足を引っ張ってきた。

 そっちを見たら、忘れものがあった。

 私は、それを急いでお客さんを追いかけて、それを渡しにいった。

 そんなことが何度もあった。

 コムギがすごいのか、この店は忘れ物が多いのか。


 ガリガリだった体も、

 だいぶ回復し、普通の見た目になってきた。


 コムギは人懐っこい。

 だけど、ネコを苦手をする人とは距離を取る。


 うちの常連さんで、トラックドライバーの原田さんは、

 ネコ・アレルギーだと聞いたことがあった。

 この店で、そんな症状を出したことはないのだが、

 コムギは、原田さんからは、必ず一定の距離を置いていた。

 なぜ、ネコ・アレルギーだとわかったのだろう。

 とても不思議なコだった。


 コムギの体は、かなり大きくなった。

 太り過ぎじゃない?


 店長特有の、謎に元気が出る料理の影響かな。

 ……いや、ちゃんとカリカリしか食べてないはずだけど。


 こんなによく食べるコムギだけど、

 他の猫みたいに食べものをねだるようなことはしない。

 とても、遠慮がちなコだ。

 ご飯が、遅れてしまった日でも、催促することもなく、

 皆が食べ終わるまで待ってから、ゆっくり食べ始める。


 コムギは、常連の川口さんのひざが特にお気に入りのようだ。

 いつも病院の帰りなんだと言っていた。

 どこか、体調を崩しているのだろうか。


 コムギは川口さんのひざの上で、

 近づいていっては、ちょこんと乗って静かにしている。

 川口さんは、このコに赤の首輪をプレゼントしてくれた。


 ある日、川口さんは、なんだかとても疲れていた。

 なんだか薬品みたいな匂いがしていた。

 ちなみに、川口さんは、

 おかみさんたちには、ゲンちゃんと呼ばれている。

「最近、仕事が立て込んでいてな」

「ゲンちゃん、また徹夜かい。寝た方が良かったんじゃないか」

 徹夜が続く仕事って、

 川口さんの会社は、そんなにブラックな仕事なのだろうか。

「ここで食事すると元気が出るからね」

 確かにこういう時は、店長の謎の効能が発揮するだろう。


 川口さんが帰ろうとしていた時、

 ニャーニャー鳴いて川口さんを引き留めた。

 疲れてるから、もっと休んでおけと言いたのかな?


 川口さんが、ひざから離そうとしても、

 爪を服に喰い込ませてまで抵抗する。

「痛たっ……」

 コムギが、ここまでするのは珍しい。


「すみません、川口さん」

 私がコムギを抱きかかえて川口さんから離すのだが、

 それを振り切り、川口さんに飛びのっていく。

 これが2度、3度続いた。


 私たちは、どうしようかと対応に困った。

 川口さんも、やれやれと困った顔をしていた。

 仕方ないので、店長が口を開いた。

「ゲンちゃん、もう少しゆっくりしていきなよ」

「仕方ないな」

「もっと一緒にいたかったんじゃろ」

「そうかぁ」

 そう言って、コムギをひざに乗せて、

 他の料理を頼もうとしたとき、

 突如、店の外でドンという音がした。


「なんだ?」

 店長が率先して、店を出る。

「ゲンちゃん、やばいことになってるぞ」

 外では、川口さんの車が燃えていた。

 消防や警察が来て、大変な騒ぎになった。


 コムギが止めていなかったら、

 川口さんは無事では済まなかっただろう。


 翌日、川口さんは、新車に乗ってやってきた。

「もう、新しいの買ったんですか?」

「前のは、もう使えなくなっちゃったからね」

 それに困った素振りもない。

 川口さんは、結構、お金に余裕のある人らしい。

 もしくは、そういう保険に入っていたのか。


 あの日以来、川口さんは、

 以前にも増して、コムギにメロメロだ。

 そしてコムギも、以前にも増して、ブクブクだ。


 お腹だけが丸くなってきた気がする。

 まるで、うちのお父さんみたい。

 でも、太ったというより、何だか前とは体つきが違う気もする。


「食べ過ぎかな? もしかして何かの病気?」

 ちょっと気になっていた。


 川口さんは、ネコのことも良く知っているようだったので、

 コムギの太り過ぎについて聞いてみた。


「心配はいらないよ。食欲もあるしね」

 そう言って、コムギのお腹をなでなでしていた。

「今は見守ってあげればいい」

 大人の人が、そう言うなら大丈夫なのだろう。


 太ってきたせいか、だんだん動きが大人しくなってきた。

 最近は外を見つめる時間が増えていた。


 おかみさんが言うには、

 コムギは、最近、夜になると落ち着かないそうだ。


 そんな調子で、コムギが来てから、

 そろそろ2か月になろうかとしていた時、

 急に、コムギがいなくなった。


 私はバイトを休ませてもらって、

 数日探し回った。


 いない。

 コムギ、どこにいるの?


 ここにも、いない。

 コムギ……。


 どんどん捜索範囲が広がっていく。

 どんどん不安も広がっていく。


 空地の方で、ミャ―ミャ―と小さく細い鳴き声がした。

 家が解体されて、雑草がボウボウと茂っていて、

 中の様子は見えない。


 声を頼りに少しずつ近づいた。


 だんだん、声が大きくなってくる。


 そこにコムギの姿があった。

 キジ三毛柄、赤い首輪。間違えるはずもない。

 あれほど丸かったお腹は、すっかりスリムになっていた。

 その周りに無数の子ネコ。さっき鳴いていた子たちだ。


「コムギ!」

 急いで近寄るが、全く動かない。

 コムギに触れる。

 まだ少しだけ温もりが残っていたが、

 呼吸も鼓動も感じられない。

 死んでいた。完全に力尽きていた。


 子ネコの中には、

 死んでいるコムギの乳を加えたままのコもいた。

 コムギは最初に出会った時のようにガリガリに痩せ細っていた。

 そうなるまで、乳を与え続けたのだろう。


 子ネコは、みんな、どことなくコムギの面影がある。

 コムギの子だ。

 でも、少し弱りかけている。

 中には、動かなくなったコもいた。


 ふだんなら、死体に触れるのは死んでも嫌だ。

 だけど、体が先に動いていた。

 私は、コムギと子ネコたちを抱えた。

 動かなくなった子ネコも含めて全部だ。


 私は、何も考えられなくなり、とにかく店に連れ帰った。

「うちじゃ育てられないって、思ったのかしら?」

 とおかみさんは言った。

 その言葉を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。

 コムギは、いつだって遠慮がちなコだった。


 店長は電話をかけた。

「ゲンちゃん、ちょっとうちに来てくれないか。

 コムギが大変なんだ……」


 数分もしないうちに、

 見慣れない車がやってきた。

 車からは、白衣の女性も降りてきた。

 え? 白衣?

 よく見ると車には川口動物病院と書いてあった。

 そして、最後に降りてきたゲンちゃん(川口さん)も

 白衣を着ていた。

 お医者さんだったの?

 えぇぇ~!?


 私は、コムギたちを、床に降ろした。

 1匹だけ、必死に私から離れようとしないコがいた。

 離しても、離しても、私に寄ってくる。

 そのコは、コムギの生まれ変わりかと思えるくらい、

 柄がそっくりだった。


 川口さんが、ほとんどの子ネコを引き取ると言ってくれたが、

 私から離れないコを見て……

「そのコは、お前の元を離れたくないらしい」

 と言った。

 子ネコに頼られたようで、とてもうれしかった。


 川口さんは、当面の間の子ネコの世話を私に伝授した。

 生まれてしばらく(1週間ほど)は、

 一度にたくさん飲めないため、24時間体制で

 2〜3時間おきに、ミルクを与える必要があるそうだ。

「できるか?」

「うちに住み込んでいいよ」

 おかみさんが後押ししてくれた。

 あとは、私の覚悟だけだ。

「できます!」

「よし。それなら、このコは、お前にあずけよう」


 店にお墓を作ることを許可してもらい、

 コムギと死んじゃった子ネコを埋葬した。


 だけど、もう死なせない。


「名前を決めなきゃね」

 もう1度、コムギと名付けたかったが、

 違う命だ。違う名前がいいだろう。

 似たようなノリで、アズキと名付けた。


 それから、店に住み込みで世話をすることになった。

 母は、夏休みの宿題などを置き、

 店長夫婦に、娘をお願いしますと頭をさげつつ、

 世間話をしていた。


「まだ、物件を当たっているところなので……」

 という話をしていたが、何のことかよくわからなかった。


 母は、おかみさんに、また何か封筒を渡していた。

 おかみさんは、その封筒を受け取るのを断ったが、

 最終的に、母に押し切られていた。


 バイトのお願いのときより、厚い封筒だった気がする。

 父は実業家で、実は結構稼いでいる。

 その割には、家は賃貸なのだが……。


 2〜3時間おきに、ミルクを与えるのは思った以上に大変だ。

 だけど、ミルクを飲む、アズキを見ていると心がほっこりする。


 それから1週間ほど、

 私は店に住み込みでアズキの世話をした。


 あれ? 私はバイトで来てたんじゃなかったっけ?


 でも、まぁ、このバイトが、

 母の仕掛けた「なんちゃってバイト」だと知っている。

 だから、実際のバイトでなくても、いいのだろう。


 しかし、夏休みも、もう終わってしまう。


 夏休みが終わると、アズキとも離れるんだろうな。

 ちょっとさびしかった。


 夏休みが終わる1週間ほど前、

 お店が急遽閉店することになった。

 店長が入院したからだ。


 お店に貼り紙をする。

 閉店のお知らせ。

 とても、寂しい。


 私のなんちゃってバイトの日々は終わった。

 アズキ……。

 ネコ、どうしよう。

「うちで良かったら預かるよ」

 おかみさんは、そう言ってくれたが、

 おかみさんに、そんな余裕がないこともわかっていた。


 だけど、一旦は、おかみさんに預かってもらうことにした。


「ごめんね。アズキ」

「ニャ~」

 まるで「大丈夫だよ」と言ってくれているようだった。


 家に帰ると、家の中には段ボールが積まれていた。

 えぇ?


 私の部屋も例外ではなかった。

 勝手に……と思いつつも、何で段ボール?


 母は言った。

「夏休みの間に、引越しすることになったから」

 は?

「すぐ近くよ」

「業者の人が段ボールに入れてくれて、

 新しい家に着いたら、開梱して元のように置いてくれるって」


 段ボール詰めしたのが、母かと思っていたが違ったらしい。


 これも、あんたの部屋に置いてね。

 段ボール4つ分の荷物……。

 部屋が狭くなるじゃないか。


「何が入ってるの?」

 箱を開けて中を覗いてみると、未開封の箱が入っていた。

 キャットタワー、全自動ネコトイレ、

 自動給餌機、循環式の水飲み場?


 え?

「今度の家は、ペット可なの」

 ……ということは?

「ネコ、飼えるわよ」

 お母さんたちは、あのコを引き取るために、

 ペット可の賃貸を探してくれていたらしい。

「わぁ、おかあさん、大好き」


 あの夏は終わった。

 思えば、ネコ三昧の夏休みだった。


 これからは、新しい家で、アズキとの新しい毎日が始まる。

 お読みいただき、心より感謝申し上げます!

 数ある作品の中から

 この物語を選んでいただき、

 本当にありがとうございます。


 少しでも楽しんでいただけましたら、

 ★や【ブックマーク】で応援していただけると、

 今後の創作活動の励みになります。

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