76. 舞踏会 2
私は今、ジークとダンスをしている!
周りの声は聞こえない。ジークの声と音楽だけが耳に入ってくる…。
ジークは私の耳元で囁く。『綺麗だ』『ターンするぞ』『とてもいい』『その調子だ』…褒めちぎってくれるので私もいい気分になりジークに身を委ねる。ジークの足を何回か踏んじゃったけど『気にするな』と言ってくれる。
幸せなひと時だった。
曲が終わり、礼をして、ジークのエスコートでフランとリュカがいるところに戻る。2人ともお皿に盛った料理とモグモグしている口を見れば、食べるのに夢中で私たちのことなんて見ていなかったみたいね。
それを言ったら反論された。
「ちゃんと見ていたっすよ。ルイの踊り、あの頃よりうまくなったなぁと感心したっす」
「うわ~、フランは私の最初を知っているのよね。うまくなったと言われて良かった! 変わってないねとか言われたらどうしようかと思ったよ」
「でもジークの足はバシバシ踏んでいただろ」
「リュカはそんなところ、見ていないの! 踏んだのはほんのちょっとだもん。それにちゃんと治癒魔法を掛けました!」
「踏まれても、俺は楽しかったぞ」
「ジークまで、そんなに “踏まれた” なんて言わないの! でもたくさん踏んでしまってごめんなさい」
「大丈夫だ。覚悟の上だ」
「! ジークぅ…」
「うへ~、ジークが冗談を言ったっす!」
「ルイ、お前も料理を食え。そしたら行くぞ。さっさと済ませよう」
リュカは、ベイグ宰相から『1曲は必ず踊ってください』と言われているので、それを早く済ませたいみたい。気持ちはわかるけど、リュカは私より踊りがうまいよ。
ジークは会場に来ていたお父様に呼ばれて行ってしまった。私はリュカに言われたようにお料理を取りに行くことにした。
「じゃあ、食べれそうなお料理を取ってくるよ」
「遠くに行くなよ。念話でつながるけど、見えるところにいて欲しいっす」
「わかったわ。あの辺りを見てくるね」
お料理が乗っているテーブルのところに行くと、侍女さんがお皿を渡してくれた。立食形式でお料理は自分で選べるビュッフェタイプだ。
今日は招待客が多いからと、イアナさんやセリカさんも給仕の仕事に行ってしまっている。朝から私の支度の世話をして、夜は招待客の世話をして。一日中働きっぱなしで大丈夫かな。一応明日はお休みとは聞いているけど。
お料理は鮮やかで、一口サイズのものが多い。これなら私でもつまめそう。一番目を引くのはフルーツを塔のように盛ったフルーツタワーだ。いろいろな種類のフルーツがお皿に乗せられ、そのお皿を積み上げている。ツリーのようにも見えるね。
塔は大きいので反対側は見えないけれど、話し声が聞こえてきた。聞くつもりはなかったけど『選ばれし者』という言葉に反応してしまい、立ち止まる。
「選ばれし者だからってジークフロイド様と踊るなんて、全く図々しいですわ」
「ホントですわね。少し見ましたけれど、ジークフロイド様の足を踏んでいましたわよ」
「まぁ、なんてこと! おいたわしい」
「噂で聞きましたけど、名もない村の出身だとか。それに真っ黒い大きな魔獣も従えているようですよ。野蛮ですわ」
「そんな平民以下の者がジークフロイド様と一緒にいるとは身分をわきまえた方がよろしいのでは?」
「本来なら、ジークフロイド様の視界の隅にも入らないような身分ですのに」
「そうですわ。身分違いも甚だしいですわ。ジークフロイド様はお優しいので嫌とは言えないのでしょう。仕方なく話を合わせているのです」
「これから一緒にお勤めをしなくてはならないとは。ジークフロイド様の心中をお察しいたしますわね」
「私たちでジークフロイド様のお気持ちを少しでも和らげてあげましょう。さぁ、お父様にお願いしてジークフロイド様に挨拶に行かなくては!」
結局立ち聞きしてしまった。ジークの取り巻きのご令嬢だよね。3人で話をしていたみたい。今の話の悪役は私のことだよね。名もない村の出身なんてことまで噂で流れているんだ。どこからそういう話が漏れるんだろう。真っ黒な魔獣だなんて…ミカヅキは可愛いんだよぉ。
身分違いなんて言われても…そんなのわからないよ。だって私がいた国ではもう身分なんてなかったもん。
ジークも本当は心のどこかで何かを思っているのかな…。いや、ジークはそういうことは思わない人だよ。アル様だって、普通に私やフランやリュカに話しかけてくれるし。
だけど、そう思っても、違うと思っても、言われたことが気になってしまう。
気持ちがマイナス思考になってきた。気持ちが落ち込むと、リュカとの踊りがますます下手になってしまう。そうなると彼女たちの思うつぼだ。
私は気持ちを切り替えて、美味しそうなお料理を少しお皿に頂いて、2人のところへ戻った。
『早く食え!』というリュカに文句を言いながらもお料理を頂いた私は、リュカとダンスの間へと来た。曲が始まり踊り始める。
会場が少しざわついた。王都の人たちは獣人族をあまりよく思わない人が多いと言う。貴族もそうだろう。
だけどざわつきもだんだん治まり始めた。多分、リュカの踊りが素敵だから。獣人族特有の運動神経の良さとリュカの華やかさも加わって、ほんの10日ほど前にダンスを習い始めたとは思えない仕上がりだ。
私はリュカの足を踏んだことがない。それは私が突然上手になるわけではなく、リュカの危険回避能力と素早さのせいだ。この人、練習の時からすごい回避能力なんだよね。あ、一度だけ踏んだことがある。でもそれは私が自分の足にもつれて転びそうになったところをリュカが助けてくれた時にむにゅっと踏んでしまった。やむを得ない状況であり、自分の足より私を優先してくれたのだ。その時だけだよ。
「ルイ、料理を取りに行ってから元気がないな」
「え? そんなこと、ないよ」
「そうか? 俺の鼻ははずれたことがないぞ」
「ふふ、リュカは何でもお見通しなのね」
「やっぱり。何か言われたのか」
「ううん、ただ立ち聞きしちゃっただけ。だから耳に入れた私も悪いの」
「気にするな。俺たちのことをどこかで悪く言うヤツもいるんだと思っている方がいい」
「そうだね。全員が私たちを受け入れてくれるわけじゃないね。リュカって時々優しいよね」
「お、俺はいつも通りだ」
リュカは人の気持ちに敏感だ。でもそれだけ良いことも悪いことも聞いているってことなんだ。リュカは強いよ。口は悪いけど気遣ってくれる。それに照れると言葉に詰まるってことも知ってるよ。そして尻尾はピーンと立って緊張していることも!
ダンスの曲が終わって、お互い礼をしてその場から去る。
「うーん、終わった! これで心置きなく食えるぞ」
「リュカは踊りより食い気だね」
「当り前だ。踊りでは腹は満たせない」
「リュカはぶれないなぁ。じゃあお料理を取りに行きますか」
私もたくさん食べて嫌な気持ちを吹き飛ばしたいところだけど、お腹の部分が苦しくて、あまり食べれそうもなかった。
フランのところに戻ったけれど、ジークはまだ戻ってきていなかった。そのうちフランも宰相補佐のナイルスさんに呼ばれて行ってしまった。
残ったリュカと2人でお料理をもぐもぐしていると、こちらへ一人の男性が向かってきた。リュカに何か話があるのかなと思ったけれど彼の視線はどうやら私だ。この人、知らない人だよなと思っていると私の前で立ち止まり、挨拶をされた。
「初めまして、選ばれし者様にご挨拶を。私はレンリベット侯爵家が三男、シュトリー・ノービ・レンリベットと申します」
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