45. 花の咲く庭で
私たちは1階に下り、庭の方へ行く渡り廊下を歩いた。途中から壁がなくなり柱が立ち並ぶピロティになっていて風が通り抜ける。柔らかい風が心地よかった。
「ジークさん、この辺りでミカヅキを呼んでもいいですか」
「そうだな、昨日ちゃんと許可をもらったし。この辺りからなら呼んでも大丈夫だろう」
「ありがとうございます。ミカヅキ、出て来て大丈夫よ。一緒に庭に行きましょう」
呼びかけると床からシュタッとミカヅキが飛び出てきた。
『僕も一緒に庭に行けるの? ジークとアクティオだ! こんにちわ』
「出ても大丈夫なように昨日許可をもらったからね。でもそばにいてよ」
『うん、僕、ルイのそばにいるよ』
ミカヅキも久しぶりの外の空気に楽しそうだ。立った尻尾がゆらゆらと揺れているのを見るとこちらも楽しくなる。そういえば、今はジークさんと2人。外の庭でこの雰囲気の中でなら “さん” を付けないで呼んでみても…
廊下を過ぎ、外に出た。足元は芝生が敷いてありフカフカで歩くと気持ちがよい。日差しに照らされた若草色の絨毯は眩しかった。
庭の手前に護衛騎士さんたちが立っていたので、ジークさんが話をする。騎士さんたちは歩いてきたミカヅキに視線がロックオンされていたが、昨日の許可の件が行き渡っているようですんなり庭に入れた。
庭に入るとジークさんが腕を出したので、ウェンティアが私にそっと囁いた。こんな私にもエスコートをしてくれるなんて、紛れもなく紳士です! 緊張するけど、触れていることでジークさんに近づけたような気がする。周りを見る余裕が出てくると庭のすばらしさに気持ちがはしゃぐ。
「うわー、素敵! こんなに花が咲いている。ほら、ジークもこっちを見て。この花はすごく可愛いですよ」
遠目で見た時は、花はあまり咲いていないように見えたが、近くで見ると小さい花がたくさん咲いていた。とっても綺麗で漂う香りも甘い。まくしたてるように話した中にジークさんの名前をサラッと言ってみた。言ってみたけど…名前を言うだけでこんなに恥ずかしい気持ちになるのはなぜ? 花から顔を上げられない!
「あ…あぁ、そうだな。俺は花のことはよくわからないが、確かに小さくて可愛いな。ルイは小さい花が好きなのか?」
「え、あの、そうですね、小さくてもこれだけまとまって咲いていると見ごたえがありますね。でも大きな花も好きですよ」
ジークさんは一瞬戸惑った感じだったけど、特にそこに触れることもなくスルーしてくれた。『今、名前~』とか言われたら一生顔を上げられないと思ったけど、何も言われなかったから私もこのまま頑張ってみよう。
そう思ってジークさんを見上げると顔にうっすらと赤みが…それを見たら私も顔が熱くなるのがわかった。頑張ろうと思ったのに早くもくじけそう。いや、ここで練習しないといつまででも呼べない!
でも呼んでみようと思えば思うほどなかなか呼べなかった。まぁ2人しかいないのに名前を連呼するのも変だよね。
「この花はおいしそうだわ」
「え、その花か? どれどれ…お、確かにおいしいぞ」
「でしょう! 私も少しいただきましょう」
『2人ともずるい! 僕も食べるよ』
「ミカヅキ! ウェンティアたちは蜜を食べているの。花は食べちゃダメ!」
『えー、僕は食べられないの?』
せっかくの綺麗なお庭なのに、この精霊たちと魔獣は食い気かい!
「ミカヅキは、庭師に聞いてからだな。いいと言われたら食べてみたらいい」
『そうなの? ジーク、優しいね! ジーク、大好き!』
ミカヅキはぴょんぴょん跳ねながら私たちの周りを回る。庭師さんが食べてはいけないと言うかも、とはこれっぽっちも思っていないだろう。食べる気満々だ。
そんなことを話しながら庭を歩いていると、話し声が聞こえてきた。
「あー、ここで切っちまったのか。ここで切ると次の芽が出てこなくなっちまう。切るとしたら、この部分だったな」
「師匠、すみません。切るところはここじゃなくて、こっちの方なのか。うーん、難し過ぎる…」
庭を進んで行くと男性が2人、背の高い花の前に立っていた。話し声はどうやら庭師の師匠とその見習いからのようだ。剪定について指導を受けているようだけど。
帽子をかぶっているとはいえ、こんがりと日に焼けた師匠は優しそうな60代ぐらいのおじさん。見習いはその孫ぐらいの年齢で、まだ日に焼けていないその顔は真剣な表情をしていた。
2人の色の違いは庭にかかわってきた年数の差を表しているようだった。
「これは、ファイネスト卿。庭の散策ですか。今は花が咲き始めて見頃です。ごゆっくりお楽しみください」
「ああ、ありがとう。そうさせてもらう。ところで花を一つ二つ摘んでもいいか?」
「どうぞ、どうぞ。一本二本と言わずにお好きなだけ摘んでください」
「いや、花をもらえればいいんだ」
ジークさんが庭師のおじさんに話をしてくれたので、ミカヅキは喜んでいる。そんなに食べたかったのかな。そう言われると私もちょっと興味がわく。でも食べないよ!
「こんにちは。ルイと言います。ごめんなさい、先ほどのお話を聞いてしまいました」
「こんにちは、ルイ様。ご挨拶が遅れました。私はこの庭の管理を任されております、ホンシェと申します。いや~、つまらない話をお耳に入れてしまいましたね。申し訳ありません」
「切ってはいけないところで枝を切ってしまったとか言ってましたね」
「はい。今は見習いのこの子に剪定のやり方を教えているところです。間違いながら覚えていくものですからこんなこともありますよ」
「ホンシェさんは良いお師匠様ですね。でも、その枝、またつけてもいいですか?」
「はい? この枝ですか?」
ホンシェさんはびっくりした顔で手に持っていた枝を見つめ、私に渡して来たので、これは治してもいいってことだよね。
「この枝がついていたのはどの茎ですか?」
「この切り口ですが…」
私は持っていた枝をホンシェさんが指した茎につけると、ぴたっと切り口が合った。私はそのまま指から魔力を送り枝をくっつけた。
「はい、これで大丈夫です。次はちゃんとしたところで切ってくださいね」
「あ、ありがとうございます」
見習い君が目を真ん丸にしてお礼を伝えてくれた。
「これは、びっくりしました! 切った枝を治してしまうとは…こんなこと、初めて見ました」
「ルイは、光属性だからな。でも植物を治すところは俺も初めて見た」
「え、そうなんですか?」
世間では植物は治さないのかな? なんか、やっちゃった感じ?
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