30. 宿屋の女将 テルナ 1
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は、宿屋ウェールの風の女将 テルナの視点になります。
お話は少し遡って、ルイが宿屋にやって来る頃から始まります。
「冬の間にゆっくり探せばいいと思ったんだけど、やっぱり誰か雇わないと仕事が回らないかしら~」
先日、働いてくれていた子が辞めてしまった。別の街に行く彼氏について行くからと、嬉しそうに言った。そんな顔を見たら辞めないでくれとも言えないし、これから冬の時期になるので、少し客足が減るから大丈夫だと思っていたんだけど…。
他の街へ修行の旅に出て行ってしまった息子たちは当てにならない。仕事は少しずつ溜まっていくし、だんだん寝不足気味になり疲れも溜まっていくし、肌も荒れてきちゃった感じだし、口の中にプチっとできたモノが日増しに痛くなってきて、今は痛みも疲れも限界みたい。
今日こそは旦那のダリルに人を雇うよう募集を出してと言わなくちゃ、と思っていたその日、そんな私の願いが通じたのか、一人の女の子が店にやってきた。
住み込みで働きたいというその子を店に待たせ、急いでダリルを呼んできた。その時の私は少し慌てていたと思う。ダリルとの会話でいつもの調子が戻ってきて、椅子に座ってようやくその子をじっくりと見た。
背が低くて幼い感じの女の子だった。肩までの黒髪がこの辺りではあまり見かけない顔つきによく合っている。身なりは、なんとも言えない変わった服を着ていた。見たこともない服だったけど上質に見えた。
身分証は冒険者カード。こんな子も冒険者なのね。私も見せてもらった。んんっ? 21歳?! 年齢より幼く見えるけど、そういえば、この店に入ってきたときの話し方は大人っぽかったわね。それならちゃんと仕事もしてくれそう。まぁ大人だから仕事ができるかどうかはまた別の話だけど。
光属性ね、そんな感じだわ。自分にも回復魔法をかけながら旅をしてきたのかしら。森を抜けてくると、普通はもっと疲れ果てている感じなんだけど。汚れている様子もないし、きれい好きなら、こっちとしても願ったりだわ。
ダリルは真面目に働いてくれればその他のことはあまり気にしないから、早々に決めてしまいたいみたいね。私も、彼女の雰囲気はいい感じだし、とにかく来て欲しいと思っていた人材が転がり込んできたこのチャンスを逃したくないわ。半月の仮契約もあるからとりあえず働いてもらいましょう。
ルイという女性(幼いと思っていたらもう成人していた!)は、初めは仕事を覚えるのにたいへんそうだったけど、ある程度わかってきたらどんどん自分から仕事をしてくれるし、挨拶もしっかりできるし、とてもいい人材だったよ!
仕事中も笑顔で働いているのよね。そんなに楽しいのかしら。新しい生活が嬉しいのかもね。楽しく働いているところを見るとこっちまで気持ちが楽になるわ。
寒い冬を越して暖かくなり始めると冒険者も動き出す。街の様子もあわただしくなってくる。宿屋も活気づいてくる。
忙しくなり始めた頃、ある3人組の冒険者がやってきた。身なりが違うし、どこぞの貴族かって感じがした。そのうちの一人がうちの宿屋を気に入ってくれたらしくその後も利用してくれた。でもどうやら気に入ったのは宿屋ではなくルイなんじゃないかと私は見ていた。
そんなある日、ルイが休みで森に行くという朝、待ち構えていたのではないかというぐらいのタイミングでその注目の人、ジークさんがやってきた。2人でもじもじしているので、ちょっと話を繋いだらジークさんは快く、森へ行くルイの護衛をやってくれるという。私は期待半分、心配半分で2人を送り出した。
2人は仲良くやっているかしらと暢気なことを考えていたが、いつも帰ってくる時間になってもルイたちが戻ってこない! これは何かあったのかと気を揉み、やっぱり2人で森へ行かせたのはよくなかったのかと後悔し始めた頃、ある男性が宿屋にやってきた。
「失礼、宿屋ウェールの風の女将さんというのはあんたかい?」
「はい、私が女将のテルナですが、何か?」
「あー、冒険者協会へ寄ってきたらこちらへ来るのがかなり遅くなっちまった。申し訳ない」
「冒険者協会? え? ルイたちに何かあったんですか? 2人はどうなんですか?」
「心配しなくてもいい。預かってきた伝言を先に伝えるぜ。『2人は大丈夫で明日戻る』ということだ」
「ルイたちからの伝言…じゃあ、2人は無事なんですね」
そこへダリルも心配してやってきた。
「あんたは冒険者かい? 2人に何があった?」
「おう、俺は冒険者のスタウトだ。今は馬車で移動している商隊の護衛をしていて…」
2人からの伝言を届けてくれた男性、スタウトさんが言うには、魔獣に襲われたその商隊をルイたちが助けたらしい。2人の魔法はそれは素晴らしく、2人が来てくれなかったらその商隊はかなり危なかっただろうと言う。2人のおかげで自分は今ここにいると、大絶賛していた。
「そんなに2人の魔法はすごかったのかい?」
「そりゃーすごかったぞ! 男の方は魔法も剣も一流、女の方もほぼ全員治していたな。特に深手を負った奴らはもう助からないと俺は思ったが、彼女が治癒魔法をかけてくれて今はすやすやと夢の中だ」
「そうかい、あのルイがねぇ。回復薬やいろいろな薬を作るから知識は豊富だと思っていたんだけど、そんなにすごいのね」
スタウトさんがルイたちの魔法をすごく褒めてくれるから、なぜだか私も鼻が高くなっちゃう。自分の子供でもないのに変だけど。2人が無事なら一先ず安心したわ。
「それで、2人は他の商隊の人たちと一緒に一晩明かしてから帰ってくるんだな」
「そうだ、俺は馬を走らせてきたが、商隊の馬車では移動が夜になっちまう。その2人も夜に移動するより森の中だがそこに留まって明るくなってから移動した方がいいと判断したみたいだ」
「じゃあ、他の方たちと一緒にいるんだね」
「ああ。商隊には魔獣除けの魔道具もあるし、皆で集まっていた方が心強い」
「わざわざ知らせてくれてありがとうございました。2人が帰ってこなくて気を揉んでいたところでしたから。これで安心して眠れますよ」
「それは馬を飛ばして来たかいがあったというもんだ。ところで話は変わるが、こちらの宿は一部屋空いているか? できれば美味い食事にもありつきたいが」
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