11. 傷だらけの子
私とウェンティアのはるか先まで行っていたミカヅキが戻ってきて言うには、この先の森でただならぬ気配を感じたという。私たちは一旦足を止め、これからどうするか考えることにした。
「その気配はミカヅキは感じたことのないものだったのですね?」
『そうだよ。近づいちゃいけない。そう思って戻ってきたの』
「獣の勘というものですね! その気配は動き回っているのですか?」
『ううん、止まってた。それは一つだったよ。なんとなく魔獣じゃないみたい?』
「魔獣でもないそんなにスゴい気配って何なの? ウェンティア、わかる?」
「いえ、私も感じてみないとわかりません。ただ、魔獣ではないとすると、まさか…。でもその気配を魔獣たちが避けているのでこちら側にも大型の魔獣が押し寄せているのかもしれません」
「放っておいたら良くないかな…」
「とりあえず、気配を感じるギリギリまで進んでみましょう」
ミカヅキを先頭に私たちは前に進んだ。その間にも大型の魔獣に何頭か遭遇して倒しながら奥へと入っていく。
前にいたミカヅキが振り向いた。止まってウェンティアの方を見ると険しい顔をしている。
「この気配はやはり…り、竜です。なぜこんなところに竜が…」
「うわ~、この世界、竜もいるんだ! 竜は魔獣じゃないの?」
「はい、竜は魔核を持っていませんが魔素を体内に取り込める唯一の生物です。普通は、大森林の山脈に住んでいます。だからこんなところにはいないはずなんですが…」
「竜っていろいろなところを飛び回っているの?」
「いいえ、竜自体は平穏を好む生物ですから、山脈の住処にいてほとんどその場所から離れることはしません。でも、この感じは子供の竜ですか…確かに一か所から動きませんね…怪我をしているのかしら」
「えー、また瀕死の子供? この森ってどうなっているの?」
『ねぇ、行ってみようよ!』
「また、君は軽く言うよね。本当に怖いもの知らずだな。さっきまで行くのが怖いって言ってたのに!」
『だって、この気配は竜っていうモノなんでしょ? 僕、見てみたいな』
ミカヅキの好奇心には驚かされる。名前がわかれば見てみたいって旺盛にもほどがある。
「とはいえ、怪我をしているなら見に行った方がいいの?」
「そう…ですわね。もう少し、見えるところまで行ってみましょうか」
結局私たちはもう少し近づいてみることにした。ウェンティアは、一か所から動かないこと、子供だけがここにいることに違和感を感じているようだ。確かに子供だけって変だよね。
近づいていくと、魔力感知のスキルのない私でもその気配を感じることができた。全身に鳥肌が立つ感じだ。子供でもこんな気配なら、成長した竜だとどれだけすごいんだろう。想像もつかない。
『あそこにいるよ』
「あぁ、本当に竜ですね。翠竜の子供ですわ。動いていないようですね」
「うぇ、あれで子供なの? 牛ぐらいあるじゃん。確かにただ寝ている感じでもなさそうね」
そこには、翼を折りたたんで尻尾を体に巻いた子供の竜が寝ていた。ゴツゴツした頭は薄い緑色に光っていてとても綺麗だったが、体の方は赤黒い色をしていた。しばらく様子を見ていたが、一向に動く気配がない。私たちが竜の気配を感じるように、竜からも私たちの気配はわかっているだろう。それでも動かないというか、動けないのではないか?
「これでは埒が明かない。私が行ってみるから二人はここで待っていて。念話は通じるもんね」
「そんな! ダメです。一緒に行きましょう」
『僕も行くよ。何かあったら、ルイを引っ張って走るよ!』
「二人とも! ありがとう」
一蓮托生、3人で近づいていく。近づくと体のあちこちから血が流れているのがわかる。これでは動いたらどんどん血が流れてしまうだろう。
「やっぱり瀕死の子供じゃない! この子って治癒魔法で治せる?」
「まだ子供ですから、ルイの魔法が効くと思います。でも弱っていますから回復でも魔力が取られるでしょう。この竜を治すとなるとルイの魔力が本当になくなってしまうかもしれません」
「使い切っちゃうとどうなるの?」
「魔力は、多少でも残っていれば1,2日ぐらいで回復できます。全くなくなってしまうと回復するのがとても遅くなってしまいます。1ヶ月か、ルイの場合魔力が多いので、それ以上かかってしまうかもしれません。ですので、使い切る前に止めることをお勧めします」
「そんなに! 回復が遅くなるのは困るね」
「完全に治さずに、ある程度治癒できれば大丈夫でしょう。その辺りの加減をしてください」
「わかったわ。なるべく頑張ってみるけど、完全には使い切らないと誓うわ」
私は竜に話しかけた。勝手に魔法をかけるのが悪いと思ったからだ。
「これからあなたの傷を治す魔法をかけます。嫌だと思ったら頭を動かしてください」
言葉が通じているかわからないけど、とりあえず伝えて、特に動かなかったから竜の体に両手を当てて魔力を流し込んだ。ゆっくり流し込むつもりだったけれど、途中からどんどんと吸い取られていく。
「す、すごい勢いで魔力が流れて行ってるよ…」
凄まじい量の魔力が私の手から竜に流れて行く。10分くらい流し続けたような感覚だが、実際は1,2分というところだろう。そのうち魔力の流れが収まっていく。頭のいい子だ。竜の方でも私の魔力をコントロールしてくれているようだ。もういいかな。私の魔力がすっからかんになる前に治癒できたみたい。見た目にはさっきまで全身にあった傷がなくなっている。
「魔力の流れが止まったからもう大丈夫だと思う。私も魔力はまだ残っているし…」
ぐゎん
目の前が揺れた。立っていられない…私はその場に座り込んだ。
「ルイ! 大丈夫ですか? 急激に大量の魔力を使ったので体が疲弊しているようですわ」
「うん、めまいがする。それに急に眠気が襲ってきた…ごめん、今日はここで寝ちゃってもいい? このまま眠りたい。竜もいるから魔獣は襲ってこないよね…」
めまいと眠気に襲われてもうろうとし始めた。ヤバい! マジで辛い…二人には悪いけれど、申し訳ない! かまっていられない。私はとりあえず寝袋だけ出して、もたもたと寝袋に入り、そのままそこに寝ころんで目を閉じた途端に意識が遠のいた。
その夜は不思議な夢を見た…
『ルイ、命を救ってくれてありがとう。助かりました』
『あれ? どうして私の名前を知っているの?』
『他の二人があなたのことをそう呼んでいたから』
『あぁ、そうだね。どう? もう大丈夫? ほかに辛いところはない?』
『えぇ、大丈夫です。私よりあなたの方が辛そうですね』
『ははは、そうかもね。でも寝れば多分私も大丈夫だから心配しないで』
『このご恩は一生忘れません。私の両親にも伝えておきます』
『これも何かの縁だね。助かってよかったよ。一人で帰れる?』
『ふふ、はい、一人で帰れます。それに両親も迎えに来てくれるでしょう』
『ねぇ、あなたに名前はあるの?』
『はい。私はフィリ。翠風の山脈のフィリです』
『気を付けてね。さようなら、フィリ!』
『さようなら、ルイ…』
目を覚ますと、もう日が高かった。どうやら昼まで寝てしまったようだ。でもまだ寝足りない気がする。頭がぼーっとする。周りを見ると誰もいなかった。とりあえず水を一杯飲んだ。
「ウェンティア、いるの?」
『目を覚ましましたか? 大丈夫ですか? すぐにそちらに戻ります』
ウェンティアは、私が今日は一日中眠ってしまうと思い、森の様子を見に行っていたようだ。ミカヅキは遊び?に行ってしまったようで、用がなければそのまま遊ばせておこうと呼ばなかった。
「竜は明け方、行ってしまいましたよ。“ありがとう” と、竜からの伝言ですわ。彼女は住処へ戻りましたがその代わり、この鱗を置いていってくれました」
私の枕元には手のひらぐらいのきれいな青みがかった緑色をした、キラキラと光る鱗が一枚、置いてあった。竜ほどの威力はないが、鱗の周りは魔獣を追い払うぐらいの力があるそうだ。
「ねぇ、あの竜の傷、魔獣とかの獣が付けたような傷ではなかったよね」
「…そうですね」
「あれって、絶対刀傷だよね」
「ええ、私にも…そう見えました」
「そんなにひどいことをする人ってこの世界にもいるの?」
「この国の人ではないと思います。国が違えば考え方も違います。竜にあそこまでするのですから相手方も相当被害を被ったと思います。それでも悪いことを考えて、やろうとする人たちがいるのです」
「それはもう、国同士の問題?」
「そうですね、特にこの大森林を隔てた向こう側の国は、今代の王は隣の国の動向が気になる方と聞きました。隣の国より自分の国にもっと目を向ければよろしいのにね」
「ふーん、どこも同じような問題があるんだね」
「さあ、ルイはもう少し寝ますか? まだ魔力も体力も戻っていないでしょう」
「ごめんね、そうさせてもらうよ。起きたら、街に向かって行くんでしょ?」
「ええ、ですからちゃんとルイを回復させてくださいね」
「ありがとう」
ウェンティアの優しさに甘えさせてもらおうと私はまた寝ころんだ。いろんなことが、いろんなところで起きているようだけど今は寝させてもらおう。そう思いながら目を閉じて深い眠りに入った。
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