12. 閑話 ある王宮の一室で
タッタッタッタッ…
足早に廊下を進む一人の男。かなり慌てているようだ。大きな部屋の前で止まる。
「陛下、緊急のご連絡がございます。無礼をお許しください」
「うむ、どうした。お前がそんなに慌てるとは…おお、さては4人目の選ばれし者が名乗り出たか!」
「いえ、その話ではなくてですね…空を飛ぶ魔獣を確認したと連絡が入りました」
「そ、そちらか! それで何色であった?」
「今回は黄色く光っていたそうです」
「黄色…境涯の精霊か…私としては調和の精霊に会ってみたいものだな」
「調和と混迷の精霊は、当国には来た記録がございません」
「…言ってみただけだ。すぐに支度をするぞ。王太子にも連絡を」
「はい、そちらへも人を向かわせております」
この世には精霊がいる。人と共存している。人は精霊の力を欲する。それに対し、精霊は人の魔力を欲する。人より長生きをする精霊にとっては、ただの暇つぶしなのかもしれないが、なぜこの世に人がいて、同じ世に精霊もいるのかは誰も知らない。
そして、今、このローモンド王国に “境涯の精霊とその魅入られし者” がやってくるという連絡が王宮にもたらされた。王宮内は突然の来訪者の連絡にてんやわんやである。宰相のアンドル・ノービ・ベイグの采配により、精霊たちが着く前に準備を整えることができた。
南側にある王宮の3階のテラスに魔獣が降り立つ。鬣が風になびいているその姿は獅子のようにも見える魔獣だが、その魔獣を見た者はほとんどいない。魅入られし者を乗せ飛翔してきたその大きな魔獣はテラスにおとなしく座る。部屋の中に、金色の髪の小さな人型の精霊と紺色の長い髪を一つにまとめた青年、魅入られし者が入ってきた。
「こんにちは。突然申し訳ないね。今回も少し厄介になるよ」
「よくいらっしゃいました。長旅、お疲れ様でございます」
ローモンド王国、その頂点に立つ王、オルリアン・オリゴ・ローモンドと、その息子、王太子ライアン、そしてベイグ宰相で出迎える。話をするのは青年の方で、精霊は青年の肩に乗っている。
「前回は、僕たちはいつ来たのかな。いろんな国を周っているとね、なかなか覚えていられなくて。そういえば王太子はまだ子供だったよ」
「はい、私が14歳の時でした。私のことを覚えていてくださり恐れ入ります」
「前回来ていただいたのは11年前のことでございます」
「僕たちの時間は、普通の人より少しのんびり過ぎるからね。忘れてしまっても悪く思わないで欲しい」
「もうそんなに経つのか! 時間とはゆっくりなようで、実は早いものだな」
境涯の精霊が楽しそうに言う。今回は機嫌がよさそうだ。そんな精霊とは反対に、魅入られし者はあまり感情を表に出さない。異国の衣装をまとったその姿はおっとりしているように見えるが、何を思っているのかよくわからない。そういうところは少し怖い存在でもある。
魅入られし者に席を勧め、国王と王太子も座るともてなしの支度がされた。整ったところで、国王が話を始める。
「今回のご訪問、ありがとうございます。ローモンド王国一同より感謝申し上げます」
「いや、僕たちも長らく来ていなかったからね。前回僕たちが来てから、誰か来たかい?」
「はい、5年前に沈黙の精霊が、2年前に結びの精霊がいらっしゃいました」
「ほー、沈黙が来たのかい? あいつは来てもほとんど話さないから役に立たなかっただろう?」
境涯の精霊がまた楽しそうに話す。この精霊は少しばかり感情の起伏が激しいので、今は楽しそうにしているところを見て、ローモンド国側には安堵の表情が伺い見れた。
「いえ、魅入られし者様がいろいろとお話くださいましたから。ちょうど我が国の新しい結界を張りなおした頃でしたので、それで来てくださったのかと思います」
「そうか。結界が張りなおされてから5年ほど経つのだな。では次の選ばれし者たちは見つかったのか?」
「いえ…それがまだ3人しかおりませんので、これから後の2人を探しに行くところでございます」
「探しに行く? 名乗り出てきていないのか?」
「はい、何かの事情で王宮に来られないと思われます」
「それで、あと2人も探すのかい。それは大変だねぇ。どの辺りを探しに行くの?」
「まずは西の方面でございます。森に近い、少し大きな街に出向くと娘が申しておりました」
「ああ、王の娘の一人が選ばれし者だったね」
「はい、三女のアルフォンセに才がありましたようで、光属性のルキティア様に見出されました」
「それはよかったね。それで、西の街に行くにあたり、他に何か言ってはなかったかい?」
「いえ、特には何も話していなかったように思いますが…はっ、西側のバルベニ―国に何かございますか!」
「目立ったことはないようだがね、少し警戒するに越したことはないね」
「ご忠告、ありがとうございます」
そのあとは他国の情勢の話や他の精霊の話題に花が咲き、緩やかに歓談は進み、訪問者たちを部屋に残し王たちは退室した。
残った二人は念のため部屋に結界を張り、一息ついた。
「あの様子では竜のことについては知らないねぇ」
「そうだな、まぁ知る術もないが、知っていたら今頃王宮内は大騒ぎだからな」
「竜については知らせなくて良かったよね」
「知ったところでどうしようもないだろう。何せ、当の竜は何事も起きていないように見えるからな」
「一見は、以前と何も変わってないってことだね」
「変わったのは、あの翠風の山脈の竜たちがバルベニー国に対して憎悪を持ち、あの女性がいるこの国には良い印象を持ったということだ」
「そして、そのバルベニ―国の精鋭部隊が全滅したということも…」
バルベニ―の王は、国で腕の立つ剣士たちを集め、竜を襲った。計画としては子供の竜を痛めつけながらローモンド国の街の近くまで引きずり出し、探しに来た親の竜たちに街を襲わせる、というものであった。子供の竜にそんなことをされれば、仲間を重んじる竜ならば山脈の竜総出で街を襲うだろう。そうすれば街の三つや四つ、全滅するというわけだ。
しかし、子供といえどやはり竜。バルベニ―国王の目論見は見事に外れた。竜は国の上位の剣士だろうが街に行く前に皆殺しにした。子供の竜はそこで力が尽き、あの森で休んでいたところにルイたちが遭遇したということだ。
ルイがいなかったら子供の竜はどうなっていたのかわからない。あの傷をすべて治し、何事もなかったかのように過ぎていることが今なのだ。
「まだ誰も知らないルイという女性。彼女がこの国を救ったなんて本人すら知らんだろうな。この世は本当に面白いな」
「だから今日は機嫌がいいんだね。まぁゆっくりしようじゃないか」
「そうだな。それに、この先もしばらくは楽しめそうだ」
境涯の精霊は上機嫌でそう言うと、精霊用に用意された良い香りを漂わせている小さなカップに口をつけた。
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