25. 変わる未来
メリル・ルグランは、ジラルダ皇国に良い縁談があり、学院を途中で退学していった。
「……もしかして、メルが?」
久しぶりに登校し、いつもの裏庭のベンチでサンドイッチをかじりながら、マナは隣のメルギウスに尋ねる。
「ふふ。ああいういかにもなご令嬢は、実は引く手あまたなんだよね。条件さえ良ければ、ふたつ返事だから」
メルギウスの意味深な微笑みでマナの背筋に冷気が駆け抜けたが、あえて流すことにする。
「そ、か……セストも、良かったね」
セスト・パルヴィスはというと、騎士訓練をしっかりやり直したいと訴えて、魔法学院卒業後は騎士見習いに戻ることになった。
「やっと、やりたいことができる」
落ち着いたころにマナを見舞ったセストは、侯爵家の後継としてかなり抑圧されてきたのだ、と頭を下げた。
メルギウスに真の貴族とはこうあるべきと感化され、レンゼンの強さに感銘を受け、初めて父に逆らったと笑う顔は、すっきりとして精悍だった。
マナが素直に「かっこいいね!」と褒めると、
「俺はつくづく、見る目がなかったな」
と真剣な目で言われたマナは――
「ねえメル。セストの見る目がないって、どういう意味だったんだろう?」
改めて尋ねるが、メルギウスはムッとするだけだ。
その肩越しにクスクス笑うレンゼンが見える。
「レンゼンさん?」
「殿下は、拗ねてらっしゃる」
「どうして?」
マナがあまりにも純粋な瞳で問うので、レンゼンは困り顔になった。
「あーえー、どうして、でしょうね?」
「レンゼンさんも分からないのね……ところで、怪我はもう大丈夫ですか?」
「ん? ああ、大したことはなかったから、もう治ったぞ」
「あれが、大したことなかったって、すごすぎます! セストの憧れですもんね。かっこいいなー」
キラキラ目を輝かせるマナに、レンゼンは照れて赤くなった後で青くなった。
「さすが王国最強騎士ですね」
「ごほん、ありがとう」
「マナ? そろそろクラスルームに戻ろうか」
メルギウスがおもむろにベンチから立ち上がったので、マナは戸惑いつつ従った。
「メル、もしかして怒ってるの?」
廊下を歩きながらマナが話しかけるが、反応はない。
ちろりとレンゼンを振り返るが、目を逸らされる。
「なにか、しちゃった……?」
そんなマナの耳元で、ヘラが囁く。
『お子様は男心が分からないのよね〜』
「えっ」
妖艶に笑うヘラが、声を大きくする。
『ねぇそこの不貞腐れ王子様。闇の精霊って、淫夢も得意なんだけどぉ〜、マナに仕込んじゃう?』
「は!?」
ものすごい形相のメルギウスが、足を止めて振り返った。
『お望みならすんごいの、ぜぇんぶ、教えちゃうけどぉ〜?』
「絶対やめろ!」
『なら、少しぐらい我慢しなさいな。こんな純なの、今だけよ〜んふふ』
「うぐ」
拳をプルプル震わせるメルギウスは、渋々といった様子で「分かったから! 余計なことはするな!」と言い捨て、元の方向へ歩き出す。
いまだに戸惑うマナの耳元で、ヘラが何事か囁くと、マナは真っ赤になった後で強く頷いた。
「メル!」
そして名前を呼びながら駆け寄り、メルギウスの左腕に飛びつく。
「メルが、一番だよ」
「っ!」
みるみる嬉しそうに頬をほころばせる王子を、マナは笑顔で見上げる。
それから、ぎゅうっと愛しい婚約者の腕を掴みながら、生まれて初めて、心からの思いを口に出した。
「わたしの大好きな人。どうか……魔王様には、ならないで。ずっと、側にいて」
「うん。ずっと一緒だよ」
★★★
――その後も精霊王の契約者と、精霊の愛し子は仲睦まじく、数々の試練や困難がふりかかっても二人で乗り越えていった。
呪われたかつての世界は再生に成功し、終焉を迎えることはなかったという。
光り輝く玉座にひとり座って微笑みをたたえている、黒髪に赤目の白ローブの少年のような見た目をした男性を、真っ黒で露出度の高いドレスに身をまとった女性が訪れている。
『人の想いは、なによりも強いね、ヘラ』
『オベロン様にとっては、どちらの世界が良かったのでしょうか』
精霊王は、顎に拳を当てて意味深な笑みを浮かべる。
『別に、どっちでも良い。でも、マナが魔王様にはならないでっていうなら、精霊王のままで良いかな』
それを聞いたヘラは、最上級のカーテシーをした。
『仰せのままに』




