19.ミモザ、親愛薬を飲む
城からシャロン宛に手紙が届いた。
「何が書いてあったの? ねえ、教えてよシャロン」
「ちょっと待て、今読んでいるから」
待てと言われたので、ミモザは横に座って静かに待つことにした。
ミモザが、手紙の見えないギリギリの位置まで近づいてきたので、シャロンは驚いてそちらを向く。
互いに見つめ合うが、それだと手紙はいつまでたっても読み終わらない。
「なによ。手紙読まないの?」
「……いや、なんでもない」
少しして、シャロンは小さくため息をつくと、手紙を折りたたんで机の上に置いた。
「少し、城に行ってくることになった」
「そうなんだ。大変なことがあったの? どのくらい行ってくるの?」
「まあ、少し面倒ごとがな。帰りは今日の夕方か明日になるか分からない」
「私はなにか出来ることはある?」
やけに距離が近く親切なミモザに、シャロンはどんな風の吹き回しだと訝しんだ。
「いや、特には」
「そうなんだ」
しゅんと、少しだけ肩を落としたように見えるのは気のせいだろうか。
そのあと出掛けるまでのあいだ、ミモザはシャロンの近くをうろうろし続けた。
ミモザの変化にシャロンは直ぐに気付いたが、己の都合の良い解釈はするまいと、淡い期待は即座に捨てる。
「じゃあ、行ってくるから」
「いってらっしゃい! 早く帰ってきてね」
まるで家族に向けるような挨拶に、シャロンは面食らい、思わずミモザの頭に手を置いた。
「ああ、早めに済ませるようにする」
ポンポンとミモザの頭を撫でたあと、大きく手をふる彼女に見送られて、シャロンは城へと出掛けて行った。
◇◆◇◆
がらんとした部屋の中。
ミモザは、魔法の本を取り出してパラパラとめくってみたり、作りかけのハゲ薬の材料を計ってみたりした。
けれど、すぐに気が散って手を休めてしまう。
部屋がやけに広くて寒く感じるのも気になった。
ひとりには慣れているはずなのに、落ち着かない。
「シャロン、大丈夫かな」
城には、フィオーレ国のバーベナが滞在しているので、シャロンが一人でも無事に過ごせるのか心配だった。
「私も一緒に行ったほうが、良かったんじゃないのかな」
そわそわと、今から城に行った方がいいか悩みだす。
ただ、頼まれていないことをしたらシャロンに怒られる気がしたので、行くのは止めた。
ならもう、考える必要はないと思ってみたものの、先ほどからずっとシャロンのことがチラつくのだ。
「あ~、もう。早く帰ってきてよ、シャロン」
そうすれば、一緒に調薬をするから集中できるはずだ。
ミモザは集中力を必要とする調薬作業を諦めて、店の掃除や在庫の整理をすることにした。
店先の拭き掃除を終えたあとは、目についたバスケットに手を伸ばす。
中身を取り出し整理していると、最後の一本となった『親愛薬』がでてきた。
「そういえば、学園で『惚れ薬』を使われた事件はどうなったのかしら? まあ今度先生に会った時に聞けばいいか」
『惚れ薬』が出回っているのなら、解毒の『親愛薬』は在庫を用意しておくほうがいいだろうか。
「学園にまで入り込んでいるってことは、街のどこで事件が起きてもおかしくない気がするわね。これはシャロンが帰ってきたら相談してみよう」
手元にある一本は、そろそろ消費期限が気になる頃だった。
問題が無ければ変化など起きない薬なので、ミモザは慣れた調子で蓋を開けると、軽い気持ちで飲み干したのだった。
少しして、ミモザは店の看板を『CLOSED』に掛け変えて施錠した。
そのまま二階の自室へ駆け込むと、ベッドに入って小さく丸まってしまった。
「し、失敗したあ~」
まさか、『親愛薬』の変化が出るとは思っていなかった。
今のミモザの頭の中は、シャロンで埋め尽くされている。
(シャロンが居ないときで良かった! 早く落ち着け~落ち着け~)
忘れようとするほど鮮明に浮かんでくるのは何故なのか。
目を瞑っても顔も声もありありと浮かんでくる。
終いには涙まで出てきてしまった。
これはあれだ。間違いなく、あれなのだ。
あれを認めたくないミモザは、必死で打ち消し否定しようとする。
認めてしまう方が楽だろうに、どうやら抵抗があるらしい。
(だって、きっとシャロンは幼馴染以上のことを考えてないもの。お互いに利害が一致したから婚約しただけで――)
――別に俺は解消しなくても構わないけどな
こういう時、自分にとって都合のいい言葉が直ぐに出てくるのは何故なのか。
でも、確かにシャロンはそう言ってくれていた。
「……薬の効果が無くなったら、もう一度考えよう。今はとにかく寝よう。おやすみなさい」
無駄に効きの良い薬のせいで、かなり時間が経たないと効果は薄れてこないだろう。
ミモザは、シャロンで埋め尽くされた心に振り回されながら、寝てやり過ごそうと躍起になったのだった。
◇◆◇◆
――ドン、ドン、ドン、ドン!
乱暴に扉を叩く音で、ミモザは目を覚まし、ついで飛び起きた。
「いっけない。鍵! シャロンが帰ってきても入れないじゃない!」
――ドン、ドン、ドン、ドン!
「やだ、すっごく怒っているわ!」
ミモザは慌てて一階まで駆け下りていくと、扉の前で息を整えた。
(薬の効果は――、よし! 多分大丈夫だわ)
シャロンを思い浮かべても、寝る前ほどに心は跳ね上がらない。
きっと、元々はちょっと良いかもくらいの気持ちが、薬の効きが良すぎて振り切れただけなのだ。
シャロンの見た目は中々男前なので、ちょっと良いかもと思っても不思議ではない。
(ふふ、ただの気の迷いだったみたい。だってシャロン、黙っていればカッコイイもの!)
何もかもに安心したミモザは、いつも通りを心がけて、でも、シャロンが帰ってきてくれたことが嬉しくて笑顔で扉を開けた。
「おかえりなさい!」
けれど、立っていたのはシャロンではなかった。
「あの、お客様……ですか?」
強面の屈強な男が数人、武装した姿で立っている。
ミモザの質問には答えずに、手元の紙を確認すると冷ややかな視線を落とした。
「惚れ薬を提供した容疑者として、連行させてもらう」
「はい?!」
両側に控えていた男たちが、すぐにミモザの両腕を掴んで拘束した。
「待ってください! 何かの間違いです」
「間違いなものか。トラヴァー学園に出入りがあり、惚れ薬の解毒薬を作っているのだ。十分に疑わしい」
「っ! 解毒薬を作れるだけで疑われたら、たまったものじゃないわ!」
「解毒を作るには毒薬を作るのは常。お前は作れるはずだ。そうだろう!」
「だから、毒薬や禁止薬の解毒は、世の中に必要で、誰かが作らなきゃいけないの! それを疑う理由にされたら成り立たないって言ってんのよ!」
そんな理由で調薬師を拘束しだしたら、人を助けるために薬を作る人などいなくなってしまう。
ミモザは、自分に掛けられた冤罪よりも、そのことを心配し、憤った。
「ふん! お前のような個人がソレを担う時代は終わったんだ。国を挙げて薬を作っているから必要ない!」
大衆薬は商会が提供し、それ以外は調薬研究施設が担うようになって久しい。
街からは個人経営の薬屋が消えていったが、人々はより安定した医療の発展を喜んでいる。
今どき、ミモザのような個人の薬屋など、殆どの者が必要としていないことは明らかだ。
ただ、大手商会と調薬研究施設だけが調薬に関わっているわけではない。
彼らが扱う薬の調合を、誰が提供していると思っているのか。
ミモザが申請するたびに、新薬のレシピは調薬研究施設に提供されている。
他ならぬミモザの祖母が、『やり手魔女』が、ひとりでも多くの人を救うことを選び、その考えにフェンネル公国の王妃が賛同した結果が、薬研なのだ。
ただ、それらが完遂する前に、ミモザの祖母が急死してしまった。
レシピは後継者のミモザしか見ることのできない、魔法の本にのみ載っている。
ミモザですら、未だに作れない薬が山ほどある。
店を続けて、作れるように研究し、国に提供し続けていただけなのに。
「だ、第三王子にかけあってください。もしくは王妃様に!」
「我々は街の自衛団だ。国を巻き込んでの大事にするつもりはない」
「そんな!」
こんなのはあんまりだ。
ミモザの目から大粒の涙が零れ落ちる。誰か助けてと、叫びたかった。
【宣伝】
下スクロールしていただくと作品紹介のバナーがあります。
他作品もぜひご覧ください。
(応援していただけると、すごく嬉しいです!)
。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*゜





