13.学生時代の思い出(1)
十三歳になったシャロンを取り巻く環境は、なにもかもが逆転してしまっていた。
第一王子と第二王子は幼少期の患いなど、まるでなかったかのように日々を過ごし、周囲からの評価も上々であった。
有力貴族からの縁談も山のように申し込みがあり、それらを選別するのに、国王も王妃も一苦労のようだ。
第一王子と第二王子が優秀だと評価されれば、シャロンはその分王太子から遠のいていく。
兄二人が十三歳の時の成績と比べれば、シャロンは圧倒的に上をいっていたのだけれど。
それに気づいている者は誰もいないようだ。
まるで第三王子など居ないかのように、誰の口にもシャロンの話題は上らない。
目の前の不満な現実を変えるべく、シャロンは血の滲むような努力をして成果を出し続けた。
けれどそれらは、欲しかったものを掠めもしてくれない。
幼少期に周囲からもてはやされて慢心したシャロンにとって、全てが屈辱的な状況となっていたのだった。
十四歳になりトラヴァー学園に入学するとき、シャロンは迷わず寮生活を選んだ。
これ以上、居場所のない城に住み続けるのは精神的に限界を感じていたからだ。
両親も兄たちも、シャロンの希望を否定せず快く送り出してくれた。
その態度すら、多感な年頃のシャロンは深く傷ついてしまう。
どうせみんな邪魔者が居なくなって安堵しているのだろうと決めつけて、むしろシャロンこそが清々するのだと心の中で叫んで出ていった。
◇◆◇◆
トラヴァー学園でも、シャロンは学業に一切手を抜かないつもりでいた。
兄たちに負けない成績を出し、両親に自分がいかに優秀で有益な子供なのかを見せようと躍起になった。
(出だしで躓いた分良く見えるだけの兄たちより、俺の方が優秀なんだと気付かせて後悔させてやるんだ!)
元々賢いシャロンが本気を出せば、学年首席の成績を修めることなど造作もない。
一学期最初の学年テストでは、二位を大きく突き放した点数で見事に一位に上りつめたのだが。
(薬学のテストが一位じゃない。満点なのに、どうして?)
総合一位でかつ、全教科でも一位を狙っていたシャロンにとっては由々しき問題だった。
そもそも満点なら同列一位でないとおかしい。不正の感触をつかんだシャロンは薬学担当のベンジャミンに文句を言いに行った。
「ベンジャミン先生、テストの順位付けで間違いがあります。満点で二位って、おかしいですよね?」
「ああ、一位の生徒は実技で加点がありましたから、これで合っていますよ」
「加点なんて、ズル……公平ではありません。順位を競うのなら、満点上限の採点で計上すべきです」
「シャロン君、君は優秀な成績を修めています。それでは満足できませんか?」
出来るわけがなかった。満点ではだめなのだ。全部一番でなければ意味がない。いや、全部一番でも足りないかもしれない。
黙って険しい顔を浮かべるシャロンに、ベンジャミンはゆっくりと笑顔を向ける。
「なら、実際に加点の合った作品を一緒に見に行きましょう。彼女は今日も調薬室に入り浸っているでしょうしね」
「……」
シャロンはベンジャミンに連れられて、調薬室へと向かった。
室の中には白衣を着た女生徒が、試験管を振りながら中の様子を注視しているところだった。
扉を開けて中に入ると、女生徒も反応してこちらを振り向く。
「少しお邪魔させてもらいますね、ミモザさん。調子はどうですか?」
「ちっとも上手くいっていません」
困ったように笑う彼女は、昔の面影が少しだけ残っていてシャロンの記憶を揺り戻した。
「――君は『やり手魔女』が城に連れてきてた、ミモザなのか?」
「……?」
「ミモザさん、彼はシャロン・フェンネル君です。もしかして二人は面識があるのでしょうか?」
「あ!――はい。昔、祖母の治療で城にお邪魔したときにお会いしたことがあります。お久しぶりです……シャロン、殿下?」
「久しぶりだな、ミモザ、さん」
なんとなく気まずい。
五歳で出会って七歳まで週一で遊んでいたが、その頃と比べて見た目も違いすぎる。
互いの立場を理解できる年齢にも達した今は、どう呼び合うのが正解なのか探り合っているようだ。
「実はね、シャロン君が、学年テストで提出した薬学の作品について質問したいそうです」
「学年テスト? 薬学? 作品?」
「ミモザさん、今日はテストの結果が返される日です。確認しなかったのでしょうか?」
「……赤点が無かったことは、確認しました!」
つまりそれ以外は見ていないと言いたいらしい。
ミモザの態度は、成績命なシャロンを大いに苛つかせた。
先ほどまでの遠慮は吹き飛び、幼馴染時代の上下関係がシャロンに宿った。
当然口調も悪くなる。
「お前みたいな奴が、薬学だけ一位をとるなんて間違いとしか思えない」
「私は専門学科の薬学部所属だから全部のテストは受けてないの。調薬師の資格をとりに通っているだけ」
「そういうことを言っているんじゃない。薬学一位がおかしいって言っているんだ」
「……私、一位だったんですか? ベンジャミン先生」
「そうですね。薬学だけは一位でしたね」
そうなんだ、とパッと笑顔を浮かべたミモザの反応に、シャロンは脱力した。
(そういえば、昔からぼんやりした奴だったな。直ぐに泣いてやり過ごそうとしていたし)
一生懸命に後を追いかけてきて、ダメだと分かると泣いてシャロンを呼びつけたミモザとの思い出がありありと浮かんだ。
ついでに涙と鼻水で汚れた顔も出てきて、思わず吹き出しそうになるのを慌てて堪えた。
あの頃はよかった。シャロンは城でみんなに期待され傅かれていた。
(――このままじゃダメなんだ。俺はなんの役にも立たないダメな奴になってしまう)
幼き日の栄光と現実の低迷は、シャロンの心をひどく駆り立てる。
反応の薄くなったシャロンに、ベンジャミンは当初目的に掲げていた品を差し出した。
「シャロン君、これがミモザさんの提出した課題です。見てください」
受け取ったシャロンは、ぼんやりとしそれを眺めた。
「……キラキラ光ってる?」
「ええ、透明度が高く薬が光って見えるんです。これ程良質の薬は、そう見られるものではありません」
シャロンの作った同じ薬は半透明だった。他の生徒のも同じか、それ以上に濁っていた記憶がある。
「ここまで綺麗に調薬することが、できるものなんですね」
美しさと珍しさに、思わず感嘆の言葉が零れ落ちた。
合格ラインのものさえ作れれば良いと思っていたシャロンには想像もつかない世界だ。
「おばあちゃんの薬は虹色に光るの。これだと足元にも及ばないわ」
「あの方は、奇跡の調薬師ですからね」
「でも、お店を継ぐなら私も作れるようにならないといけないんです!」
「それは楽しみですね。あまり無理はしないようにしてください」
ミモザは在学中に『やり手魔女』の調薬レベルを手中に収めるべく、空き時間は調薬室でずっと練習しているのだと言った。
彼女の薬を見たシャロンは、加点がついてもおかしくないことに納得はした。
ただ、それでは一番になれないという思いから、ミモザを超えるべくシャロンも調薬室に通うようになったのだった。
【宣伝】
下スクロールしていただくと作品紹介のバナーがあります。
他作品もぜひご覧ください。
(応援していただけると、すごく嬉しいです!)
。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*゜





