12.惚れ薬騒動(2)
「さきほどからシャロン君と話していたのがバーベナ王女殿下。今来た二人がサイラス君とグレースさんです」
ベンジャミンが小声でミモザに説明してくれる。が、目の前の緊迫した空気が気になって頷き返すのがやっとだ。
サイラスは先ほどまで別室で隔離されていたことに酷く怒っており、その理由の一端がバーベナ王女にあると思い込んでいるようだ。
話をしたいと言ったはいいが、シャロンやミモザの存在が邪魔なのか、さきほどからチラチラと視線を投げてくる。
「バーベナ殿下、そちらの男性はどなたですか?」
「まあ、呆れた。ご存じないのですか?」
バーベナ王女が、驚いて口に手を当てる。
けれどシャロンは認知度の低い第三王子なので仕方のないことである。
バーベナが事実を口にするより早く、シャロンは事情を簡単に説明する。
「バーベナ殿下、今日は調薬師として母校にお邪魔している身ですので。そして君たちがジェルバ公爵ご令息のサイラス君に、アントス男爵ご令嬢のグレースさんだね。どこか話のできる場所へ移動しよう」
「調薬師? ああ、私が『惚れ薬』を盛られてグレースに誑かされているというくだらない噂を真に受けて、わざわざ呼んだのですか? ベンジャミン先生!」
サイラスがベンジャミンを睨みつけて確認する。
「こういう良くない噂は早々に解消するに限ります。真実がどうであれ違うと証明してしまえば済む話ですからね。私は学生の味方ですから信じてください」
ベンジャミンの言葉に、サイラスは眉根を片方釣り上げて、不満げな顔をあらわにする。
貴族令息がここまで感情をあらわにするのは珍しい。
サイラスの症状は所見で怪しいところだらけである。
「そういう疑いを掛けられること自体、不愉快なんです。グレースだって卑劣な真似をすると言われたことに傷ついているのに」
「そうです。私はなにもしていません。ただ気持ちを正直にお伝えしただけです!」
こちらの令嬢も表情が豊かなので、ミモザは妙に引っ掛かりを覚えた。
ただ問題の二人が登場したのなら、やる事はひとつなので気にせず割って入っていった。
「なら、二人の愛を証明するために、このお薬飲んでみませんか?」
「誰だお前は! なぜ口を挟んでくる」
「あ、私も調薬師として招かれました。ミモザと申します。それで、これは提案なんですけど。サイラスさんにグレースさん、よろしければこの場でお二人の『真実の愛』証明してみませんか?」
怪しい宗教勧誘のようになってしまったが、ミモザの中で二人が納得できそうな謳い文句がこれしか浮かばなかったので仕方ない。
ふとシャロンと目が合うと、『お前何言ってんの』という顔をしていた。
なので『うるさいな。仕事をしてるんだよ』という顔を作って、睨み返しておいた。
ミモザの怪しい謳い文句は、けれど、どうやらサイラスの興味を惹いたらしい。
疑わし気な眼差しは変わらないが、その目線はミモザの手にある薬へと注がれている。
「どういうことだ?」
「こちらの『親愛薬』は、分かりづらくなってしまったご本人の中にある愛情を思い出すための薬です。その効果は『惚れ薬』で作られた嘘の愛をも消し去るほどに強力です。これを飲めば二人の『真実の愛』が証明されるうえ、『惚れ薬』の噂も否定できますよ」
ミモザが手にする瓶に詰められた薬は、キラキラと虹色に光り、その場にいるすべての者の視線を釘付けにした。
「飲まない手はないと思います。ちなみに、今の状態が正常であれば、特に変化は起こりません」
ニコリと笑うミモザに、サイラスとグレースは互いに顔を見合わせて、どう出るかを悩んでいるようだった。
「サイラス君にグレースさん。私は君たちに掛けられた不当な噂を訂正したいんです。そのために調薬師の二人をわざわざ呼びに行ったのですよ。信じていただけますね」
「飲まないなら、自分たちで『惚れ薬』を否定するしかない。が、そんな方法、そうないからな。どうするつもりだ?」
ベンジャミンに諭され、シャロンから遠回しに脅されたサイラスとグレースは、互いに頷いてミモザの薬を手に取り、そしてゆっくりと飲み干した。
数分後、二人は青い顔をして震えていた。
「わ、私は今まで何を考えていたんだ。こんなことが父に知れたら、私は、私は――」
「私、どうしてサイラス様に、こんな不敬の数々を働いてしまったのでしょうか。本来なら話しかけることすら、できないはずなのに――」
サイラスもグレースも正気を取り戻し、これをもって二人に『惚れ薬』が服用されたということが証明されたのである。
「学園内で『惚れ薬』なるものが扱われるなど、わたくし怖くなってしまいましたわ。保健室で休憩して今日は早退いたします」
バーベナは二人のあまりの変貌ぶりにショックを受けたのか、侍女の手を借りると保健室へと去っていった。
人通りが少ないとはいえ、人目のある場所なことを気にしたベンジャミンは、打ちひしがれるサイラスとグレースを移動させることにした。
「サイラス君、グレースさん、落ち着くまであちらの部屋で休みましょう」
ベンジャミンがサイラスに手を貸し、ミモザはグレースに手を差し伸べた。
二人が部屋で落ち着くのを待つあいだに、ベンジャミンとシャロンとミモザは今後について話し合った。
「二人とも動揺していますし、今は詳しいことを聞くのは難しいでしょう」
「俺はバーベナ王女の婚約者候補からサイラスを外すよう手を回しておきます。王女の婚約者候補でなくなったのなら、あとは噂が消えさえすれば問題はない」
「国としてはそうでしょうけど、本人たちの心の傷はそうはいかないわ」
「彼らのフォローは学園側で対応しますから、心配には及びません。本当に助かりました。ミモザさん、シャロン君。ありがとうございました」
深々とベンジャミンは頭を下げた。
「先生、頭を上げてください! 私だっていっぱい先生に迷惑かけた身ですから。力になれて嬉しいです」
「こういう込み入った事なら俺を頼ってください。できることは多いはずですから」
シャロンとミモザは用事が済むと、学園を後にした。
帰り道、ミモザはどうしても気になったことがあり、我慢できずにシャロンに尋ねる。
「ねえ、シャロン。もしかしなくとも婚約を断りたい相手って、あのバーベナ王女だったりする?」
「そうだが」
「彼女、シャロンに物凄く分かりやすいアピールしていたけど、大丈夫なの?」
「――なんだ、気にしてくれるのか?」
「そりゃ、訳アリ婚約した理由のひとつだもの。気になるわよ!」
「そっかー。まあ、もう婚約しているから心配ないだろ」
そう言ってシャロンはミモザの肩を抱き寄せた。
いつも手をつなぐのに肩を抱かれたミモザは慌てて離れようとしたが、力が強くシャロンに外す気がないと分かると、早々に諦めてそのままにした。
その横を一台の馬車が通り過ぎていく。
窓の内カーテンが少しだけ開き、隙間から覗いたバーベナの目がシャロンとミモザの姿を見つめていた。
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