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悪役令嬢の幸せは新月の晩に  作者: シアノ


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悪役令嬢の幸せは新月の晩に

「ルカーシュ!」


 エレノアは処刑台から手を差し伸べる。


「会いたかった、ルカーシュ!」


 しかし激しくぐらついて、エレノアは悲鳴を上げ、処刑台へとしがみついた。


 我に返った兵士が数名、処刑台へと組み付いて揺らしていた。

 階段は落ち、登るのは不可能だったが、元々すぐに燃え落ちるようにと急造した処刑台は然程立派なものではない。揺らして落とすか、それとも軋んで壊れるのが先か。


「ぐっ……捕まえろ! 早く! その魔女を捕まえるんだ!」


 オズワルドが倒れた護衛騎士達のごつい鎧の下から這い出る。守られていたから大きな怪我はないが、ひどい損害だった。月の王を目の前で失ってしまったのだから。

 それでもまだ、エレノアを捕まえてルカーシュを従えれば、挽回もできるかもしれない。エレノアには人質としての価値がまだ残っている。


 しかしルカーシュは人とは違う。人間には出来ない動きでも簡単に出来てしまう。

 しがみついて落とされないようにしているエレノアの元へ、ルカーシュは重力など感じさせないようにトン、と一瞬で上がった。





「エレノア!」


 ルカーシュがそこにいた。


 エレノアの血を吸った後、急激に成体へと変化したルカーシュは身長が伸び、体格も良くなっている。面差しはそのままに、美しい青年へと成長していた。以前エレノアが想像した通り、頬はシャープなラインを描いている。意思の強そうな眉も、切れ長の眦もそのままに、エレノアへとその手を差し出した。


「ルカ……ルカ! あ……会いたかった……!」

「待たせて、ごめん」


 エレノアは懸命に手を伸ばす。その手はルカーシュの冷たい指にしっかりと握られた。


 ズン、という轟音と共に処刑台が激しく揺れ、エレノアもぐらりと体勢を崩した。柱が一本折れさえすれば、後は連鎖して呆気なく崩れ落ちていく。崩れる処刑台に下敷きになった白薔薇は、哀れにも花弁を散らし、風圧で舞い上がった。


 しかしルカーシュはエレノアを落とすようなことなどしない。エレノアの手を握ったまま、崩れゆく処刑台を踏み込み台にして更に上空へと飛び上がった。

 そしてエレノアを横抱きにして抱え込む。もう決して離さないというように。

 エレノアもルカーシュに抱きついた。ルカーシュの少し冷たい体温をこうしてもう一度感じられることがたまらなく嬉しい。


「連れてって、ルカ! どこか遠くへ!」

「ああ……行こう」

「うん!」


 エレノアの透き通った翠の瞳は潤み、そこから透明な涙がいくつも生まれ、ハラハラと零れ落ちていく。

 だというのに顔は満面の微笑みで、その唇からはルカーシュの名前ばかり出てくる。

 ルカーシュは愛しいエレノアを抱きしめたまま頬をこすりつけた。




「綺麗……」


 シェリーは白薔薇の花弁が舞い散る中、ルカーシュに抱かれて微笑みながら涙を零すエレノアに見惚れた。そして流星のように飛んでいく彼らが、月のない暗い夜空に溶けるように消えていくまで、ずっと眺めていた。


 そして彼らは去り、兵士が右往左往し、オズワルドの怒声に我に返ると、誰もシェリーに注視していないのをいいことにその場から駆け出した。

 華奢なハイヒールを脱ぎ捨てて裸足で走り去るシェリーはもう、月の王の花嫁ではない。










 ルカーシュはエレノアを抱きしめたまま、夜の街を飛んでいく。時折屋根に足をつけ、踏み込みを強めて更に遠くへ、遠くへ。

 エレノアはぎゅうっと力強く抱きついていた。



「ねえ、どうして生きてたの? 月の王はルカが死んだって……」

「確かに一度俺は負け、心臓を貫かれて核が破壊された。体も一度消滅した。でも、戻って来れたのはお前のおかげだ」

「私の……?」

「エレノアに渡した赤い石のペンダント、あれは俺の核を分けたものだったんだ。あの月の王と同じでさ」

「あ、あれ、私、飲んじゃった……」


 エレノアは牢で奪い取られるくらいなら、と飲み込んだのだ。


「うん、それでお前の体の中に吸収された。今はエレノアの心臓が俺の核だ」

「え……!?」


 エレノアは心臓の辺りを触ろうとし、ルカーシュが抱きしめる手を慌てて強めた。


「危ないって! ちゃんと掴め!」

「う、うん!」


 ルカーシュは万が一に備えて核を分割させた。どちらかが壊されても、完全な消滅は避けられる。そして、月の王と戦い、体内の核を壊されたルカーシュは一旦は消滅したが、残りの核が魔力の濃いエレノアの体内でゆっくりと癒やされ、元の力を取り戻したのだった。

 そして月の王もルカーシュと同様に体内の核と分けたものを宝石のように見せかけ、ステッキにして肌身離さず持ち歩いていたのだ。


「じゃあ……私、今ルカと一心同体みたいな感じなんだね……!」

「ああ……勝手に、ごめん」

「ううん、嬉しい。だって、私……ルカーシュのこと大好きだもん!」


 エレノアは今までろくに仕事のしなかった表情筋が嘘のように、ニッコリと微笑んだ。


「……ああ、俺も、エレノアを愛してる」


 愛しているの言葉に、エレノアは真っ赤になって、ルカーシュにしがみついた。




 月の王とルカーシュの違いはただひとつ。

 ルカーシュはエレノアを信じていた。エレノアに何かあれば、己の命を投げ出したって構わないほどに愛していた。

 けれど月の王は人間はおろか、同胞である守護吸血鬼をも心の底から信用してはいなかったのだ。だから他の守護吸血鬼に核を分割出来ることは伝えなかったし、分割した己の核を常に自分の手の届く場所に置こうとした。手放すのは不安だったのだろう。だが、そこをルカーシュにつかれたのだった。シェリーとの出会いがもう少し違うものであれば、未来は変わっていたかもしれない。それも詮無いことだ。








「着いたぞ」

「うん……ありがとう」


 ルカーシュに軽々と降ろされた場所はエレノアの家であった。いつも美しく整えられていた庭は荒れ、外から見上げる窓のどれひとつとして明かりは付いていない。夜の暗さのせいだけでなく、屋敷自体がすっかりくすんで荒れているのが分かる。


「急ぐぞ。兵士もこっちに来るかもしれない」

「分かった」


 表の扉は鍵がかかっていたが、裏口の使用人用の扉はドアノブが壊れかけ、鍵も開いていた。

 エレノアはそっと扉を開ける。


 屋敷の中は真っ暗だった。

 ルカーシュが使用人が使う携帯用の魔石ランプが転がっているのを探し出し、それを使ってエレノアは進んだ。綺麗な絨毯は踏み荒らされた足跡で台無しになり、家具や小物にも物色された跡があった。おそらく、屋敷に踏み込んだ兵士のものなのだろう。

 3階の部屋も同様で、特に父親の寝室は扉が壊されていた。


 エレノアの部屋は中でも比較的マシなようだった。物が少ないから、物色する手間が少なかったのかもしれない。

 エレノアは机の引き出しを開けると、いつもの通りにそこに納まっていた箱を取り出した。


「これだけはどうしても持って行きたかったの」

「それ……」


 怪訝そうにするルカーシュに、エレノアはくすっと笑い、箱を開けて見せた。


「緑色の水晶に、虹色に光る羽根、ロケットペンダントとか、銀の指輪もあるよ。それからね、お菓子の包み紙とか、押し花の栞。全部、ルカから貰った物だよ」

「取っておいてくれたのか……どれもガラクタで……俺……ガキだったから……そんな物しか用意できなくて」

「ううん、これがね、私の心を満たしてくれたの。新月の晩に、私を幸せにしてくれたんだよ。全部、ルカがくれたの」


 エレノアはすうっと大きく息をする。


「私も、愛してる。ルカーシュ……私のこと、お嫁さんにしてくれる?」


 ルカーシュはエレノアをその宝箱ごと抱きしめた。


「あったりまえだろ! もう絶対に離さないからな!」

「……うん」




 窓を開ける。

 ルカーシュはエレノアという宝物を胸に抱きしめて夜空に飛んだ。




 2人の行方は杳として知れない。



 けれどアテマからずっと離れた遠い国には、短い金髪の魔女と吸血鬼という二人組の冒険者がいて、魔物から弱い人間を守り続けているのだとか。





 アテマ国は月の王を失い、残された守護吸血鬼は守護の契約を破棄し、アテマから離脱した。その責任を取り、王太子オズワルドは廃嫡。その従兄弟が王位を継承することとなった。


 そしてアテマ国は他の国と同様に、夜の闇は深く恐ろしいものへとなった。

 新月の晩はとりわけ闇が深く、決して窓を開けてはならないと、そう言い伝えられている。






 終わり

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