告白
俺が不老不死だと告白した途端、王が胡散臭げな顔になる。
「んなもん、あるわけなかろう」
「ですよねー。普通そう思いますよねえ。……ですので、ちょっと失礼します」
俺が黒曜石のナイフを取り出すと、王が突然跳び退いた。
多分、害されると思ったんだろう。良い反射神経だ。そうでなくてはこの時代の政治家というのはやっていけない。
「違いますよ。こうするんです」
そう言って訂正した俺は、ナイフを持っていない左手の掌の表面を刃先ですっと傷つけた。じわりと赤い血が浮かんできた左掌を上に向けたまま、前に差し出して王に見せる。
「おい、何をやってるんだ?」
「見てて下さい」
自身を害する思惑が無いと知り、王は俺の手を見つめる。
ナイフを仕舞って少しすると、左掌から溢れ出ていた血が止まる。その血を俺が着ている服で拭き取り、もう一度前に差し出す。
「ん? んん?」
王が俺の掌に顔を近付けてじろじろと見て、しげしげと触り始める。
「傷が、消えた?」
「そうなんですよ、神様から力を授かってから傷が治りやすくなりまして。モズ隊長から送られた報告書にあったと思うんですけど、西の国へ行って賊と戦ったときに大ケガをしたんです。全治までどのくらいか分からなかったんですが、七日で治りまして」
「そんなに早く? 信じられんな。……いや、信じる他ないのか?」
俺の掌と顔の傷を見つめながら王は唸る。
「そもそも、神様が何故僕を選んだのか教えてくれなかったんですよね。王様だったら良かったのに」
「いやいや、生きている限り王を務めろと? 勘弁してくれ。年を取ったら息子に座を渡して悠々自適な老後生活を楽しみたいのだ」
「例え、それが短い人生であったとしても、ですか?」
「長老くらい長く生きれば十分だ。それ以上は疲れるだけだと思うぞ」
「そうなんですか?」
「お前も俺の年くらいになれば分かるさ」
まあ、実際百を超えるくらい長く生きた人は稀だし、精神的に疲れるかどうかは体験してみないと分からないと思う。
俺の場合は前世と前々世、今の人生を合わせると、七十近く生きている計算になるが、どれも若くして死んでいるし、指導的立場になったことはあまりない。人生経験の差で言えば、王様には敵わないだろう。
「神から力を、か。……もしかすると、森に火を放ったのもお前か?」
王が得体の知れない現象の正体に気付いたようで、俺をじろりと睨む。
さすがにここまで話せばばれるか。
「当たりです。火を点けたのは僕です。何故やったのかはモズ隊長が言っていたのが理由ですよ」
「やって見せろ、できたら信じよう」
「はあ。……でしたら、あの焚き火をご覧下さい」
有無を言わせず命令してきたので、燃え尽きかけた焚き火を指示して念じた。
炭になった木が真っ赤になって燃え上がる。
「おおっ」
王が驚きと喜びを混ぜたような声を上げる。
あったなあ、俺も初めて火を点けた時の感動と言ったら。言葉にできない喜びが溢れたな。
「生きている動物は燃やせないという決まりがありますが、使い勝手は良いですね。風の強い日に焚き火を熾そうとするときは便利です」
「そうか、分かった」
王はうきうきした口調で答える。
意外と子供っぽい人だな。いや、男なら興奮して当たり前か。
「……僕を妖術師扱いしないんですか?」
「誰がするか。我が国の益になるのであれば、咎める事はせん。もちろん役立ててくれるよな?」
「それはもちろん。ただし、国のためというよりも、この島々に住む民族のためですけどね」
「そう大して変わらんが、島々よりもミマツを最優先にしてくれ。……そういえば、神の目的は海の向こうの脅威からの守りと歴史書だったな。……しかし、そうか。不老不死か……」
「王様、何をお考えで?」
王が顎に手をやって考え込んでいたが、俺を見て問いかける。
「カゼよ、お前、もっと高い地位に就いて働く気はないか?」
「いきなり言われても困るんですが。……ちなみにどんな地位があるんですか?」
位の高い官職やるのは初めてだ。何があるのか興味が湧く。
「この国の最精鋭の戦闘部隊の隊長とか、他国へ赴く武官とかあるぞ」
「部隊の隊長って良いですね。でも、国の外へ満足に足を運べなくなるだろうから、断ります。他所の国へ行く武官って、どのような仕事ですか?」
「お前の場合なら、そうだな、西の国へ行き、そこでミマツの国と仲良くしてもらう事だな。貴方の国と末永くお付き合いいたしましょうってな」
「それだけですか?」
「後はその国で内乱や戦になったとき、ミマツの人間を保護するために駆け回ったり、騒動に介入して物事を解決し、相手の信頼を得るのが役割だな」
確かに今回の一揆での経験が生きるかもしれない。けれど。
「ううん、僕としては、神様の目的を達成させたいから、海の向こうの半島へ渡って、砦を築いて、大きな大きな堀や壁を作って、その周辺一帯の土地を支配する必要があるのかな? そうなると、地元の民からの信頼を固めて……」
「そこまでの規模となると、一国の王として立つことになるぞ。と言うか、大概条件の良い土地というのは、既に誰かしら王や領主が治めているが、どうするんだ?」
「ああ、そうですよね。なら武官として行って、信頼を勝ち取ってのし上がって、……その後、どうしよう?」
前世でもそういった機会に恵まれなかったので、どうしたら良いのか分からなかった。
「まあ、定番と言えば、その国で有力な豪族の娘と結婚してしまえば、身内として迎え入れられる可能性があるな」
「結婚しなきゃいけないんですか? 故郷に嫁にしたい娘がいるんですが」
ナシを嫁にするのは確定だ。今まで一緒に過ごしてきたんだ、離れたくない。
そこに王が爆弾発言を投下する。
「二人とも娶ってしまえば良いのではないか? お前ほどの者ならそのくらい問題ないだろう」
「ええ……? 普通は一人で十分でしょう」
突拍子もない言葉に俺は困惑する。
「そんな事ではのし上がれんぞ。俺だって国家と権力の安定のため、有力な豪族と結びつくために何人とくっついたと思ってる?」
「何人も……」
まさかの王の一夫多妻という事情に俺は混乱する。
ええ、偉い人はそれが当たり前なのか?
まあ、死産や幼児のうちに死ぬ割合が多いこの時代、確実に子孫を残すためなら仕方のない事なんだろう。だが理性では納得したが、感情は違う。
そこに王がさらに爆弾を投下した。
「そうか、神が言うのなら俺の娘もお前にやろう」
「ごはっ!? ちょっと待って下さい、三人目!?」
「先行投資という奴だ。絶対に偉くなれよ、偉くなってこの国の未来を良くしてくれ」
「無茶言わないで下さい! ていうか酔ってません!?」
俺の両肩をがっしと掴む王の目が本気だ。
このままでは不味い方向に行きそうなので、無理矢理話を戻すことにした。
「はあ。それで、身内として迎え入れられた場合はどうするので? まさか、乗っ取れとでも言うんですか?」
「そのまさかよ。そのままの勢いで国を盗ってしまえば、後は思いのまま。……と言うわけにもいかないが、一人でやるより、人を動かした方が事は楽に運ぶだろう。一人で百里、二百里と堀を掘りたくはあるまい? それでは千年かかっても目的は達成できんぞ?」
「う」
もうどうしようもなくなった時、密かに考えていたことを言い当てられて言葉に詰まった。
王はそれを見て呆れた顔をして言う。
「何だ、本当にそんな事を考えてたのか。止せ止せ、大人しく結婚した方が身のためだぞ」
俺は想像する。
三人の嫁の喧嘩の仲裁をどうすべきかとか、平等に接しようとして独占欲の強い女性たちに機嫌を損ねられ、途方に暮れる俺という構図が浮かぶ。
頭を抱えた。抱える事しかできなかった。
「どうすんだ、これ」




