休養
倒れて痙攣する羽織の男を見て、俺は男の傍に近寄ると首目掛け剣を振り下ろした。
転生者であれば何らかの能力持ちのはず。生き返る奴もいることだろう。
故に首と胴を切り離しておく。
事を終え、ふと顔を上げると、甲板上の戦いはほぼ終息を迎えていた。敵は乱戦に持ち込んでも、所詮鎧を着ていなかったので、押し返し俺たちの勝利となった。
「て、敵は、どこだ?」
どうやら、まだ興奮状態の兵がいるようで、剣を構えて周囲を見回していた。
俺は安心させるように穏やかな口調で話しかける。
「敵はもういないよ、僕たちの勝ちだ」
「か、カゼ、隊長?」
「か、勝ち? 俺たち、勝った、のか?」
俺の言葉に皆は最初戸惑っていたが、実感がわいたのだろう、別の興奮に包まれていく。
「勝った、勝ったぞおおおお!」
「俺たち、勝てたんだ」
喜ぶ者、雄叫びを上げる者、肩を叩き合う者など様々だ。
「とにかく、疲れた……」
ちょくちょく休憩しながらも歩き通しでこの町にたどり着いたら、いきなりの戦。
ちょっと休みたい。
腰を下ろして座り込んだ俺を見た兵たちが話しかけてくる。
「はは、さすがに疲れましたね。さあ立って下さい、うちの家は敵に燃やされちまったんで無いんですけど、どこかから寝床を貸しますよ」
いや、ちょっと頭がくらくらしてて。立つのは勘弁してくれないかな。
「……隊長? どうしたんですか?」
「っておい、それ血じゃないのか!?」
ああ、そういえばケガしてったんだっけ。
「ごめん、顔やお腹斬られたみたいでさ、少し寝てていい?」
「ちょ、隊長!? そのケガはまずいですって!」
「やべえぞ。誰か! 町長のところまで運ぶの手伝ってくれ!」
あれ、自身を確認してないけど、そんなに酷い状態なのか?
「おいおい、坊主、こんだけ活躍したのに死なれちゃ困るっての」
聞き覚えのある声と共に俺の上半身が持ち上げられ、もう一人に両足を掴まれ同様にされる。
「……サヘエ?」
「おうよ。頑張ったな」
にかっと笑うサヘエに安心したのか、俺の意識は遠のいていった。
「……?」
「おはよう 三日ぶりだね」
目覚めたとき、何故か目の前に、恐らく裸のヨヘイが同じ寝床に俺と密着して寝ていた。
「何してんだ、お前」
「何ってつれないな。君の冷え切った体を温めてあげてるんじゃないか」
「嫌すぎる。ここは裸の女性に温めてもらうのが定番ではなかろうか?」
「そう言いたいのもやまやまなんだけど、この町の女性って敵に乱暴されたばかりで、そんな状態じゃないんだよね」
「ああ、それなら仕方ないな。……つーか、何でお前がこの寝床にいるんだ?」
「寝床がないから急遽作られたものでね。子供でも君と同じくらいの身長の僕が良いと選ばれたのさ。それが何か?」
「いや、まあ、良い」
そっちの気がなければ良いのだ。
俺はそう納得することにした。
「で、俺、あの戦いの後、寝ちゃったんだけど、その後どうなったのか教えてほしいんだけど」
「ああ、それはね……」
敵を掃討した直後、顔面から上半身血まみれの俺を見て、その場にいた皆がドン引きしつつも、この港町の町長サミタの下まで運ばれて緊急手術を受けた。
自覚していなかったが、顔以外にもあちこちが切り傷だらけで、絹の糸で合計三十針以上も縫うことになったという。
幸いにも、顔の傷は左の顎から右目の上の眉にかけて切り裂かれたため、失明することはなかったものの、顔の傷が特に酷く、後に残るかもしれないと言われたときはちょっと心に来た。
また、傷が酷かったのもそうだが、少々出血しすぎたため、しばらくは安静にするようにと言われてしまった。
あれ? 傷の治癒については神様との相談で回復力マシマシだけれど、傷が残るかどうかについては話し合ってなかったような。
傷が残るのはしょうがないにしても、故郷に帰ったら心配性な母は泣くかもしれない。
「それで、ミマツとカダのことなんだけど……」
そんな女々しくも個人的な心配を他所に、ヨヘイの説明は続く。
ミマツとカダの連合部隊は敵の十隻の船を丸々と接収した。
町に住む人々が百人以上も犠牲になったけれど、経済的に見れば将来的には薔薇色な生活が待っているであろう現物を手にしたのである。
町長サミタは町の復興作業を命じると共に、住人に対して産めよ増やせよと号令をかけたのだ。
また、接収した船にいた三百人に迫るほどいた奴隷については、大半が海の向こうの国の住民で、その他は彼らが過酷な労働環境によって亡くなった後に、奴らが襲った別の港町で引っ張られて来た、西の国の住民であった。
カダの町に住んでいる商人が、海の向こうの国の言語に少々詳しいということで通訳してもらうことになった。ヨヘイはその言語を学ぶため、その商人について回っているそうだ。
「ん? じゃあ、ヨヘイがいない間は誰が俺を温めてたんだ?」
「この町の近所の少年だよ。憧れの『英雄様』と一緒になれるのは光栄だって……」
「うん、わかった、ありがとう」
俺は英雄になりたいっていう願望はないのだが。ただ前世の日本よりマシな生き方を皆にさせたいだけで。
奴隷だった西の国の住民については、ナガルたち本来の目的である遠征先の故郷に共に帰ることとなり、海の向こうの国の住民たちの場合は簡単な聞き取り調査の後、故郷に帰るか、この日本の大地に骨を埋めるか聞いたところ、大半の人が「もう故郷そのものがない」とか、「北方の異民族による度重なる侵略による悲惨な生活は嫌だ」などという証言により、日本に移住することになった。
今後、彼らに適切な土地が与えられるだろう。この時代、まだまだ人口が少ないのだ。とはいえ、今ある土地を提供することはできない。森などを開拓する必要はあるが、住む場所には困らないはずだ。
「それで、ミマツから派遣されたナガル王子たちの部隊なんだけど……」
今回の戦闘で勝利したものの、ミマツの兵にも少なからず負傷者が出たので、皆がある程度回復するまでこの町に留まることになった。町長サミタからも、この町にいてくれると安心するので是非留まってもらいたい、と言われているそうだ。
死者を出さずに勝ったというのは喜ばしいことである。
一方、カダの兵たちは戦に慣れていない者が参加したため、死者が続出したそうだ。即死した者は少なく、大抵は負傷した者たちだったが、治療のかいもなく傷が悪化して亡くなっていったと聞く。
俺は手洗い消毒、骨折したときの応急手当くらいしか知らないが、この時代の医療技術は低いのだと実感した。
いや、それもあるけど、医者の数が足りないんだ。怪我が特に酷いけれど、治療すれば助かると判断された人から優先的に治療を受けたのは素晴らしいと思う。看護師はいなくても、カダの町の年配の女性たちが手伝ってくれたので多少はマシになった。
ちょっとした病院と設備とある程度の数の医者があれば、助かる確率が上がっただろうな。
上半身どころか顔面にまで包帯を巻かれたので、ちょっとしたミイラになった俺は横になりがら、ヨヘイに事の次第を聞かされた。
敵の正体は海の向こうの国から来た、という事実しか分からなかったそうだ。
日本では見られない作り方をした分厚い布製の兜や鎧に、青銅の剣や矢尻、短い弓、布や革でできた靴。
羽織の男については、来ていた羽織が上等な物であること以外は分からないこと。
ナガルはせめて羽織の男だけでも殺す前に色々聞きだしておきたかったようだが、俺の有り様を見て捕らえるのは困難だったと思ってくれたようだ。むしろ良く一人だけで倒せたな、と感心された。
疑問はいくつかある。
羽織の男は自身を高貴な生まれと言った。
そんな奴が何故に辺境の港町に姿を現したのだろうか。
奴隷たちの証言の中に北方の異民族の侵略を受けたという話。
住む土地を奪われ、放浪の果て海賊となったのは分かる。ということは、あの半島の北ではそれが日常であり、そこに住んでいた人たちは南へ逃れ、急激に増えた人口を養う食料なんてあるはずもなく、人々は限られた物の奪い合いへと発展した、ということだろうか。
北方の異民族についてはどうだろう。
単純に考えればモンゴルやロシアやソ連のように、南の暖かくて豊かな土地が欲しくて南下していると判断していいか。
モンゴルがそうだったように、この時代にも騎馬民族がいると考えて良いだろう。……今現在もあの場所が草原であればの話だけど。北アフリカも最初の頃は森だったという記録が洞窟の壁画にあったと聞く。
それから一週間後、皆が驚くほどの回復力で表面上は復帰した俺はミマツの部隊に復帰したが、そこに本国から連絡が届いた。
「各地で反乱が起きた。軍だけで鎮圧するのは困難なので、至急帰還して場を収めてほしい」




