産業都市 レベリオンブルク
フォンテンブルク
それがこの街、レベリオンブルクの本来の名前だそうだ。
元々は貴族資本の魔導工場があり、そこに隷属する奴隷階級の労働者が住まう街だったそうだ。
そんな中、工場の支配人が、過酷な労働環境で使い捨てのようにすりつぶされていく労働者の姿に心を痛め、労働者たちを団結、独立を勝ち取ったのだという。
つまりこの街は、領主からすればならず者に不法占拠されている状態だ。
要塞のような城壁は、貴族による討伐軍を払いのけるための設備というわけだ。
自らの特権を捨ててまで奴隷解放をするとは、元支配人である”総監”とやらは相当な人格者だ。
自分の知的好奇心を満たすために兵器開発をする僕としては、耳が痛い話だ。
「宿を用意します。我らが総監が同志ヒラガに会いたがっていますので、すみませんが一緒に来てください」
その人格者様が僕に会いたいとおっしゃるか。期待に応えることができるかな。
「分かりました。ところでその総監とはどのような方ですか?」
ビアンカがピタッと立ち止まった。
「名前はエルザ・ツァルファーニ お話しした通り、元工場支配人です。そして・・・」
ビアンカの目が泳いでいる。いったいなんだ?
「お、お会いする前にいくつか注意点があります。
総監をお呼びするときは、同志エルザ、もしくは同志総監と呼んでください。
苗字だけで呼んではいけません。苗字の無い奴隷への差別となります。
受け答えはあいまいにしてはいけません。必ず”はい”か”いいえ”で答えられるものとしてください」
「ず、ずいぶん気難しい方なのですか?」
なんか会うのが怖くなってきたな。
ビアンカは申し訳なさそうにこう答えた。
「悪い方ではないのですが・・・正義感が非常に強く、白黒はっきりしなければ気が済まないのです」
案内された宿のベッドに、くたくたの身を放り投げた。
ベッドは固く、部屋は狭く、貴族の屋敷で居候をしていた身には懐かしさを覚える庶民的環境だ。
長旅で疲労困憊の体だが、これから総監との食事会というもっと疲れるイベントが待っている。
総監というのは相当なくせ者のようだ。
聞いた話だけだが、どうも奴隷を憐れんでの革命というよりは、自らの行いの不正義に耐えられなかったといったところだろうか。
窓の外からは活気ある市民の声が聞こえてくる。窓を覗くと、通りに立ち並ぶ露店が見えた。
食べ物だけではなく、靴の修理や金物屋など、様々な店があるようだ。
立派な建物などなくとも商売はできる。そう言った奴隷根性を感じた。おっとこの言葉は総監の前では使わないほうが良さそうだ。
コンコン
部屋の扉をノックされた。
「同志ヒラガ、そろそろ参りましょう」
気は重いが仕方がない。
苗字はNGというが、どうして僕は苗字で呼ばれ・・・
「あ!!」
「ど、ど、どうしましたか? 同志ヒラガ」
みんなヒラガヒラガと呼んでるが、もしかしてヒラガが名前でジローが苗字だと思われているのか。
「はぁ・・・」
まるで魂が抜け出るような、大きなため息が出てきてしまった。
「あ、あの、同志ヒラガ?同志ヒラガ?」
僕たちは会食会場に通された。
それは、街の大衆食堂にある個室だった。
「この奥の突き当りの部屋だ」
ずいぶんと不愛想な給仕の女性に案内される。薄汚れた給仕服に仏頂面。何より睡眠不足なのか見開いた目が特に印象的だ。客を追い返さんばかりの迫力の目力だ。
不愛想なのにつぶれない店ということは、飯は相当にうまいのかもしれないな。
よいしょと椅子に腰かけ、総監を待つことにする。
・・・給仕の女性はいつまでここにいるのか?まさかこんな大衆食堂に、専属の給仕が付く?
ビアンカは何故か立ったままおろおろしている。
「ビアンカどうしたの?」
ビアンカは意を決したように目を硬くつぶってこう答えた。
「そ、その、こちらがレベリオン連盟の総監、同志エルザです!」
「ふぁ!?」
慌てて立ち上がるが、椅子の足と自身の足がもつれて転げ落ちてしまった。
こちらとはどちら?この給仕の女性しかいない!
いやいや、給仕なんかではない。僕は総監に部屋まで案内されてたわけだ。
「し、失礼いたしました総監・・・いや、同志総監! 平賀です!」
あ、と思ったがしょうがない。思わず苗字を名乗ってしまった。もう引き返せない。僕の名前はヒラガだ。
「お会いできて光栄だ。レベリオン連盟総監のエルザ・ツァルファーニだ」
同志総監は握手を求めてきた。
どうやら怒ってはいないようだ。
こちらも手を差し出すと、力強くぶんぶんと振られた。
かと思うと、僕の手を掴んでじっと見つめ始めた。
「実に良い手だ。労働者の手だ」
僕の手は日夜魔動機の整備をしているせいで、爪の隙間に機械油の汚れが詰まりっぱなしだ。それを工場労働者の手だと思われたのだろう。
「あ、ありがとうございます」
「ところで同志ヒラガ。君は我々の敵なのか?味方なのか?」
間髪入れず何という質問だ。
答えなければ。イエスかノーで。
「はい同志。私は味方です!」
これからは連盟の兵器まで作らなければならなくなりそうだ。
もうこの地点で疲労困憊だ。
「掛けてくれ同志諸君。早速食事にしよう。ここのシュニッツェルは絶品だからぜひ食べてほしいのだ。まずは水を人数分頼む」
やれやれ、とにかく腰かけよう。
運ばれてきた水に口を付けた。
「ところで同志ヒラガ。同志エレイナ・マクスヴェルは何か言っていたか」
水を噴きそうになった。いきなり話が飛ぶな。
存在を忘れかけていた密書を取り出した。
「こ、こちらが同志エレイナより預かった手紙です」
とりあえず同志付けとけばいいのかもしれない。手紙を受け取った総監は、それを読むのかと思いきや。
「食事が来たぞ同志諸君。温かいうちに頂くとしよう。温かさが何より安価で効果的な調味料なのだからな」
この人のテンポを掴むのは難しそうだ。
運ばれたシュニッツェルは実にボリューミーで、いかにも労働者の昼食といった感じだ。
早速いただく前のエレキテル神への祈りをしようとしたところ、ビアンカがものすごい慌てようで止めに入った。
(だ、ダメです同志ヒラガ! レベリオンではエレキテル神を崇めてはいけません! あれは、貴族に特権を与えた邪神です!)
な、なるほど。確かにそうだ。
エレキテル神が与えた魔力で、今日の貴族は特権階級になり得たのだ。そのようなものを、革命軍が崇めるわけがない。
幸い総監には気づかれなかったようだ。
「うん!このシュニッツェルは実にうまい。安価な材料を効果的に調理し、最大限のうまみを出している。これは努力の味なのだ」
ずいぶん独特な食レポだ。
しかし、本当に食事はうまかった。
速い、安い、うまい。滞在中はここに通うのだ。
総監はよくしゃべるよくしゃべる。
話はあっちこっちに飛び火して、「同志エレイナ・マクスヴェルは貴族でありながら平民の痛みの分かる人間だ」「麦は貴族も平民も全人民が食べる。だから農家は偉大なのだ」「奴隷はあってはならない。貴族もあってはならない。皆平等であるべきなのだ」といろいろなことを語ってくれた。
時折質問があるが、すべてイエスかノーで答えた。
どうもそういう形式の質問が好きなようだ。
この人の中には、正義と悪しかないのかもしれない。
「実によい会食であった。そう思うかね同志ヒラガよ」
僕は最後の質問にイエスで答え、会食会場を後にした。
午後は街の広場で僕らの発明品である超電導モーターとSMES、レールガンが披露された。
群がる街の職人たち。皆新技術に興味津々のようだ。気が付くと、これらの解体ショーになってしまった。
「これならうちでも作れるぞ」「お前のとこの職人なら、もっといいのが作れるだろ」職人たちは分解した部品を手に、口々に技術的相談をしている。
「にいちゃん!機械を使って魔力を作れるってのは本当か?」
職人の一人が僕に問いかけた。
「ええ、ビアンカの作った蒸気機関を使えば、火と水から魔力を作ることができますよ」
「貴族から魔力を買わずに済むなら、今よりずっと魔動機が使いやすくなるぞ」「工場にももっと魔導機を入れることができるぞ」「俺もいっちょ魔導機を作ってみるか!」
自分たちにも魔力が扱える。
この大発見が、職人たちのやる気に火をつけた。
皆口々に、自分の技術ならこんな魔導機が作れるぞと自慢し合っている。
「同志ヒラガ。ここには様々な職人が居ますよ。どのような職人に興味がありますか?」
「そうですね・・・ この中に小さな精密機械を作ることが得意な職人さんは居ますか?」
前々から作りたいと思って温めていた装置がある。
それには細かい精密加工ができる職人が必要だ。
「それなら私かな」
名乗りを上げたのは、時計職人だった。
なるほど、精密機械といえば時計だ。
「実はこのようなものを作りたいのですが・・・」
僕はいくつか図面を広げた。それは、電磁リレーの図面だ。
電磁リレーとは、電磁石を使ってオンオフを制御できるスイッチだ。
小さな電力で、より大きな電気のオンオフを制御できたり、一つの操作で複数のスイッチを操作できたりする装置だ。これがあれば簡単な制御装置を作ることができる。
そう、制御装置の開発に取り組みたいのだ。
エレイナのような貴族は、魔導機を自身の手足のように自在に操るが、平民にはそれができない。せいぜい畜魔瓶と魔動機の間のスイッチをオンオフする程度だ。
それを平民でも簡単に制御することができる。そんな装置を作りたいんだ。
僕はビアンカの研究室の一角を借りて、制御装置の開発を始めることにした。
設計図であるラダー図を描きながら、時計職人に依頼したリレーの到着を心待ちにしていた。
そしてとうとう約束した納入の日になった。
「はいよ、お待ちどうさま」
時計職人は木箱いっぱいのリレーを持ってきた。
・・・木箱いっぱい?
「あの、こんなに頼んでないですよ?」
「ああ、他にもほしいってやつが居てね。これから配るところさ」
驚いた。
広場での僕と時計職人の話を立ち聞きした他の職人たちまでもが、リレー制御の開発に乗り出したということだ。
もたもたしていられない。僕も開発スピードを上げなければ、ここの職人たちに追い越されてしまうぞ。
僕はガラス職人と手を組んで、真空管の開発に着手した。真空管とは、電流の強弱を制御できる素子だ。現代の日本では、トランジスタにとって変えられ、ほとんど見ることはなくなってしまった。
かくいう僕もトランジスタ世代だ。真空管なんて、じいちゃんが昔、街の電気屋として各ご家庭のブラウン管テレビを修理して廻っていたという話を聞いたぐらいだ。
聞く限りではトランジスタのようなものなのだろう。エミッタ、ベース、コレクタ・・・つまり電流の入り口、出口、調整弁がある装置というわけだ。
しかしそこから先が全く分からない。バイポーラトランジスタは、微弱電流に釣られて大電流が流れることで、電流を制御する。FETは流れる電流を横から阻害することで電流を制御する。なら真空管は・・・?
開発は暗礁に乗り上げた。今まで僕がやってきたことは、日本の現代科学の模倣だ。しかし今回は原理の分からない真空管の開発だ。
「チート技もここまでだな」
成果の上がらないまま、数週間が過ぎた。
それを尻目に、レベリオンブルクの職人たちは、モーターとリレーを活用して、次々と産業機械を生み出していった。しかし開発に難航すると、真っ先に僕のところに相談に来る。
やれ「モーターを動かすと魔力生成機が落ちる」だの、「クレーンの荷を降ろしたら魔力生成機が高速回転して吹っ飛んだ」だの、様々なことで呼び出された。
貴族が無意識に制御していたことが、発電機・・・もとい魔力生成機ではできずトラブルになっているようだ。
モーターは、動き出す瞬間が最も電流を必要とする。貴族たちはその瞬間、文字通り「踏ん張る」のだろうが、魔力生成機はそんなことができない。だからトリップ(落ちる)する。
「始動方法を工夫するんですよ」
モーターは、回りさえすれば逆起電力が働いて、回転中はそれほど電流を食わない。
始動時だけ電流値を抑える、スターデルタ始動回路を作り組み込むことで解決した。
「クレーンのモーターも魔力生成機も同じものです。荷を下ろす力で、モーターが魔力を生み出しているんです。その魔力の逃げる先が無いので、生成機が壊れるんです」
つまりは回生電力の逃げ道を作ってやればいいんだ。吸収用抵抗器を装備して解決した。
アドバイス料をいただきたいところだが、彼らには知的財産という概念が無いようだ。教えた技術は瞬く間に拡散され、特許も著作権も存在しない。財産の独占という資本主義的考えは、悪とされているようだ。
建築重機、クレーン、ベルトコンベア。
レベリオンブルクで生み出された数々の産業機械は、瞬く間に帝国中に拡散され、まさに産業革命が起きようとしていた。
鉱山、工場、様々な現場の生産効率を爆発的に上げた。
特許を取ることができたなら・・・。非常に歯がゆい思いだ。
ある日、広場から人々の騒ぎ声が聞こえてきた。
その中心には、号外屋が居り、それを幾重にも民衆が取り囲んでいた。
「ミスリル鉱山で反乱だ!鉱夫たちは団結し、重税を課す貴族軍を打ち払ったぞ!」




