後編
リーゼリアのターン
「リーゼ! もう一度やり直そう! 私はあの女に騙されていただけなのだ!」
それが逃げだしたハッシュがリーゼの前に現れ、最初に発した言葉であった。
ハッシュは侯爵家の屋敷から逃げだした後、ついでに盗んできた金を使って馬車を借り、伯爵家まで真っ直ぐ向かった。
と言っても、所詮自分で交渉などしたことなどない箱入りのボンボン。言うことを聞いてくれる相手を見つけるまでにかなりの時間をかけ、挙句相場よりもかなり高い金をふんだくられての行動であったが、何とかクラックス伯爵家まで辿り着いたのだった。
しかし、今のハッシュは伯爵家からすれば明確な敵。大切なお嬢様の顔に泥を塗り、傷つけた大罪人である。
普通に考えたら門前払い、そして塩を撒かれる立場なのだが……ハッシュはそんなこと全く考えもせずに正面から堂々と入り込み、そして何故か誰にも止められることなくリーゼが一人お茶を楽しんでいた伯爵邸の中庭まで進めてしまったのだった。
「やり直すとは?」
そのようにして自分の前に現れたハッシュを前にしても、リーゼは全く驚くことなく、いつものような無表情であった。
人形令嬢の異名をそのままに、いつもと変わらぬ姿なのだった。
「もちろん、再び私との婚約を結び、よりよき未来を作ろうということだよ!」
怒りも悲しみも見せない元婚約者のいつもどおりの態度に、ハッシュは手応えを感じていた。
普通の感性ならば不気味さや恐怖を感じても良い態度なのだが、物事を自分に都合の良い風に考えることに関しては達人であるハッシュにかかれば都合良く変換されているのであった。
「ハッシュ様……いいえ、ディアーチ様。今回の件は、アナタが浮気をして、アナタが誠実さに欠けた対応をしたのが全ての原因……無かったことにできる、などと思っているのですか?」
人形令嬢の中に隠された、微かな呆れの感情も、ハッシュの耳には入らない。
何故ならば、彼は誰からも愛され誰からも許される存在なのだから。いつも何をしても、最後は許して貰えてきたのだから。
今回だって、リーゼに許して貰えれば全ての問題は解決する。それがハッシュに残された唯一の希望なのである。
「……ふぅ。ところで、一杯どうです?」
「おお、ありがとう」
自分が何をやったのか、そして何をしているのか。
それを何も理解していない様子のハッシュに、リーゼは何も言わずに自分も飲んでいた紅茶を入れた。
「流石、クラックス伯爵家。良い茶葉を使っているな」
茶を一杯勧められただけで、ハッシュはもう何もかも許されたと言わんばかりになれなれしい態度に戻った。
いつも表情が変わらず、感情に乏しい婚約者を疎むようになったのはいつ以来だろうか?
少なくとも、ここ数年はこのような態度を取ったこともないはずだが、図々しさだけは一流である。
「お褒めいただきありがとうございます。……ところで、本日こちらに来ることは誰かに伝えてありますか?」
「うん? いや、父上達には黙って出て来た。何やら錯乱しているようだったのでな」
「そうですか……では、どうやってここまで?」
「その辺で馬車を拾ってな。平民の分際で中々私の命令を聞かない無礼者ばかりだったが、何とか一人見つけ出したのだ」
ハッシュは紅茶を飲みながら、聞かれるままに如何に自分が苦労してリーゼの元まで辿り着いたのか事細かに語り始めた。
聞いていないことまで明確に、それでいてかなり盛った内容で話しているのは……苦労した分見返りとして自分を許し、今後の援助を行えというアピールだろうかと、リーゼはその時を待っていた。
「しょれで……?」
気分良く長々と、もはや作り話9割の武勇伝を語っていたハッシュの呂律が突然回らなくなった。
話しすぎて疲れたのかと、思わず自分の口を塞ごうとするハッシュだったが――何故か、腕も上手く動かせない。
否、舌や腕だけではない。足も、そしてその他のあらゆる場所の自由が利かなくなっていた。
「こ、こへは……?」
「情報提供ありがとうございます。どうやら、アナタをここに連れてきた乗合馬車だけを潰せば、アナタの行動は露見しないようですわね」
身体の自由と共に、意識までも朦朧としてきたハッシュ。
意識が完全に失われるまでのほんの僅かな間に――彼は、もう何年も見たことのない元婚約者の笑みを見た気がしたのだった。
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「うぐぐ……」
それから数十分の後、ハッシュは目を覚ました。
しかし、身体の自由は利かない。何かの薬品で身体の自由を奪われているらしい。
(なに、が……)
何とか動く目だけを動かして、周囲の状況を確認しようとするハッシュ。
どうやら、彼は今どこかの地下室にいるらしい。限定された視界では確証は持てないが、窓一つ無い薄暗い部屋に転がされているようであった。
(何だ! 何で僕がこんなところに!?)
侯爵家の血を引く者として、常に優遇されてきた。
その人生の中に、汚らしい床に転がっていたなどいう経験は無い。部屋の薄暗さの割には埃一つ待っていないところから掃除は行き届いているらしいが、そんなことは関係の無い話だ。
「う、うーん……」
「っ!? その声は……マリー?」
ハッシュの背後から、自らの手でつい数時間前に殺したと思った女の声が聞こえてきた。
芋虫のようにほとんど自由の利かない身体を転がし、ハッシュは何とか声の主を自分の目で確認する。
すると、予想どおりハッシュと同じく身体の自由を奪われたマリエッタが転がされていたのであった。
「な、何で……」
死んだはずのマリエッタが生きていることに驚き、そしてその彼女が自分の隣に転がされていることにも驚くハッシュ。
しかし、マリエッタの驚きはハッシュの比では無い。
「――ッ! ア、アンタ……こ、この人殺し! 殺人鬼! 犯罪者!」
マリエッタの最後の記憶は、侯爵邸の軟禁部屋でハッシュに首を絞められたところまでだ。
そこで意識を失い、気がついたら身体の自由を奪われて自分を殺そうとした男の隣に転がされていたのだ。そんなことになれば、叫びもするだろう。
「な――だ、黙れ! これも貴様の仕業か!」
「何言ってんのよ! 私を殺そうとした上に、今度は何企んでんの!?」
「ふざけるなこの、私を惑わした魔女めが!」
「何言ってんのよこの性欲猿! 婚約者がいる身で手を出したのはアンタでしょうが!」
「黙れ黙れ! 私が道を間違えたのは全て貴様のせいだ!」
つい最近まで人の道に外れた愛に生きていたとは思えない醜い罵倒合戦であるが、これが彼らの本性である。
どちらも、自分の都合と利益だけしか考えていないのだ。そんなカップルが利害関係に傷をつけられれば、こうなるのは自然の摂理というものである。
「――お静かに」
そんな醜い罵り合いを、凜とした少女の声が切り裂いた。
声の主――そして、この地下施設の主。リーゼリア・クラックス伯爵令嬢の登場だ。
「な――り、リーゼ!?」
地下室への入り口に当たる扉から現れた、いつものと変わらぬ無表情の少女――リーゼリア。
彼女は床に転がっている二人を冷たく見下ろした後、一人用意されていた椅子に腰掛けた。
「お……おお! リーゼ! 助けてくれ! 身体が動かないんだ!」
混乱するハッシュは、この状況でもなおリーゼに助けを求めた。
今の自分の状況を作ったのが誰なのか。そんなこと、少し考えればわかるはずなのに。
「何を言っているのかわかっているんですか? ……それとも、わからない振りですか?」
氷のような無表情の問いかけに、流石のハッシュも言葉を失った。
そう――リーゼの入れた紅茶を飲み、倒れた。そして気がついたらここにいたのだから、ハッシュをこのような目に遭わせた最有力容疑者は、考えるまでもなく目の前の人形令嬢なのである。
しかし、それを認めるのはとても恐ろしいことだ。万が一にもリーゼが自分を許す気が無く、どうやったのかはわからないが浮気相手ということになるマリエッタと纏めて私刑を行おうとしている――という可能性が浮上してしまうのだから。
「お、おお……怒って、いるのか?」
「怒る? ……何にでしょう?」
「私が、その……この卑しい男爵家の娼婦崩れに目をやったことを、怒っているのだろうか? それならば安心してくれ! 私の心はリーゼ、君一人のものだからね!」
本来ならば気取ったポーズと共に会心の笑顔を添えて耳元で囁いてやりたい台詞であったが、床に転がされた芋虫状態で、引きつった笑みを浮かべながら早口にまくし立てているようでは威力ゼロである。
「な、何言ってんのよ! 元々はアンタが私に手を出してきたんでしょうが! ね、ねえ……リーゼ! リーゼリア様! 私は悪くないんです! 全てはこの男が私を無理矢理手込めにしたんです!」
ハッシュの焦った声に恐怖を刺激されたのか、今もっともご機嫌を取らねばならない相手を悟ったマリエッタは、ハッシュに倣うようにやはり早口でまくし立てた。
どちらの主張も、結局は相手が悪い、自分は悪くないという底の浅いもの。それで説得されるような者は早々いないだろう。
「嘘を――」
「お静かに、とお願いしましたよね?」
再びお互いの罵倒が始まりそうになったところで、リーゼが手にしていた扇子を勢いよく閉じて黙らせた。
異様な迫力に黙って床に転がる二人に、リーゼはようやく状況の説明を開始する。
「まずは、ご質問にお答えしましょう。怒っているのか……と言われれば、怒っています」
「そ、そうか。しかしそれは――」
「三度目ですよ? どうか、お静かに。……と言っても、先ほどディアーチ様が口にしたような婚約破棄に連なる一連の騒動に関して、ではありません」
口を挟むことは許さない。その強い意志を――人形令嬢が始めて見せた強い感情のようなオーラに、床の二人は完全に黙らされた。
「私が怒っているのは……美を貶めていることです」
「……美?」
怒らせないように、小さな声量でリーゼの言葉を復唱するハッシュ。正直なところ、まるで意味がわかっていなかった。
「ええ。ディアーチ様。そして、ポティット様。……あなた方は、美しい」
「……え?」
今度は、マリエッタが困惑した声を漏らした。
確かに、自らの美貌だけを武器に高位貴族のボンボンを誑かして食らってやろうと企むくらいには、マリエッタは自分の美貌に自信がある。自信があるのだが……何故この場面で褒め言葉が出てくるのかは謎でしかなかった。
「あなた方二人が持って生まれたその顔こそ、まさに宝。美の結晶と言えるでしょう」
「その……ありがとう?」
意味不明過ぎて、とりあえず褒められたんだからお礼を言っておこうという混乱した反応になるハッシュであった。
「しかし……あなた方は、その美貌を穢している。それは、許しがたいことです」
と、そこでリーゼは初めて明確に表情を変えた。明確な、怒りをその目に宿したのだ。
「そ、その……穢している、とは……何のことだろうか?」
「決まっているでしょう?」
「もしや、その……人格的な話だろうか? 今回のその、騒動を起こした……」
普段のハッシュならば絶対に認めない『自分の人格に問題がある』という指摘を、自ら行ってしまった。
普段怒らない人間が怒ると何よりも怖い。それも、生殺与奪の権利を握られた状態で……となれば、恐怖のあまりそんなまともな発想にも至ってしまうようだ。
だが――
「いえ? そんなことは関係ないですが?」
「なに? 無いのか?」
「ええ。これっぽっちも」
当人が真っ向から否定してしまった。
しかし、そうなるともうハッシュに思いつくことはなかった。外見は優だが内面がダメ――という話ならば認めるかどうかはともかくとして理解もできるのだが、それ以外で何が美を穢しているというのだろうか?
「いいですか? ……人間の感情とは、醜いのです」
「……は?」
「なに、言ってんの……?」
その発言で、完全にハッシュの、そしてマリエッタの理解から遠ざかってしまった。
「喜び、悲しみ、怒り、憎しみ……人は、些細なことで様々な感情を覚えます。そして、心の変化はやがて表に現れ、顔を歪めます」
「そりゃ、表情くらいは、変わるけど……」
「何と罪深いのでしょう……初めから美を持たないその他大勢はともかく、天より至高の美を授かりながら感情などというものでその美を歪める。決して許されないことです」
瞳にだけ怒りの炎を燃やしながらも、それでも人形令嬢の表情は変わらない。
表情を変えることを、無表情以外の全てを憎んでいるかのように。
「本当に、なに、言ってんの……? 生きているんだから、感情くらい誰だって持つものでしょ!」
マリエッタは、突然叩きつけられた理解不能の理論――狂気に触れ、これ以上聞きたくないと声を荒立てた。
そんな彼女の行動は、ますますリーゼの怒りの火に油を注ぐだけだ。
「私は、考えました。美の真理に辿り着いた人間として、多くの美が貶められている現状をどうすればいいのかを」
「……そ、それで?」
「ええ。そして、辿り着いたのです。とある異国で行われてる、特別な埋葬法に」
「まい、そう……?」
「その国では、死者の尊厳を守るために、遺体が腐り虫に食われボロボロになることを避けるため、特殊な薬品を使った遺体の保護術が発達したのです。それこそ、傍目にはまるで生前のままの姿を長期間保存できるような優れものです」
「遺体の保存って……まさか……」
「はい。死ねば感情などという異物でその美貌が歪むことはありません。そして、老化という美の破壊も永久に訪れることはなくなります。まさに完全な回答と言えるでしょう」
――表情を表に出さないまま、それでも喜悦を感じさせる声に、今度こそハッシュとマリエッタの心は一つになった。
この女は、危険な異常者だ。自分達のそれとは全く異質な、人格破綻者である――と。
「何ですか? その顔は? ああ、言葉だけでは信じられませんよね。そう思って、一つサンプルをご用意しました」
「サンプルって――ヒィッ!?」
リーゼがサンプルだと言って取りだしたのは――人間の女性の生首だった。
綺麗に処置を施されたその頭は、切断面さえ見なければ、表面をうっすらと覆う何かを気にしなければ、身体がないことさえ見なければ眠っているように穏やかなものであった。
愛らしくも美しいその頭は、確かに芸術品と言えばそうなのかもしれない。原材料が本物の人間でなければ、の話だが。
「彼女は私の侍女だった娘です。よく笑い、コロコロと表情を変える明るい娘でした……」
「ま、まさか、それは、最近行方不明になったって言ってた……?」
「ええ。せっかく美しく生まれたのに、表情を平然と変えてその美を侮辱する――許しがたい大罪を、主人として救ってあげました」
ハッシュは、平民を見下している。それこそ、その他大勢など自分の幸せのため、自分に尽くすのが当然であり、場合によっては殺したって何とも思わない外道だ。
だが、そのハッシュでもここまではしない。殺すだけでは飽き足らず、首を切り落とし大切に愛でるなど、ハッシュには想像もできない外道ですらない何かだった。
「どうです? 美しいでしょう……不変の美。これこそ、まさに究極……」
「い、イカレテる……!」
うっとりと……表情はさほど変わらないが、それでも普段よりもどこか幸せそうに生首を見つめるリーゼの姿は、もはや直視に耐えるものではない。
マリエッタは恐怖と嫌悪感に耐えきれず嗚咽を繰り返し、ハッシュも胃からこみ上げてくるものを堪えるので精一杯であった。
「さあ……ご理解いただけましたね? では……あなた方も、芸術品の仲間に入れてあげましょう」
大事そうに生首を飾った後、リーゼは椅子から立ち上がり、ゆっくりと床に倒れる二人に近づいていった。その手には、小ぶりな刃物がキラリと存在を主張していた。
床に転がっている二人の元まで、後九歩。
「ま、待て! 僕は侯爵家の人間だぞ! 殺したらただじゃ済まないぞ!」
「ご安心ください。アナタは侯爵家から逃げだした身――愛するマリエッタ・ポティット様と一緒にね。行方がわからなくなっても、駆け落ちしたとしか思われませんわ」
「そ、そんなことはない! 父上は私を探す――」
「ディアーチ様の最後の痕跡は、不特定多数の馬車を探し求めていたところまで。実際に乗せて伯爵家まで連れてきた馬車は既に私の手の物が消しましたので、もう探しても真実にはたどり着けません。恐らくは馬車に乗ってどこかに二人で逃げだしたのだろう――それが捜索の最終結論となるでしょう。実際に捜索を主導するの、伯爵家の予定ですし」
後、八歩。
「苦労したんですから。ディアーチ様の目に、さりげなく最近庶民の間で流行っている喜劇が映るように誘導したり、ディアーチ様とセットにするに相応しい美貌を持つ女と会わせたりするのは」
「え……」
「流石に、没落寸前とはいえ侯爵家の人間を一人消すのは後々に差し支えますからね。行動が読みやすくなるよう、阿呆な台本に影響されてもらい、その上で確実に自滅してもらえるように仕向けさせていただきました」
「そ、それじゃあ……アタシがハッシュと劇場で出会ったのは……」
「偶然劇場で隣の席になったのが、偶然じゃなかっただけですよ。その後の事は概ねご自身の判断だったでしょう?」
後、七歩。
「ディアーチ様は、何事にも私に金銭を出せと迫っていましたね? ですから、庶民の劇を見に行きたいとねだる相手も私であり、チケットの操作など容易いことでした」
「そ、それは……」
「そして、ディアーチ様の相手役に相応しく美しくも愚かな女として目をつけていたポティット様に、ディアーチ様の隣の席のチケットを適当な理由をつけてプレゼントして差し上げました」
「あ、あのチケット……アンタが手を回してたの? 新参の商人が、お近づきの印って言ってたのに……!」
後、六歩。
「その程度なら何とでも。後は、外見と肩書きだけはご立派な美味しそうなエサを、地位と権力目当ての蛇が勝手に食べてくれる。それが毒入りのエサであるとも気がつかずに」
「あ、あぁぁ……」
「そのまま、後は影響されやすい単純なお二人が、台本ありきの断罪劇を計画してくれれば大成功。もう少し捻ってくるかとは思いましたが、まさか勢いだけで劇中の台本未満の完成度で実行に移すとは思いませんでしたけど……どちらにしても、倫理と常識というものがある現実では何をするまでもなく勝手に収穫可能な状態に下処理される……という寸法です」
後、五歩。
「全て、仕組まれていた……?」
「喜ばしいことでしょう? 婚約者を裏切ってまで欲した愛を、永遠のものにできるんですから」
「え、永遠……?」
「ま、待て! お前の話では、そもそも僕たちを誑かしたのは君自身なんだろう!?」
「出会いの演出までですわ。その後婚約者を裏切るかどうかは貴方たち次第でした……まあ、エサに釣られなければまた別の策を用意しましたが」
後、四歩。
「お二人のお人形は、ずっと隣同士で飾っておきます。それこそ、永遠の――真実の愛というものです。もう、感情などという醜いもので揺らぐことはないのですから」
後、三歩。
「安心してください。お顔には、傷一つつけませんから」
後、二歩。
「やめ、止めてくれ! キミが望むなら何でもする! だから、命だけは助けて!」
「では、抵抗せずに死んでください。それだけが貴方様にもできる、唯一の貢献ですから」
一歩。
「ヤメテよ! の、望むなら、もう笑わないから! もう泣かないから! ほら、無表情くらいいくらでも作るから!」
「それは素晴らしい心がけですが、無理でしょう。できないことをできると言うものでは無いですよ?」
零。
「あ――」
プシュ、という音と共に、鮮血が舞った。
「どのみち、老化だけは避けられませんからね」
そのまま、もう一つの首にもプスッと刃を滑り込ませる。
「私、長期的な利益を求めてますから」
クラックス家の心情に基づき、人形令嬢は自らのお気に入りとなるお人形を作るため、血を浴びる。
不要な者を切り落とし、大切な物にするために。
「フフフフフフフ……」
手早く処理を施し、新しい愛玩人形をコレクションルームに飾る。
幾人もの美しい首が飾られたその部屋は、誰にも見せない彼女だけの空間。
死体人形だけを愛する人形令嬢は、鏡のないこの空間の中でだけ、ただ一人笑うのだ――。
いっつも気になるんですよね。頭は空っぽだけど顔はいいって男や女に惚れて婚約破棄やら大問題を起こす話を見ると。
どうせいつかはその唯一の長所は失われるんだし、内面の醜さって顔にも出るよなって。
というわけで、個人的解釈を元に真実にして永遠の愛を具現化したらコウナッタ。
この話を生み出す前に構想を練っていた、人の心を捨て去る怪物が主役のファンタジー
『魔王道―千年前の魔王が復活したら最弱魔物のコボルトだったが、知識経験に衰え無し。神と正義の名の下にやりたい放題している人間共を躾けてやるとしよう』
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