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「それじゃあ僕たちも退出しようか」
グレンと凛が部屋を出て扉がパタンと閉まると、セシルは一度その扉に視線を向けてからローゼリアに向き直りニコッと微笑んだ。
「王女様は僕がエスコートしよう」
「まあ。セシル陛下がわたくしを?光栄ですわ」
セシルの差し出した手にゆっくりと重ねると、二人は見つめ合いながらにっこりと微笑む。
端から見れば、金髪碧眼の美青年と、金髪美女の組み合わせなのだからとても絵になる。絵になるのだが…ふたりの目は全く笑っていない。部屋の空気は凍り、不穏そのものだった。
戦でも起こしそうな二人の雰囲気に、皆本能的にこのまま二人で退出させるのは不味いと感じた。
「せ、セシル様」
思わず、といった風にセシルの近くで控えていたルークが声をかけた。
その瞬間、グルンッと音がつきそうな勢いで満面の笑みを浮かべたローゼリアがこちらに向き、叫びそうになったところをルークは辛うじて悲鳴を飲み込んだ。
「あら。わたくしがセシル陛下にエスコートされるのになにかご不満でも?」
「っ…いいえ、何も」
後ろから突き刺すようなメイドの視線を感じたが、ルークはローゼリアの発する圧に完全に押し負け、しょぼんと肩を落とす。
「大丈夫だよ、ルーク。…そうだね。久しぶりに会えたのだし、少し話そうか。ローゼリア」
「ええ是非。わたくしもお話ししたいと思っておりましたの。リスティアと違ってアルヴァはまだまだ明るいですからね。庭園なんてどうです?ガザニアが見頃で、オレンジ色がとても美しいんですの」
「それは楽しみだね」
時刻は夜の十九時を過ぎたところ。光の国アルヴァでは日が若干傾いてはいるがまだまだ明るい。
セシルとローゼリアは何か言いたげなルークとエドワードを残し庭園へと向かった。
ちなみに。常に騒がしいスヴェンはいつのまにかに退出していた。
「驚いたよ。魔法の腕をあげたね」
「うふふ。そうでしょう?」
二人はにこやかに回廊を進み庭園へと出た。その間会話はするものの前だけを見据え、お互い見つめ会うこともせず…美男美女が寄り添っているのに甘酸っぱい空気などなく、むしろうすら寒く感じるほど。
日の光を浴びてオレンジ色の鮮やかさを増したガザニアの花が風に揺れる。
「リン様がお持ちになっている薔薇のペンダント…一体いくつの攻撃魔法をかけているのです?」
「護身用だからね。といっても僕は守りの魔法は使えないから、攻撃の意思を感じると相手を迎撃、追撃、捕縛、無力化する魔法をかなり入れたかな。凛の身を守るためには殺られる前に殺るくらいじゃないと」
「一体何と戦わせるつもりなんですの…ですが、すでに一度毒を盛られているのですってね。その時は精霊のお力で難を逃れたと。リン様の状況を考えると気持ちはわかりますが…あのペンダントの複製は骨が折れましたわ。ほんの少ししか現物を見てませんのよ?」
はあ、と大きくため息をつくと頬に手を添えて「我ながら上出来でしたけれど」と、ニヤリとセシルに笑みを向けた。
ローゼリアがグレンに頼まれていたことは、セシルの足止めだった。
凛とグレン、二人で話す時間を確保するためには、セシルを凛に近づけてはならない。だが、凛には護身用という名の位置情報のわかるペンダントがつけられており、それを辿られると一発で凛とグレンが会っていることが知られてしまう。それにそのペンダントはどうやら厳重に認識阻害の魔法もかけられているようで、現物を見てしっかり認識しないと流石のローゼリアも複製ができない。そのため一度凛に精霊の力を使わせ現物を見て…ローゼリアは見事複製し凛が常に部屋にいるように偽装した。
「アルヴァは“盾の国”。守りや回復に特化した魔法が得意ですが、王女であるわたくしは“複製”しか出来ませんし。その能力に負い目を感じず、伸ばすべきだと言ってくださったのはセシル陛下ですから…こうして陛下渾身の魔法具を短時間ですが複製し欺くことが出来たことに誇りを感じますわ」
「ふふ。そうだね、本当に分からなかったよ。ローゼリアが作った複製の魔法がこんなに上達しているとは…その魔法が作動している間に本物のペンダントの方にはグレンが魔力干渉を拒む魔法をかけたのか。…僕をからかうのが本当に好きだね」
はぁ、と心底嫌そうにため息を吐きながらがしがしと頭を掻いた。
そんなセシルの様子にローゼリアは苦笑し、小さく「申し訳ありません」と呟いた。
(からかい半分、もう半分は別の理由だと…セシル陛下自身、分かっているでしょうに)
ようやく傾きはじめた太陽は段々とアルヴァの空をオレンジ色に染めていく。
そんな空を見上げながら、セシルは何を思うのか
(まあ、十中八九リン様ですわね…今回のお父様とリン様、二人で何を話したのか、何故それほど親しくなったのか、聞きたいことは山程あるでしょう)
だが、セシルはそれを凛に問い詰めることはできないだろう、とグレンは言っていた。
それを聞いたとき、ローゼリアは「そんなまさか」と半笑いで返したのを覚えている。
能力、容姿、性格…なにをとってもセシルは完璧だと思っていたし、リスティアやアルヴァでもそう評価されている。確かに自分の父親でもあるグレンも、能力はスバ抜けているし統治力もあるしリーダーシップもあるし見目も良い。ただ、娘から見ても若干性格に歪みというか、人をからかうのが好きで好奇心が強すぎる所があるというか…親しみやすいしとても良いのだが、残念なところでもある。
ただしセシルには、長い付き合いだがそういった欠点を見たこともなければ感じたこともない。
そんなセシルが、確かに縁のある人だとしてもまだ若い女性…凛にたいして及び腰になるなんてこと、あるはずがないと。そう思っていた。
だがそれは、二人を見て一瞬で覆る。
(この方は、自分の感情が分からないのだわ…嬉しいことも、悲しいことも…自分がいま、嫉妬に駆られている事も分からない…とてもとても、不器用な人)
“完璧で欠点がない所が欠点であり、それがあいつの救いでもある”
そう、遠くを見ながら呟いたグレンを思い出す。
(…そうですわね、お父様。この方にも、欠点はちゃんとあるんですわ)
ローゼリアはセシルの正面に回り込むとじっと澄んだ青の瞳を見つめた。
「ローゼリア?」
「わたくし、セシル陛下を応援していますわ」
真剣な表情で言われた言葉に、セシルはきょとんと瞬きを繰り返した。
「応援?」
「ええ。ですが、わたくしはリン様の絶対の味方になるとも誓っておりますの。ですからリン様の決断次第ではセシル陛下を応援することが出来なくなりますが…もう少し、自信をお持ちになってくださいな」
首をかしげたセシルを見て、ローゼリアは小さく息を吐いた。
(何も伝えない、知らせない事…リン様を想ってのことだとは思いますが、それでは貴方の想いは、何も伝わらないのですよ)
澄んだ瞳を見つめながら、意を決して口を開いた。
緊張している。完璧と言われるこの王に、こんなことを言うのは初めてで…固く手を握った。
「…セシル陛下、あなたがリン様をこの世界につれてきて、世界の拒絶反応に悩む彼女を見て心が痛むのは分かります。彼女を自由に、何の柵もなくありのままでいてほしいと。この世界を好きになってほしくて、余計な先入観は与えないように、綺麗なものだけを見ていられるように…そうしたいのもわかります。ですが、それでは彼女は籠の中の小鳥です。セシル陛下の用意した世界でしか生きられない、可哀想な小鳥になってしまいます」
「………」
「ですから、自信を持ってくださいな。リン様は、貴方を恨んでいませんし、前向きに、彼女のやり方でこの世界を知ろうとしてくださっています。ですから貴方も、どうか彼女を見守ってください。そしてご自分を責めすぎないでくださいね。リン様は一度も、元の世界に帰りたいなんて仰っていませんでしたわ」
固まるセシルを見て、ローゼリアはにっこりと微笑んだ。
この王は、不安なのだ。凛に嫌われること、拒絶されること、元の世界に帰りたいと言われること…だが、それを自覚できていない。それがセシルの“欠点であり救い”。
(ですが、不安すぎるあまり暴走してリン様を本当に鳥籠に閉じ込めてしまうかもしれませんから…釘は刺しておきましたわ)
セシルはしばらく考え込む素振りのあと、顔をあげると困ったように微笑んだ。
「…まさか、ローゼリアに諭される日が来ようとはね」
「うふふ。沁みました?」
「とてもね」
にこやかに会話する二人に、当初のような凍てついた空気はなく暖かい風が吹き抜けた。
(これで、お父様に対する嫉妬の炎も鎮火できたかしら?常夏のアルヴァに雪でも降らせるつもりなのかと焦りましたが…落ち着いたようでよかったですわ。流石わたくし!)
自分の仕事の出来具合に自画自賛しながら、セシルが「そろそろ部屋に戻ろうか」と手を差し出すとにっこりと微笑み、そっと握った。




