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「あのぉ…普通の食事会なんですよね?お忍びで来てるから畏まる場面はないよってセシル君にも言われてたんですが」
「そうだが?」
「なんで私、こんなにドレスアップさせられてるんでしょう…」
そこで初めて、グレンは凛の方へ視線を向けた。だがそれも一瞬で、すぐに前を向くとスタスタと歩きだした。
「なにかと思えば…別に、普通じゃないか」
「どこが!?こんな真っ赤なドレス…!派手すぎます!」
メイドに連行されたあと、服を剥ぎ取られ風呂場に直行。そのまま悲鳴をあげる暇もなく体を隅から隅まで洗われ、やっと終わったと思えばオイルを塗られ全身マッサージ。しかもかなり力が強く、凛は半泣きになった。
そうして今度は真っ赤なAラインのドレスを着させられた。たくさんのフリルと所々にキラキラと光るダイヤが散りばめられた華やかなドレスに、凛は「ひぃ」と小さく悲鳴をあげた。
メイド達は凛の反応を一切合切無視し、あれよあれよという間に化粧も施し髪もサイドアップに結われ、黒いレースの髪飾りをつけられた。
そうして部屋から追い出されるように出ると、廊下にグレン・アルヴァが立っていた。
彼も着替えたようで先程と同じ白い足首まで覆うようなローブに落ち着いた赤色と金色の刺繍が所々にあり、こちらにも宝石が縫われているのかキラキラと輝いている。
黒い髪は下ろしたままさらりと腰まで垂れ、真っ赤な瞳が凛を映すと、「行くぞ」といわれ歩きだし…凛は彼のあとを着いていった。
「恥ずかしい…浮いてません?似合ってますか?これ」
「なんだ。私の色が不満なのか?」
たしかに。と凛は思った。
グレンの瞳は燃えるような赤。私の色、といわれてすぐに納得ができた。
(そういえば、セシル君のお城だと青とか紺とかが多かったような…)
「なんだ。だんまりか」
「いえっ!赤色がイヤとかそういうのでは無いんですが」
「ならいいではないか。よく似合っているのだし、そのまま着ていろ」
さらりと誉められ凛はポッと頬が熱くなった。
日頃言わなそうな人に誉められると、意外性というか、ギャップというか…心に響くものがある。
「ククッ…セシルの反応も楽しみだな」
火照った頬が一瞬で冷め真顔に戻る。
見なくてもわかる。横を歩くこの聖王は…今とても悪い顔をしていると。
部屋に入室したときの…メアリやルナ、いつの間にか戻ってきたルーク、皆の視線が一斉に凛へと向き、いたたまれない気持ちと恥ずかしさで思わずうつ向いた。
「ぶふ」
小さく吹き出す音が聞こえグレンを見るが、彼は涼しい顔で前を見据えている。
その視線の先を追うとセシルがいて…
「っふ」
吹いた。
凛は顔を真っ赤にしてうつ向いたが、にやける頬はどうしても押さえられずプルプルと震えた。
(あんな、アホっぽい顔初めて見た…!)
目が点になる。とはこの事かと思うほど、口をポカンと半開きにして一点を見つめ…間抜け面だった。
いつものニコニコと笑みを浮かべ全部見通したような余裕のある態度とは違う。本当に驚いたのだろう。その見たことの無い表情に親近感すら沸く。
グレンに連れられ彼の隣に座ると、耳元で小さく「傑作だろう?」と言われ、思わずコクコクと頷いた。
グレンは満足げな表情を浮かべると席についた。
そんな二人を見て、セシルが口を開こうとしたとき
「ズルイですわお父様。リン様ともう仲良くなられて」
声のした方を向くと、薄ピンクのふわりと広がるドレスに身を包んだローゼリアと、薄いグレーの刺繍が施された白いローブを着たエドワードがこちらに歩み寄った。
「ロゼ?エド?いま、なん…」
「まあ!リン様、とても素敵ですわ!赤色がとてもお似合いですのね!」
「…うん、綺麗…」
「エドワードと意見が合うなんて珍しいですわね!でも本当に赤がとてもお似合いですわ!…セシル陛下もそう思われません?」
話題を振られたセシルは、いつもの表情に戻っておりローゼリアにニコリと微笑んだ。
「そうだね。凛は何色でも似合うから、とても素敵だよ」
セシルの微笑にローゼリアも無言でセシルに微笑んだ。
…何故だろう。二人ともとてもいい笑顔を浮かべているのに、眼光鋭く見つめあった二人の間には火花が散っているようにすら見えた。
「まあ、皆座れ。私は腹が減った」
グレンの一言で皆大人しく席につき、食事が運ばれてきた。
凛が小さく「いただきます」と手を合わせると視線を感じ、顔をあげると…キラキラした灰色の瞳とバッチリ目があった。
「あ、さっきの…」
「そ、そ、それが!異界の食前の儀式ですか~!手を組むのではなく手のひら同士を重ね合わせるのですね?!それに、いまなんと仰いましたかっ?!イタ?イタテマス?イッテキマス??」
「“いただきます”だよ…少し落ち着こうか。スヴェン」
セシルの言葉に我に帰ったスヴェンは、勢いよく立ち上がると「そうでした~!!」と叫んだ。
「申し遅れました~!ボクは、スヴェン・リズラーと申します!主に魔法や精霊の研究、魔法具の開発などを行っております~!先程はまっことに失礼しました~まさかあの精霊の愛し子が庭園に現れるなんて思ってもいなくて…って、なんでボクが謝っているんです?!悪いのは!すべての元凶はこの黒の魔女なのに…ではな~い!!何をいっているんだボクは~!」
「あー、えっと…リズラーさん、ですね…リン・イズミです」
「ええ、ええ!存じておりますとも~!精霊の愛し子、イズミ嬢に会えるなんて感無量!是非とも精霊のこと、いや、異界のことをお聞かせください~!…黒の魔女!早くこの世界から出ていけ!諸悪の根元め、早々に消え失せろ…じゃな~い!!ボクは、また?!」
「こいつは本当にうるさいな」
「そんなこと、始めからわかっていたことです。なぜこの場に呼んだのですか…わたくしは反対しましたでしょう?お父様」
「ちょ、ちょっと待ってロゼ!」
相変わらず何かを叫びながら頭を抱えているスヴェンをまるっと無視して、凛はローゼリアに詰め寄った。
「いま、お父様って…」
「凛は聞いてなかったの?」
「うふふ。怒らないでくださいなセシル様。リン様を驚かせたかったのです。サプライズってやつですわ」
ローゼリアは柔らかく微笑みながら小さく凛に頭を下げた。
「わたくしは、アルヴァ国王女、ローゼリア・アルヴァです。私の父は、グレン・アルヴァ聖下。そして彼は、私の双子の弟なんですの」
ローゼリアの視線に促されてエドワードが小さく頭を下げた。
「…アルヴァ国王子…エドワード・アルヴァ、です…」
ポカンと口を開けた凛は、信じられない思いでローゼリアとエドワードを何度も見比べた。
「お、王女?王子…?」
「黙っていて申し訳ありません。リン様には、立場を気にせずありのままで接してほしかったので…わたくしとエドワードは身分を偽っていたのですわ」
目を伏せ、小さく「ごめんなさい」と呟くローゼリアと、こちらも申し訳なさそうに俯いたエドワードに、凛は慌てて声をかけた。
「あ、謝らないで!確かに、ちょっとビックリしたけど…ロゼもエドも私を思ってしてくれたことだって分かるから。…こちらこそ、いままで通り、この話し方で大丈夫?」
「まあ…!リン様お優しい…是非ともそのままで居てくださいな!私たち友達でしょう?」
「…うん、友達…」
二人に笑顔が戻り、凛も気持ちがほっこりと暖かくなる。
…ふと疑問が湧いた。
(ってことは、ロゼとエドは聖王様の子供で…私への恐怖心とかが無いのも、聖王様と血が繋がってるから…?)
「凛?」
セシルに声をかけられ、凛はハッと我に帰った。
「そ、そういえば、二人はあんまり似てないね?」
「ええ。よく言われます。わたくしはお母様似で、エドワードはお父様似なんですのよ」
「そうなんだ…その、お母さんは?」
部屋を見渡してもメイドと見知った人しかおらず、ローゼリア達の母親らしき人は見当たらない。
「星になりましたわ。わたくしとエドワードを産んですぐに」
ローゼリアの言葉に、凛は思わずあっと口を押さえた。
「私の妻はローゼリアと瓜二つでな。儚げな見た目とは違い、気が強くて、それでいて気遣いもできて…いい女だったよ」
どこかなつかしむように微笑んだグレンはステーキをパクッと口に含んだ。
「姿絵がありますの!良ければ今度ご覧になりませんか?」
「…うん。リンに、見てほしい…母上、とても…綺麗だから…」
「ありがとう…楽しみにしてるね」
柔らかく微笑むローゼリアやエドワード、グレンを見て…辛い母親の死を受け止め前を向いている姿にとても心が暖かくなる。
それから皆で和やかに談笑し(一部騒がしい人が相変わらず騒がしくしていたが)、食後のお茶も終わるとグレンが立ち上がり凛をそっと立たせた。
「部屋まで送ろう」
「あ、ありがとうございます…?」
このまま退出していいのかと悩み、ちらりとセシルに視線をやると、彼はにこやかに微笑みながら小さく手を振った。
セシルの背後ではルークやメアリとルナがなんとも言えない微妙な顔をしながらこちらを見ていたが、凛は手を引かれるまま部屋を出た。
「ククッ…あのセシルの顔…私とお前に関わりがあったことに相当驚いたようだな」
「まあ、本来ならこの食事会で初めましての挨拶をする予定でしたから…予定が違っていたことに驚いたんだと思います」
「どうだかな」
部屋の前に着くと凛は送って貰ったこと、ドレスを用意してもらっていたことを思いだしグレンに頭を下げた。
「あの、このドレスと食事会のエスコートと…私の都合に付き合う時間を下さって、ありがとうございます」
「気にするな。すべて私が勝手に提案したものだ」
「それでも、ありがとうございます。私に色々と知る機会を与えてくれたのは、聖王様だけですから…知りたいことが多すぎてあなたを困らせるかもしれませんが」
「ふむ…では、まずはお前に課題をやろう」
グレンの手の平の上に小さな半透明の立体模型のようなものが現れた。
聖王城のあるアルヴァが左端、大きな森…おそらく黄泉の森であろうそれは右端にあり、その黄泉の森の隣に半円のドーム型をした物があった。
「これは?」
「この半円がお前の通うソルーナ学院だ。ここは特殊な結界が張られていて昼と夜の時間が半分になるように調節されている。…アルヴァとリスティア、両方の生徒の公平を期すための措置だな」
「なるほど…」
「この学院を調べるといい」
凛は模型から顔をあげると顔に疑問符を浮かべてグレンを見つめた。
そんな凛を見てフッと笑うと、グレンは少し悲しげに目を伏せた。
「この世界はな…かなり前から少しづつ、確実に歪んできている。だが、それに誰も気づけない」
「歪み、ですか」
「お前なら気付けるだろう。そうだな、ヒントをやろう」
ニヤッと悪い笑みを浮かべるとグレンは凛の耳元で小さく呟いた。
「この学院ができたのは、セシルが異界に旅立って少ししたとき。この世界では三年前だ」
「はあ…?」
グレンは凛のポンポンと凛の頭を叩くと「次の月影の日は二十日後だからな」と言って手をヒラヒラと振りながら去っていった。
「全然いみわからん…」
思わず呟いた言葉は誰に聞かれるでもなく、窓から聞こえる波音に掻き消された。




