エフィロス王国 7
『勉強になったか?』
「う、うーん……最後の方見えなかったし……それより、さっきはごめん」
『何が?』
「シャイトと一緒にして」
『あぁ………うん』
その、歯切れの悪い返答を聞きながら、深青は横でお座りをしているシロに視線を移す。
瞳は何か、憧れの様なものを映している、キラキラと輝いている瞳だった。
あんな化け物じみた戦闘を目にしときながら、憧れを持つとは……さすがシャイトのペットになるだけはあるぶっ飛んだ奴だと、失礼なことを考えながら、再びシャイトに視線を戻すと、レミルの頬を叩き、起こそうとしているところだった。
「シロ、行こう」
深青はシロの背中に跨り、シャイトの元に駆け寄った。
☆
「おーい……生きてるかー?」
シャイトはレミルの頬を叩いて起こそうとするが、起きる気配すら感じられない。
「永眠したか……火葬、土葬、どっちが一般的だっけか」
云々と唸った後、シャイトは頭の上に豆電球を光らせて、土を掘っていく。
それを横目で確認したレミルは、慌てて飛び起きる。
「何本当に死んだと思ってるんです!? 生きてますよ! ちゃんとバイタル測ってくださいよ!!」
「え、死んでなかったの?」
「え、えぇ……超真面目な顔で言うのやめてもらえますか……お願いします、本当に。それから、土の中に埋めてから魔法で焼くのが一般的ですよ」
はぁ……と、大きな溜息をつきながら、シャイトは天狐化を解いた。
顔から赤色のラインが薄くなって消えていき、頭の上に生えた耳や臀部あたりに生えたもふもふの尻尾も消えて行く。
もふもふ尻尾が徐々に消えていくところを見たレミルは、一瞬だけ名残惜しそうな顔をしたが、すぐに元のテンションに戻る。
「そ・れ・よ・り! なんでこんな美少女が寝てるのにキスしないんですか!? 普通は、王子様がキスして起こすところでしょう!?」
「いや、俺、王子様じゃないし……御伽噺の世界じゃないんだから。それに、もうそろそろ大人になろう?」
「その本気で心配する目で見るのやめてくれません!?」
レミルはシャイトにそんな目で見るのをやめろと言っている時に、後ろから猛スピードで近付いて来る物体に気づいた。
さすがこの世界のトップ7に入る実力の持ち主だ。すぐに思考を戦闘のそれに切り替えて、腰に帯剣している愛剣を鞘から抜きながら、飛び下がる。
シャイトが見た限りでは、その身のこなしはシャイトが教えたものではない。どこかの流派のものかと思ったが、シャイトの知識にあの流麗な身のこなしをする流派はない。とすると、ここ100年余りの内にできた流派かと問われると、首を捻るしか出来ない。流派というものは、何百年、何千年という年月をかけて磨かれるものなのだ。
シャイトがそんなことを疑問に思っていると、それがレミルに伝わったのか、短く「我流です」という答えが返ってきた。
「我流をここまでの域に到達させるか……すごいな」
その声に対する返答はない。
レミルの脳は、完全に戦闘状態に移っている。
そんな一部だけピリピリした空気の中に、やけに状況の理解できていない声が聞こえる。
「無事だった?あ、いや、心配するだけ無駄か」
シロの背中に跨った深青である。
「私はか弱い女の子なんだから、そこは心配して!」
「七剣人の一人をか弱いと言うのは無理がある。お前がか弱くなったら世界中ほとんどの人間が超絶か弱いの存在になり下がるぞ?」
「そうだよ、レミルさんがか弱くなったら私はなんなの?」
レミルはシャイトと深青の言葉に、言葉を詰まらせる。
「そ、それは謝罪します。あ、あと、深青ちゃん、さん付けしなくていいよ。呼び捨てで構わないから」
「じゃあ、私もちゃん付けじゃなくていいですよ」
そんな風に話がまとまったところで、シャイトはどうやって馬車に追いつくか意見を乞うが、シロと言う便利な乗り物は一頭しかいない。
「めんどくさいが、捕まえるか」
そうしてシャイトがもう一頭足の速いやつを探しに行こうとして、足を止めた。目の前にシロが立ちはだかったのだ。
「どういう了見だ?」
シロはシャイトの軽い威圧にプルプル震え、涙目になりながらも、自分の意見を話す。
「|ガウガウ、ガウガウ(三人くらい行けますよ)!」
「そんなにまでして俺に捕まえて欲しくないのか?」
「|ガウ(そりゃ当然です)!」
理由はわからないが、シロは捕まえて欲しくないらしい。同族意識でも働いたのかもしれない。
シャイトはそんな見当違いのことを考えながら、思案する。
ここから馬車が止まっているであろう場所までは一キロもないだろう。シロの巨体ならば三人くらい余裕そうではあるが、非常時の事態に対応しづらくなるだろう。
ならば、
「レミル、深青の二人はシロに乗れ。俺は走る」
「走る?」
「うん、シロは三人くらい乗せられるって言ってるけどな」
レミルはシャイトが動物と言葉をかわすことができることを知っているので、その言動に余り驚きを見せなかったが、深青は違った。
「動物と喋れるんですか?」
「正確には魔に関連した動物に限られているが……まあ、そうとってくれて構わない」
シャイトは元が妖怪や怪異と呼ばれる存在な為に、魔に通ずるものであればなんでも会話が可能だ。
端的に言えば、普通の動物との会話は無理だが、魔物とならできる。
「で、走るってどうやって?」
流石のシャイトでも、サーベルウルフに勝るほどの速度を走って出すことは出来ない。
しかし、それはこの状態の場合だ。
レミルの問いにシャイトは頷きながら答える。
「変身する」
その簡素すぎる答えに、深青とレミルは反応が遅れる。
「「どうやって?」」
二人同時に聞き返すと、
「こうやって」
またもや簡素な答えを返す。
しかし、先程とは違い、何かしらの行動を起こす。手を地面につけて、四足歩行の真似をし、シャイトの体が膨れ上がる。
肌のあらゆるところからふさふさの毛、尻尾が九本、頭部には狐耳らしきものがピョコンと可愛らしく生えた。
元々着ていた服は、フサフサの毛に隠れた時点で素早く脱いで腰あたりに巻き付けてある。
『わかった?』
狐の顔をレミルと深青に向けながら思念を送る。
この獣の姿ではうまく喋ることが出来ないので、妖術の高等テクニックを使用して思念を飛ばしているのだ。
「すげぇ」
レミルは素直に驚いていたが、となりに立っている深青はどうやら違ったようだ。
目をキラキラさせながらシャイトに近付き、その体に触れる。
「フワフワァ〜〜……めっちゃ可愛いし癒されるわぁ」
どうやらこういう系統に弱いらしい。
「乗っていい?いいよね?ねぇ、いいって言って」
深青はシャイトの体に頰づりをしながらそう頼み込む。が、人に何かを頼む姿勢ではない。シャイトは“断る”という意思をそっぽを向いて示したのだが、深青には逆方向に出た。
「可愛い〜〜〜っ♡」
シャイトとしては、この仕草のどこが可愛いのかわからないが、価値観は人それぞれだ。
断るという意思を今度は仕草だけでなく言葉にして深青に伝えたのだが、反応は先程とはまた別の意味で喜ばれてしまった。
――深青は見かけによらず、Mなのかもしれない。
人は見かけによらないものだ。と一人で結論を出していると、再度深青からの背中に乗せてコールが始まった。
今のシャイトの体長は普通より大きめのライオンくらいだ。乗れるとしても人一人が限界である。
「ねぇ、お願い!一生の3000分の1のお願いだから!」
『何回一生のお願い使うつもりだよ……』
「お願いすることの重さによって決まるけど、100回くらいは考えてます」
ドヤ顔を見せてくるが、ドヤ顔を見せる場所を間違っている気がする。
『面倒って言ったら?』
「無理矢理乗る!」
『乗せたくないって言ったら?』
「無理矢理乗る!」
『深青のことが嫌いだから乗せたくないって言ったら?』
「え、…………深青のこと嫌いなの?」
ここだけ小動物のような可愛さを出し、さらには上目遣いで涙目にまでなっている。
これを前にして、断り切れる男がいるだろうか?|Answer(答え)、女性恐怖症の方以外はいませんっ!!!
シャイトは声を大にして叫びたい。
――卑怯すぎる!
結局、シャイト(九尾)の背中に深青が乗り、シロ(サーベルウルフ)の背中にレミルが乗ることで落ち着いた。
ただ、不満そうな顔をしたのがいたが……ここでは明記しないでおく。
☆
品の良い高級品が並び、しかし、心地安らぐような……そんな空間の中に、女三人が座っていた。
――葵、フィル、レミルに姫様と呼ばれたエルフの少女三人である。
エルフの少女が馬車前方に座り、その対面に葵とフィルが座っているような構図になっている。
「助けていただき、誠にありがとうございます」
葵とフィルの対面に座るエルフっ子が深々と頭を下げる。
姫様と呼ばれたことから地位の高い人だと簡単に予想がつくが、その地位を鼻にかけない性格をしている。
好感が持てる人物だ。
葵も少女につられて頭を下げる。
隣に座るフィルは頭を下げる葵を不思議そうに見ていた。
日本人の性なのだろうか……。
「それで、レミルからは“師匠”と聞いていますが………三大英雄の“妖狐”様で合っているのでしょうか?」
「それで間違いありません」
フィルが余所行きの言葉遣いで少女の問いに答える。
その答え方を聞いた葵は、フィルのことをまじまじと見つめ、最後に肩をすくめて“ないない”と言うように首を振った。そんなふざけている葵を無視してフィルは続ける。
「ところで、“様”というのは? いくらなんでも一国の姫君が一個人に対して使う敬称ではないと思いますが」
「いいのですよ、三大英雄ともなればその権力は一国の王に匹敵します。なので、これでいいのです」
エルフの姫様もレミルと話している時のフランクな口調では無く、今は余所行きの口調だ。二人ともそれに気が付いたのか、同時にクスリと笑う。
その二人についていけなかった葵は、いつのまにか音も立てずに外に行き、クロと戯れている。
「これだと話しづらいですね、いつもの口調で構いませんよ」
「それはこちらも言えることですね」
そして、再度上品に笑う。
何故、そんなに笑うのか葵には分からなかったので、クロと周りの哨戒に出た。
ここで動物でも狩って、腹ごしらえでもしようとしたのか、哨戒に出る前に即席の石造りのかまどが出来上がっていた。
「私の名前はミリヤ・フォン・アレイス・エフィロス。長いから気軽にミリヤって呼んでね。これでも一応、エフィロス王国第五王女やってます!ちなみに、継承権十六位です」
あ、誕生日だ……。




