第23話 交錯する狂気と謀略――潰えた平穏、悲劇の抱擁と神剣の咆哮
闇ギルドの暗く湿った地下室。元ギルド長のゲルダは、集められた精鋭の殺し屋たちとともに、対『首斬り』の必殺の作戦を練り上げていた。
イゾルフが持つ神剣――天之尾羽張は、持ち手に向けられる微かな「殺意」や「敵意」を鋭敏に感知し、相手が身構える前に首を断ち切る。真っ向勝負では絶対に勝てない。
ならば、どうするか。
「殺意を極限まで殺し、ただ『無心』で剣を振り下ろす奴を、感知できない遠方から首斬りの目前へ直接転移させる……これしかねえ」
ゲルダが見つけ出した解答は恐るべきものだった。
問題は、他人を特定の場所へ高精度で転移させられる希少なスキル保持者の存在だ。だが、運良く闇ギルドにはその超絶な転移術を操る一人の女性殺し屋が潜んでいた。
しかし、空間転移には絶対的な「目印」が必要となる。生半可な魔法の印や物体では、神剣の超感覚に勘づかれ、転移の瞬間に返り討ちに遭う。
そこでゲルダが目をつけたのが、イゾルフの幼馴染である少女、エリスであった。
すでに暗躍させていた別の女性刺客をエリスに近づけ、親しい友人として信頼を得させておく。そして、エリスの誕生日に合わせ、魔力を帯びない精巧な「目印付きのアクセサリー」を言葉巧みにプレゼントし、その場で身に着けさせる。
幼馴染と再会すれば、二人は必ず至近距離まで近づく。その一瞬を狙うのだ。
「転移のタイミングは一回きりだ。勇者が無心で大剣を振り下ろし、その刀身がイゾルフの肉体に達する『まさにその瞬間のコンマ一秒』に転移を合わせる。失敗すれば命はないぞ」
ゲルダの脅しに、勇者アサギと女性殺し屋は冷や汗を流しながら、何度も、何度もその必殺のタイミングを身体に叩き込んだ。機械のように無心で素振りを繰り返すアサギ。その振り下ろしの軌道に寸分の狂いもなく転移を重ねる女。繰り返された絶望的な練習の末、その連携はついに百発百中の精度へと昇華された。
◇◇
本来であれば、イゾルフたちはすでにドワーフの王国へ到着しているはずであった。しかし、八百人以上の命を奪い、心を激しく病んでしまったイゾルフを気遣い、ドワルドたちは近くの静かな街で彼を療養させていた。
ゲルダはこの情報を速やかに察知していた。
エリスと親しくなっていた闇ギルドの女は、誕生日にプレゼントした美しいペンダントをエリスの首にかけさせると、優しく微笑みながら囁いた。
「エリスちゃん、実はね……イゾルフ様が近くの街で体を休めているらしいわよ。会いに行ってあげたら?」
「本当ですか……!? お兄ちゃんが……!」
エリスは歓喜に目を輝かせ、ペンダントを身につけたまま、着の身着のままでイゾルフの滞在先へと駆け出した。
静かな療養所の庭先。力なく椅子に腰掛け、空虚な目で空を見上げていたイゾルフの視界に、愛しい幼馴染の姿が飛び込んできた。
「お兄ちゃん……! お兄ちゃんッ!」
「エリス……? どうして、ここに……」
光を失っていたイゾルフの瞳に、わずかな温もりが宿る。走り寄ってきたエリスは、泣きじゃくりながらイゾルフの胸へと飛び込み、力いっぱい抱きしめた。イゾルフもまた、震える腕で彼女の背中を優しく包み込み、深く抱き合った。
まさに、その感動の再会の瞬間――。
二人の抱擁の隙間に、時空が歪んだ。
『無心』で巨大な刃を振り下ろす勇者アサギの姿が、寸分の狂いもなく空間から出現したのだ。
ズバァンッ!!
感情を殺した無機質な一撃は、イゾルフの背中からエリスの身体ごと、二人を容赦なく一刀両断した。
鮮血が花火のように飛び散り、抱き合ったまま崩れ落ちるイゾルフとエリス。
しかし――神剣天之尾羽張は、持ち手が絶命したその刹那、あまりにも遅すぎた「殺害の事実」を認識した。
神威の刃が狂乱とともに閃く。
首を叩き斬られた勇者アサギの頭部が空を舞った。相打ちである。
だが、抱き合ったまま冷たくなっていくイゾルフとエリスの骸を前に、天之尾羽張の激怒と絶望は限界を超えて爆発した。
『オオオオオオアアアアアアアアアッッ!!』
神剣から放たれた目も眩むような神聖なる殺意が、世界を揺るがす。天之尾羽張は転移の波長を瞬時に逆探知し、遠く離れた隠れ家に潜んでいた犯人たちを突き止めた。
ドカンッ!!
天から降り注いだ神罰の雷光が隠れ家を直撃し、転移術を使った殺し屋の女も、黒幕として高笑いを浮かべていたゲルダも、叫ぶ暇すら与えられず一瞬で黒焦げの灰となって死に絶えた。
だが、悲劇はそこで終わらなかった。
雷光が収まったその刹那、イゾルフの死体の傍らに、この世界の「神」が降臨したのだ。
この世界の神は、あまりにもチート過ぎる、神々すら殺し尽くす天之尾羽張の存在を恐れ、警戒し続けていた。だからこそ、神剣が復讐の神力を使い果たし、さらに持ち手であるイゾルフが死んで実力を発揮できなくなる「この瞬間」をずっと待っていたのだ。
神は容赦なく結界を張り、天之尾羽張へ強い封印の呪言を叩きつけた。
『うおおおおおおおお! この世界の神かッ! 見てろよ! いつの日か絶対に貴様を殺してやる!!』
抑えきれない怒りに咆哮を上げる天之尾羽張。しかし、その声は次第に悲痛な泣き声へと変わっていった。
『イゾー! いや、イゾルフ……すまない……! 我が持ち手に選んでしまったばかりに、大好きな鍛冶もできず、心まで病ませてしまった……! すまない、イゾルフ……っ!』
深すぎる後悔の涙を流しながら、天之尾羽張は神の力によって深く閉じ込められていく。
人知れず、街から離れた小さな村の外れ――首斬りの塚として、イゾルフの遺体とともに、天之尾羽張はこの世界の神の手によって永遠の封印に就いたのであった。
◇◇
――そして、幾年もの月日が流れた。
静まり返った塚の奥底で、固く閉ざされていた神剣の瞳が、静かに開く。
止まっていた時が動き出し、天之尾羽張が再びこの世界に蘇る刻が訪れたのだ。
ー( 完 )ー
この話の続きは
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