3.8.21
コユルギの処置は、治療というよりも介抱だった。
奥の扉が閉じられ、ときおりマスターの妻やヒミコが出たり入ったりを繰り返している。
シチリは入ったまま出てこない。
男達にできることは、なにも無さそうだ。
時間帯か、悪天候のせいか。
酒場の客は、オレ達だけだった。
テーブルの椅子に腰かけ、オレ達もひと息つく。
「ヒミコちゃんストロングエールね……」
テーブルに突っ伏したヘロヘロのクラゲが、エールを注文する。
コユルギの介抱で忙しそうなヒミコからの返事は無い。
代りにマスターがエールのジョッキを運んできた。
テーブルにドスンと、ジョッキを降ろし、何も言わずに去ろうとする。
オレはコイン袋に手を突っ込み、銀貨を1枚。
マスターを呼び止めて、コインを親指で弾き飛ばした。
「しばらく貸切る」
銀貨はエール100杯分。
コユルギの入院代も込みだ。
マスターがコインを掴む。
そして、何も言わずに背を向けて、厨房へと戻っていった。
エールを喉に流し込む。
雑味のあるドロドロのパンの酒。
慣れればクセになる、久しぶりの、この店の味。
しばらくするとヒミコが、皿を持ってくる。
「雨なのに大変だったね」
言いながらテーブルに皿を置く。
香り豊かな香草が添えられたソーセージが6本。
ヒミコに尋ねる。
「コユルギの具合はどうだ?」
「あのお姉さん、コユルギさんて言うんだね。
けっこう危なかったみたいだけど……
明日には歩けるようになるんじゃない?」
「危なかった?」
「冷え切ってたからね。
あと少し遅かったら……
あ、でもね、
服を取り替えて、カラダを拭いて、
今は少しづつ温かくしてるよ」
「必要なものがあれば言ってくれ」
「うん。ところでコユルギさんて……ソウジの彼女?」
「なぜそうなる……」
「ときどきうわ言で呼んでるよ?」
「違うよ。こいつの思い人だ」
テーブルに突っ伏して寝息をたてているクラゲに視線を投げる。
「え~、ウソでしょ? あんな綺麗な人に?」
「くやしいか?」
「うっふふ、ぜんぜん。でもなんか少し不憫って言うか……」
「ん?」
「勝ち目なさそう……」
ヒミコが、オレとクラゲを交互に眺める。
最後にアルクに視線を流した。
「わたしはアルクさんがいいかなぁ~、前に来た時は盗賊みたいだったのに、今日はなんか、お貴族様?」
「おやおや……申し訳ありませんが、私は既婚者ですよ」
「え~っ! そうなんだっ! 奥さんは、どんなひとですか~!」
「おい! ヒミコ!」
「あっ、はーい!」
マスターによばれて「またあとでね」と言い捨てて、ヒミコが立ち去っていく。
「お若いのに、賢い娘さんですね。あれは手強い女性になりそうです」
「……ああ、そうだな」
「これから、どうするんですか? ソウジさんは?」
「記憶の回廊を開ける……そのあとは不明だ」
「不明ですか……未定ではないのですね」
「ああ、おまえの望みは、まだ聞いてやれない」
「構いませんが。そうですねぇ……しばらくどこかに泊めてもらいたいのですが……」
「オレの寝床はムリだ。オレしか中に入れない」
「ああ、おやしろとかいう……?」
「まぁな。アルクの国にはあるのか?」
「おやしろ……
とは呼ばれていませんが。
誰も入れない敷地が、王都の外れにあります。
中に建物があるのですが、半ば朽ち果てています」
「入れないとは?」
「入ろうとすると、膜のような感触の何かに阻まれるようです」
おやしろと同じだな。
そこも、かつてのプレイヤーの居住地だったのだろうか。
「伝承では、かつてのバイスタンダーか、あるいは鬼人の邸宅だったのではないかと、言われていますね」
まぁ、オレには関係ないな。
ソーセージをひとつ摘まんで、口に入れる。
ハーブの香りが効いた表皮を嚙みちぎると、仄かな肉汁が広がる。
「少し用事があるので出かける」
「この雨の中をですか?」
「ああ、その後は、おやしろに戻って寝る。だから、自由にしててくれ」
「わかりましたが……どこかへ行くときは教えてくださいね」
立ち上がって、一度アルクの顔を見る。
珍しく、不安そうな顔をしている。
何も言わずに席を立つ。
ズタ袋から鍋だけ取り出して厨房へ。
入り口の台に鍋を置き、人差し指で弾いて「コンコン」と音をたてた。
奥にいたマスターが振り向くと、手のひらをスッと掲げた。
酒場を出る。
雨の勢いは少し弱まっていた。
歩いて十数分。
向かう先は、ニシカタの家だ。
扉の前に立ち、ノックする。
開けたのは、モトだった。
「わたしびと様! おかえりなさい!」
その声を聞いて、家の奥から、ヤマも駆けてきた。
「ニシカタは居るか?」
ふたりに案内されると、ニシカタは台所で野菜を洗っていた。
収穫された野菜なのだろうか。
台所には、大量のネギやキャベツが山積みになっている。
「ソウジさん! こんなあばら家に、ようこそおいでくださいました」
「シチリを、カタセ村まで連れて来た。いまは酒場にいる」
「な……なんと仰いましたか……」
「孫娘と一緒だ。身寄りもなく不便だろうから。おまえが支えてやってくれないか」
「も……もちろんです……」
「近々、記憶の回廊を開ける。その時も頼む」
長話をするのも面倒だ。
適当に会話を切り上げて、ニシカタの家を離れた。
次は、イナムラの家へも、と思ったが、さすがに疲れた。
そのままおやしろへと向かう。
再び歩いて十数分。
雨が小ぶりになっていく。
おやしろのポーチに辿り着く頃、辺りは薄暗くなっていた。
ログインデバイスを叩き出す。
『 ELAPSED 03:05 』
ニフィル・ロード滞在日数は……12日くらいか。
ログインしたのは、10時頃だったから……
ログアウトすると13時。
未希の話では、10時間くらいまでなら、ログアウト時の眩暈も、大したことはないらしい。
まだまだいけそうだ。
オレは雨に濡れたまま、おやしろの中へ。
密閉されていた工房に湿気は感じない。
その部屋の中を、水滴を垂らしながら歩く。
2階にあがり、装備やマントを降ろす。
棚の上に畳まれている、虫食いだらけの袴をひとつ掴んで梯子を降りた。
工房のハンガーにかけられた袴は、50年経っても形を保ったままだ。
オレの持ち込んだ水滴で、虫食いだらけにしたくなかった。
だから、ボロボロの袴を雑巾替わりに、床に落ちた水滴を拭き取る。
2階に戻り、跳ね床を降ろす。
濡れたズボンや上着はぜんぶ脱ぐ。
肌着だけの状態で、ベッドに寝ころんだ。
この世界用に、着替えとか買っておいたほうがいいのかな……
などと思いながら目を閉じる。
眠気は、すぐに全身を覆った。
…………




