3.8.20 - クラゲ
雨は翌朝になっても降り続いていた。
旅支度を整えはしたが、雨はやみそうにない。
「どうしましょうか……」
アルクが呟く。
「カタセ村まではあとどのくらいだ?」
「遠くはねぇぞ。晴れてりゃ昼前に着く」
そう答えたのは、クラゲだ。
「やむと思うか?」
「う~ん……まぁだしばらく降りそうだなぁ」
「食糧はあとどのくらいある」
「念のため、少し残していますが、全員1食分はありません」
シチリの顔を見る。
表情からはなにも読み取れない。
コユルギは……まったく分からない。
少し寒そうだ。
焚火はまだ燻っているが、火は消えている。
「行けるか? シチリ?」
「ええ、たったの半日ですし」
「なら、行こう」
オレ達は、ブナの枝葉の下から、雨の平原へと踏み出した。
そして、カタセ村へと向かった。
歩き出して、しばらくは何もなかった。
「ここからなら最短で行ける」
と言うクラゲを先頭に、オレ達は進んだ。
異変を告げたのは、最後尾のアルクだった。
コユルギの脚が止まり、シチリに支えられていた。
近寄り、腰を落としてコユルギの顔を見る。
血の気の引いたコユルギの顔は、紫色の唇が目立つ蝋人形のようだった。
焦点も合わず虚ろな瞳。
肩が小刻みに震えている。
「コユルギ……」
シチリが心配そうに眺めている。
「心配すんな、まだ大丈夫だ」
言い切ったのは、クラゲだ。
「この辺で焚火を起こせる場所はねぇ、村まで行っちまったほうがいい」
「コユルギはどうする」
「ソウジ……おぶってやれ」
そうだな。それがいい。
コユルギだけなら体重は軽そうだ。
「そうしよう……だが……」
アルク、クラゲ、順に視線を送る。
最適な人選。
「おまえが背負え。クラゲ」
「え……オレ?」
「万が一、襲われたとき、オレとアルクは戦う必要がある。おまえはコユルギを背負い、シチリを先導して、安全なところまで逃がせ」
「お……おう、そうか。そうだな、それならおれは、遠慮なく逃げられるぜ」
言うと、クラゲは羽織っていたマントを外した。
背中の布地は、まださほど濡れていなかった。
オレとシチリでコユルギを支え、クラゲに背負わせる。
「冷え冷えじゃねぇか……寒かったんだなぁ、ごめんな」
コユルギの体温を背中に感じたクラゲが言った。
「マントは、上からコユルギちゃんに被せてやってくれ」
背負われているコユルギの上から、クラゲのマントを被せた。
雨を吸ったマントは、鉛のように重い。
「いけるか?」
「おうよ。こんくらいなんともねぇ。
にしても、軽いなぁコユルギちゃんは。村についたら、暖かいもん、たっぷり喰おうぜ」
軽いとはいえ、その体重とマントが2枚。
布団に包んだ女性を背負い、雨の中を歩くようなものだ。
「辛かったらあとで、変わってやる」
「もうお断りだぁ、ソウジ。
こんないい荷物、おまえなんかにはもう譲ってやらねーよ」
「そうか。っフフ、なら急ごう」
「おう。村はもうすぐだ。コユルギちゃんもがんばれ」
コユルギが頷いたように見えなくもない。
オレ達は歩き始めた。
シチリはクラゲの後ろから、コユルギを支えながら歩いた。
そしてようやく、村の耕作地に続く道に入る。
遠く雨の幕の先に、住居と煙も見えてくる。
「大丈夫かクラゲ」
クラゲは何も喋らなかった。
首筋に血管を浮かび上がらせ、荒い呼吸を繰り返している。
その背中で、微かな意識を漂わせているコユルギ。
シチリは返答のないコユルギに、暖かいスープやシチューの話を繰り返している。
「アルク、先に酒場へ行ってマスターに伝えてくれ」
「わかりました。おまかせください」
アルクが駆け出していく。
オレにできることは、荷物を持ってやることくらいだった。
耕作地を抜けて、住居が立ち並ぶ村に入る。
あと少しだ。
草地よりも、ぬかるんだ道路の方が歩きにくいのだろうか。
クラゲが慎重に、確実に、足を地面に下ろし進んでいく。
そして、酒場が見えた。
オレ達を見て、大男のマスターが駆けてくる。
エプロンを付けたクマが、腕を振って二本足で走っている。
「あとは任せろ」
辿り着いたマスターが言った。
背中のコユルギを、2枚のマントを被せたまま両手で抱え上げた。
そのまま酒場へと駆け戻っていった。
クラゲはその場で膝を落とし、雨に濡れた地面の上に両手をついた。
「シチリも先に行ってくれ」
シチリが呆けた顔で、走っていくマスターを眺めている。
遭難した船の上で、陸地でも見つけたかのような顔。
我に返ったのか、シチリも酒場の方へと走りだした。
残ったのはオレと、泥水の上で、四つん這いになっているクラゲ。
オレは腰を屈めて、そのクラゲの背中に手を置いた。
その背中は、湯気が立ち昇るほどに熱かった。
コユルギも、さぞ暖かかったことだろう。
「なんとかなりそうだな」
「おおぅ……おれの未来の嫁さんだ。死なせるわけにゃいかねぇ」
「立てるか」
「すまねぇ、ちょっと手ぇかしてくれ。実は脚も腕もパンパンでよ……動かねぇ」
オレは、クラゲを肩に抱えて、酒場へと歩き出した。
「でもなぁソウジ……コユルギちゃんはよう……」
「ん?」
「おまえに惚れてるみてぇなんだよ……」
ッフフフ。
「笑うなよ……深刻だぜこりゃ」
「バカなこと言うな、オレは渡し人様だぞ。庶民の小娘なんかに興味はない」
「……ヒデェ……ソウジはヒデェ……」
「だからな、コユルギはおまえが守れ。頼むぞ」
「おっおう……じゃあおまえも手を貸せ。次は、おまえがコユルギちゃんを襲って、おれが助ける」
「今、貸しただろ? 雨の中の逢引きはどうだった? 楽しかったか?」
「……あのままふたりで……死んでもいいやってくらい、楽しい時間だったぜ」
クラゲに肩をかしたまま、酒場のドアを抜ける。
中は程よく暖かかった。




