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3.8.16 - いってらっしゃい


 翌朝。


 朝早くにアルクを伴って、シチリの家へ。

 欲しいのは、家の権利証書だった。


 その会話は、アルクとシチリに任せる。

 アルクなら、上手くやる。オレ以上に。


 オレはコユルギを手招きして、旅の準備に不足は無いかと質問した。


 コユルギにとっては、初めての長旅だ。

 聞かれても分からないだろうと思ったが、昨夜のうちにシチリと準備は済ませたようだ。


 旅用のマント、革水筒、上着。

 それと、女性でも長旅に耐えられるようにと、木靴の備えまでできていた。

 元々この家も、それなりに裕福な家族だったのだろう。

 旅の装備は揃っていた。


「出発は、今日の正午だ。時間になったら迎えに来る」



 そこで、ひとまずシチリの家を離れた。

 アルクは権利証を持って、役場へ。

 オレは宿へ戻る。


 部屋に居たクラゲに話し掛ける。


「オレとアルクは、今日の昼にカタセ村へ戻る。おまえはどうする?」


「どうするって言われてもなぁ……まだ、嫁さんみつかんねぇよ……」


 どれだけ時間を掛けようが、あまり変わらないと思うが……

 女性2人を連れた長旅だ。

 男手が増えるなら、クラゲも連れて帰りたい。


「せめて見送りには来い」

「わかったよ」


 コユルギの存在に賭けよう。


 それから、オレも簡単な身支度を整える。

 臭いマントを羽織り、鍋を入れたズタ袋を肩に掛ける。

 乾かした革水筒を宿の厨房で洗浄してもらう。

 最後に、エールを注いでもらう。


 宿を出ようとしたところで、アルクが戻った。

 アルクも、旅の身支度を手早く済ませる。


「私は、食糧を購入してきます。門で落ち合いましょう」

 そう告げて、先にアルクが宿を出た。


 クラゲを伴いシチリの家へ。

 戸を叩き、中へ入ると、2人はマントを羽織り、テーブルに腰かけていた。


「……この家ともお別れね……」


 シチリが表情もなく呟いた。


 その言葉の重み。

 考えまいとしても、勝手に浮かび上がってくる。

 シチリがこの街、この家で過ごした40年という歳月。

 それを捨てる。

 持ち出せるのは、旅の装備と、孫娘のコユルギ。


 手を添えているテーブル。

 その向かいにある椅子。

 食器、窯、壁のへこみ、焦げ跡。

 そこにある記憶、思いに、どんな感情が残されているのか。


 オレには分からない。

 踏み入るつもりもない。

 理解する必要もない。


 ただ、少しだけ、背中を押してやろう。


「落ち着いたら、また、来よう」


「……そうですね」


 家を出る。

 オレが先にでて、次がコユルギ。

 シチリが最後に家を出て、扉を閉める。

 扉から手を離さないシチリがまた呟く。

 万感の思いを込めたかのように。



「いってきます……」



 建物からの返事は無い。

 


 少し離れたところにクラゲ立っていた。


「ソウジ……おれも帰るぜ……」


 クラゲの視線の先。


 垢を落とし、陽を浴びた長い髪の艶をきらめかせるコユルギ。

 ガリガリに痩せてはいるが、そのスラりとした姿が、コユルギの輪郭を、より美しく魅せている。


 その女性と、これから6日間の旅。

 クラゲが、この機会を見逃すはずが無い。


「門だよな。先に行ってろ。すぐに追いつくからよ」

「ああ。わかったよ」


 クラゲが、宿の方へと駆けていく。

 シチリと、コユルギが、無表情でそれを眺めていた。


「あいつは、旅の案内役だ。よろしくな」


 重苦しい空気を、クラゲが濁して走り去っていった。


 おかげで、次の足取りは軽かった。

 オレ達は、門に向かって歩き出した。


 シチリとコユルギが後ろを振り向くことは、もう無い。



 先に門に着いたのはオレ達3人。


 少し間を置いて、クラゲが走ってきた。


 シチリとコユルギが、順番に自己紹介をしていく。

 コユルギの声は小さい。


「心配すんなぁ。おれもいるんだぜ?」

 クラゲが、根拠の無い言葉をコユルギに放つ。

 コユルギは、ぴくりとも動かない。


 最後に、膨れ上がった革袋を背負ったアルクが歩いて来た。

 もう盗賊に扮する必要がなくなったアルクは、とても清潔に見える。

 黒いマントに、羽の付いたフェルト帽。

 この文化における、お洒落な旅人だ。


「お待たせしました」


 腰には細い剣。

 右手にも剣を持っている。 

 

「ソウジさん、こちらを」

 手に持っていた、剣をオレに差し出した。

 触れる前に、尋ねる。

「なんだ、これは」

「女王様からのせめてもの支援です。どうかお受け取りください」


 鞘に納められているのは、アルクと同じような細身の剣だった。

 柄には、下向きのチューリップのような花の意匠が彫られている。


「サンダーソニアと呼ばれる意匠が施され、剣もそのように名付けられています」


「なぜオレに?」


「女王様の御心は、私にもわかりませんが……意匠の意味は『祈り』……」


 これから旅に出るというのに……

 置いてこいとも言い難い。

 あいかわらず、この男は、オレに選択肢を与えない。


「わかった。暫く借りておこう」


 オレはサンダーソニアを受け取り、腰に括り付けた。


「行こう」


 太陽の位置は、ちょうど真上。


 スピカの街での滞在6日目の昼。



 カタセ村への旅が始まった。


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