2.5
「あの……現物は……見せてもらえますか……」
先に言葉を発したのはストームだった。
この店じゃなければ、会話なんて到底できそうにもない、小さくか細い声だ。
「わるい、置いてきた。なにか知ってるのか?」
ストームが、傍らに置いていたグレーのナップサックに手を入れて、ごそごそと何かを探し出した。
視線をテーブルに戻すと、達郎はビール。
ストームの前には、さくらんぼを飾ったカクテルグラスに、ピンク色の液体が満たされている。
「こいつがオンナだってことは、内緒にしといてください」
「ああ、わかってる」
外出するのも稀なのであろうこの女性は、ネットでストームと名乗り、性別も明かさず何かをしているのだろう。
「総司ちゃん、おまたせ」
店員が、ジントニックと、スモークソーセージがゴロゴロと載った皿を持ってきた。
「ごゆっくり」
と、片手をひらひらと振り離れていく。
ソーセージの皿を、達郎の方に近づける。
「あざっす」
達郎が指で1本つまんで、口に運ぶ。
ストームは、タブレットを取り出して、テーブルの上に置いた。
「えっと……どうぞ……」
タブレットの端をちょいっと持ち上げ、画面の上下を反転させる。
画面を見ると、例の電子機器の写真と、説明文がぎっしりと表示されている。
そしてそのまま沈黙した。
達郎のソーセージを咀嚼する音がジャズに混ざる。
「おい、タツ」
「はい、すんません」
書かれている説明文はぜんぶ英語だった。
読めねぇよ。
「ストーム、喋ってくれ」
達郎が片手で、ぐっぱぐっぱとジェスチャーしている。
ストームは喋りだした。
「これは、ニフィルオンデバイス」
少し間を置いて、続けた。
「ニフィル・ロードっていう仮想世界に入るためのログインデバイス。」
また沈黙。
ストームが放った言葉の単語は、オレには、ほとんど分からなかった。
「分かった。オレから質問するから、それに答えてくれ」
ストームがこくりと頷く。
達郎が、指で自分の顔を指して、なにか言いたげだ。
自分も居ていいのかと訪ねているのだろう。
どちらでも構わないので、達郎は無視して、ストームに質問を始めた。
「仮想世界ってなんだ?」
「だれかが作った、ゲームみたいな世界……」
「ゲーム?」
「……大勢のプレイヤーがいて、神様も妖精もいる。モンスターもいて、それと戦う。だけど、ゲームとは違う」
「どう違う?」
「……そこはほとんど現実、お腹もすくし、眠くなる。怪我をすれば現実と同じように痛いし苦しい」
オレは夢で見た出来事を思い出しながら質問を続けた。
「ログインするとどうなる?」
「……最初はメモリア・ノードと呼ばれる場所に転送される。そこは、デバイスの所有者専用の世界で、他のプレイヤーは居ない」
「他のプレイヤーに会うにはどうしたらいい?」
「エレメント・ノードに行けば会える。メモリアにいるのは、NPCで、他のプレイヤーは存在しない」
「エヌピーシーってなんだ?」
「……えっと」
ストームが小さな口を開けて固まった。
たぶんオレは、クルマのタイヤを指さして、あれはなんだ?と聞いているのだろう。
「ゲームの敵キャラとか、村人のことですよ総司さん」
と、達郎が助け舟を出した。
達郎の方を向いて、鼻と口から息を吐く。
だったら、そう言えよ……
ポケットからタバコを出した。
達郎がライターを出しながら立ち上がろうとしたが、その前に自分で火を付けた。
「エレメント・ノード……だったか、そこに行くにはどうしたらいい?」
「メモリアとエレメント・ノードは、記憶の回廊で繋がってる」
煙を天井に吐き出して、少し整理した。
カタカナが多すぎる。
どうして、コイツみたいな連中は、カタカナを多用するのか。
オレが質問する前に、ストームが続けた。
「エレメント・ノードは4つあって、記憶の回廊で選ぶ……らしい」
「らしいって……なんだ」
「……あの……わたしは行ったことがなくて……書いてあることを伝えてる」
ふと、ストームの最初の言葉を思い出す。
「このデバイス……だっけか。これは貴重なものなのか?」
「ワールドカウントが少ないほど貴重で……知ってる人ならみんな欲しがる」
「23とか24だと?」
「数百万……だと思う」
ああ……家に置いてきてよかった。
「ワールドカウントっていうのはなんだ?」
「世界のインスタンス番号。1から始まり、今は27まである……らしい」
また、わけが分からなくなっている。
質問を変えようとしたが、ストームがさらに続けた。
「プレイヤーは、1度入って、クリアするか死亡したカウントには2度と入れない」
「23で死んだら、23にはもう入れないのか?」
「そう」
ストームがカクテルグラスを引き寄せて、ひと口啜った。
オレは、分かることだけ頭に入れて整理しながら、質問を続けた。
「ニフィル・ロードに入って、途中で出ることはできないのか?」
「できる」
「どうやって?」
「ログインデバイスを使う」
持っていなかったぞ……
ストームが、タブレットの画面をスワイプし、次の画面をオレに見せた。
そこには、使い方を説明しているらしき絵が載っていた。
「手を開いて、真ん中を3回叩くと、デバイスが出現する……らしい」
言いながら、ストームは片手を開いて、トントントン、と、反対の手の指で真ん中を3回弾いた。
無論、なにも出てこない。
オレは未希の部屋の床に落ちていた、もう一つのログインデバイスのことを思い返す。
「そのログインデバイスを、忘れていくことは、あるのか?」
「この図の下に注釈がある」
『 1メートル四方の空間に立つ
ログイン中は、動かない
目を閉じる
デバイスから手を離さない 』
「……ログイン中にデバイスを落としたら、死ぬかクリアする以外に戻る方法は無い……らしい」
自分で体験したことなので納得できる。
まっすぐ迫る虹色の膜。
包まれた後の強烈な閃光。
そして未希は……
あの膜に取り込まれる途中で、ログインデバイスを落とした。
そして、デバイスは床に残り、未希だけニフィル・ロードに飛ばされた。
辻褄は合う。
未希は、二フィル・ロードに、閉じ込められているということか?
ストームの顔を見る。
視線はフードに隠れて、見えなかった。
声音は澄んでいるが、正直不気味だ。
しかし、今は、コイツしか頼れるヤツが居ない。
「ストーム」
「?」
ストームの肩がぴくっと揺れ、顔を上げる。
フードがズレて、オレと目が合ったが、ストームはすぐに下を向いて逸らしてしまった。
「お前の助けが必要だ」
ストームがまた、顔を上げて、オレに目を向けた。
その目は、新しい人形を与えられようとしている少女のようだった。




