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妹が消えたあと、世界の数が合わなくなった話  作者: 渡しログ
1章ワールドカウント23
9/52

2.5


「あの……現物は……見せてもらえますか……」

 先に言葉を発したのはストームだった。


 この店じゃなければ、会話なんて到底できそうにもない、小さくか細い声だ。


「わるい、置いてきた。なにか知ってるのか?」


 ストームが、傍らに置いていたグレーのナップサックに手を入れて、ごそごそと何かを探し出した。


 視線をテーブルに戻すと、達郎はビール。

 ストームの前には、さくらんぼを飾ったカクテルグラスに、ピンク色の液体が満たされている。


「こいつがオンナだってことは、内緒にしといてください」

「ああ、わかってる」

 外出するのも稀なのであろうこの女性は、ネットでストームと名乗り、性別も明かさず何かをしているのだろう。


「総司ちゃん、おまたせ」

 店員が、ジントニックと、スモークソーセージがゴロゴロと載った皿を持ってきた。

「ごゆっくり」

 と、片手をひらひらと振り離れていく。


 ソーセージの皿を、達郎の方に近づける。

「あざっす」

 達郎が指で1本つまんで、口に運ぶ。


 ストームは、タブレットを取り出して、テーブルの上に置いた。

「えっと……どうぞ……」

 タブレットの端をちょいっと持ち上げ、画面の上下を反転させる。


 画面を見ると、例の電子機器の写真と、説明文がぎっしりと表示されている。


 そしてそのまま沈黙した。


 達郎のソーセージを咀嚼する音がジャズに混ざる。


「おい、タツ」

「はい、すんません」


 書かれている説明文はぜんぶ英語だった。

 読めねぇよ。


「ストーム、喋ってくれ」

 達郎が片手で、ぐっぱぐっぱとジェスチャーしている。


 ストームは喋りだした。

「これは、ニフィルオンデバイス」

 少し間を置いて、続けた。

「ニフィル・ロードっていう仮想世界に入るためのログインデバイス。」


 また沈黙。


 ストームが放った言葉の単語は、オレには、ほとんど分からなかった。


「分かった。オレから質問するから、それに答えてくれ」

 ストームがこくりと頷く。


 達郎が、指で自分の顔を指して、なにか言いたげだ。

 自分も居ていいのかと訪ねているのだろう。

 どちらでも構わないので、達郎は無視して、ストームに質問を始めた。


「仮想世界ってなんだ?」


「だれかが作った、ゲームみたいな世界……」

「ゲーム?」

「……大勢のプレイヤーがいて、神様も妖精もいる。モンスターもいて、それと戦う。だけど、ゲームとは違う」


「どう違う?」

「……そこはほとんど現実、お腹もすくし、眠くなる。怪我をすれば現実と同じように痛いし苦しい」


 オレは夢で見た出来事を思い出しながら質問を続けた。

「ログインするとどうなる?」

「……最初はメモリア・ノードと呼ばれる場所に転送される。そこは、デバイスの所有者専用の世界で、他のプレイヤーは居ない」


「他のプレイヤーに会うにはどうしたらいい?」

「エレメント・ノードに行けば会える。メモリアにいるのは、NPCで、他のプレイヤーは存在しない」


「エヌピーシーってなんだ?」


「……えっと」


 ストームが小さな口を開けて固まった。

 たぶんオレは、クルマのタイヤを指さして、あれはなんだ?と聞いているのだろう。


「ゲームの敵キャラとか、村人のことですよ総司さん」

 と、達郎が助け舟を出した。


 達郎の方を向いて、鼻と口から息を吐く。

 だったら、そう言えよ……


 ポケットからタバコを出した。

 達郎がライターを出しながら立ち上がろうとしたが、その前に自分で火を付けた。


「エレメント・ノード……だったか、そこに行くにはどうしたらいい?」

「メモリアとエレメント・ノードは、記憶の回廊で繋がってる」


 煙を天井に吐き出して、少し整理した。

 カタカナが多すぎる。

 どうして、コイツみたいな連中は、カタカナを多用するのか。


 オレが質問する前に、ストームが続けた。

「エレメント・ノードは4つあって、記憶の回廊で選ぶ……らしい」

「らしいって……なんだ」


「……あの……わたしは行ったことがなくて……書いてあることを伝えてる」


 ふと、ストームの最初の言葉を思い出す。

「このデバイス……だっけか。これは貴重なものなのか?」

「ワールドカウントが少ないほど貴重で……知ってる人ならみんな欲しがる」


「23とか24だと?」

「数百万……だと思う」


 ああ……家に置いてきてよかった。


「ワールドカウントっていうのはなんだ?」

「世界のインスタンス番号。1から始まり、今は27まである……らしい」


 また、わけが分からなくなっている。

 質問を変えようとしたが、ストームがさらに続けた。

「プレイヤーは、1度入って、クリアするか死亡したカウントには2度と入れない」


「23で死んだら、23にはもう入れないのか?」

「そう」


 ストームがカクテルグラスを引き寄せて、ひと口啜った。


 オレは、分かることだけ頭に入れて整理しながら、質問を続けた。

「ニフィル・ロードに入って、途中で出ることはできないのか?」

「できる」

「どうやって?」

「ログインデバイスを使う」


 持っていなかったぞ……


 ストームが、タブレットの画面をスワイプし、次の画面をオレに見せた。

 そこには、使い方を説明しているらしき絵が載っていた。


「手を開いて、真ん中を3回叩くと、デバイスが出現する……らしい」


 言いながら、ストームは片手を開いて、トントントン、と、反対の手の指で真ん中を3回弾いた。

 無論、なにも出てこない。


 オレは未希の部屋の床に落ちていた、もう一つのログインデバイスのことを思い返す。


「そのログインデバイスを、忘れていくことは、あるのか?」

「この図の下に注釈がある」


『 1メートル四方の空間に立つ

  ログイン中は、動かない

  目を閉じる

  デバイスから手を離さない  』

 

「……ログイン中にデバイスを落としたら、死ぬかクリアする以外に戻る方法は無い……らしい」


 自分で体験したことなので納得できる。

 まっすぐ迫る虹色の膜。

 包まれた後の強烈な閃光。


 そして未希は……

 あの膜に取り込まれる途中で、ログインデバイスを落とした。

 そして、デバイスは床に残り、未希だけニフィル・ロードに飛ばされた。

 辻褄は合う。


 未希は、二フィル・ロードに、閉じ込められているということか?


 ストームの顔を見る。

 視線はフードに隠れて、見えなかった。

 声音は澄んでいるが、正直不気味だ。

 しかし、今は、コイツしか頼れるヤツが居ない。


「ストーム」

「?」

 ストームの肩がぴくっと揺れ、顔を上げる。

 フードがズレて、オレと目が合ったが、ストームはすぐに下を向いて逸らしてしまった。


「お前の助けが必要だ」

 ストームがまた、顔を上げて、オレに目を向けた。

 その目は、新しい人形を与えられようとしている少女のようだった。



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