2.6 - まゆ
オレは席を立ち、少し離れてから達郎を手招きした。
「送ってってやってくれ。丁重にな」
財布から1万円札を5枚抜き取り、達郎に渡した。
「あざっす! わかりましたっ!」
達郎への情報料だが、ストームの分も入っている。
配分は達郎に任せていいだろう。
「それと、ストームとの会話はぜんぶ忘れろ」
と言って、もう1枚、万券を渡す。
「あざっーす!」
高級外車と交換できるレアモノの話が含まれていた。
1万円じゃ安いかもしれないが、達郎なら大丈夫だろう。
席に戻り、ストームの連絡先を尋ね、SNSのアドレスを交換した。
最後にひとつ、ログインリチャージについて質問した。
次にログインできるまでの待ち時間とのことだった。
待ち時間は30時間。
明日の15時頃まで、ログインできないということになる。
ストームには、明日、また連絡すると告げて、その夜の会話を終えた。
いったんアパートに戻って寝よう。
ストームとの会話が事実なら、オレは殺される夢を見たのではなく、殺される経験をしたってことになる。
さすがに疲れた。
翌朝。
また、母親からの電話で起こされる。
未希がまだ帰ってこないという報告。
オレも探していて、今日の午後、家に行くかもしれないと告げて、通話を切った。
父親も、自分の情報網を使って、捜索を始めていることだろう。
父親の名は、大嶽和彦。
オレと同じで高卒だが、警備会社に勤めていて、要人の身辺警護が主体の部署にいるらしい。
警察とのパイプもあり、政治家や企業の重役にもコネを持っている。
表の情報網は広い。
まぁ、オレの仕事を知ったら、いよいよオレは勘当されるか。
SNSでストームにメッセージを投げる。
『今日の昼頃から夜くらいまで時間を空けておいてほしい。いいか?』
まだ、朝の8時だった。寝てるだろうな。
もう少し寝ようかと横になると、スマホが鳴った。
ストームからの返信。
『分かりました。何をすればいいですか?』
意外だ。
オタクは明け方に寝て昼過ぎに起きるという、ホストかキャバ嬢のようなサイクルだと聞いていた。
そのまま、メッセージをやりとりし、13時にストームが指定した駅で待ち合わせることになった。
どうやら興奮して寝ていないらしい。
あれから、ストームも情報を集めていたらしく、オレと話したがっていたようだ。
指定した時間に、駅前につくと、ストームはすでに待っていた。
昨日と同じくフードで顔を隠してはいるが、今日は黒ではなく、裏地が青の白いパーカー、ベージュのクロップドパンツ。赤と白のハイカットスニーカーを履いていた。
長い黒髪がパーカーの中に吸い込まれている。
オレを見つけたのか、小さく頭を上下させた。
分かりにくいが、挨拶したのだろうか。
近づいて、ストームに声をかける。
「先に、少し話したいんだけど、いい場所あるか?」
ストームは何も言わず、首をかしげた。
オレは周囲を見渡す。
雑居ビルの隙間に、小さな喫茶店を見つけたので、そこへ入ることにした。
昭和からやっているようなレトロな店内だった。
オレはコーヒー。ストームはカフェオレを注文した。
店員が立ち去ってから話を始めた。
「今日、15時頃に、カウント24へログインする」
と、ストームに告げて、未希を含めたこれまでの経緯を簡単に説明した。
それを聞いてストームが顔をあげる。
目元は隠れているが、唇をぎゅっと結び、ほころんだ表情を作っている。
「妹が行方不明」だと告げたはずだが、期待とワクワクがその顔から滲み出ていた。
「未希はどうしてあんな危険なところで、生き残っていられるんだ」
「女性は大抵、魔法使いかテイマーになるらしいの」
「……は?」
「魔法使い……なりたい……」
だめだ……わからない……
裏社会は、嫌悪されがちだが、分かりやすい世界だ。
利用するか、されるのか。それだけだ。
だが、ストームの話は、常軌を逸している。
天井を見上げるしかなかった。
その後、オレ達は、これからオレの家に行くということ。
ストームは、未希の友達で、探す手伝いをしに未希の部屋を見に来たことにすること。
それから、偽名でいいから、普通の呼び名をリクエストしたら、
「まゆ」
と、答えたので、家では、「まゆ」と呼ぶことにした。
会計を済ませて、店を出る。
電車で行こうと思っていたが、ストームの歩く速度があまりにも遅い。
走ってきたタクシーを止めて、オレの家に向かった。
タクシーの中で、引き続きレクチャーを受けるが、ストームの受け答えが鈍い。
横を見ると、ストームは窓にもたれ眠りこけていた。
タクシーの揺れで、フードがずり落ち、微かなリンスの香りが撒き散らされた。
黒髪が光を帯びて、パーカーの内側に吸い込まれている。
話しておきたいことはまだあるが、そのまま寝かせておく。
静かになったタクシーの中で、これからのことを考える。
未希が24にいると仮定して、これから24にログインする。
なぜだか、妙な高揚感があった。
オレも、ストームと同じように、「ニフィル・ロード」というものに高揚しているのかもしれない。
根拠もなくこの先の未来に期待している。
だがオレは知っている。
こういうときは大抵、最後に待っているのは、良くないことだ。




