3.8.14
翌朝。
出かける前に、宿屋のレストランへ。
リンゴワインの入った木の水筒。
それと、黒パンを6つ。
それをズタ袋に入れて、シチリとコユルギの家を訪れる。
家の中は、あいかわらず暗い。
だが、掃除はしているようで、ホコリ臭さや、カビ臭さは無い。
シチリにも、コユルギにも「カタセ村へ来てくれ」とは言わない。
ただ、とめどない世間話をしに来ただけだ。
イナムラ爺さんや、アロハの話。
ニシカタと、その2人の孫の話。
話をしながら3人で黒パンをかじり、水で薄めたリンゴのワインを舌にからめる。
水て薄めたらオレもどうにか呑めた。
そしてまた翌日も。シチリの家に通った。
野菜とベーコンを途中で買って持っていくと、シチリが乾燥豆を加えてポタージュを温めてくれた。
それを、3人で食べる。
「もう、広場に行かなくていいのか」
と、コユルギに問えば、ここに『わたしびと様』がいるのだからと、もう必要ないと言った。
今日も世間話をして、帰ろうとした夕方。
2人の男達が、シチリの家に訪れた。
エングル語の会話は、オレには分からない。
それでも、穏やかではない口ぶりの男達が、なにをしに来たのかは明白だ。
シチリやコユルギに、カネを借りる甲斐性があるとは思えない。
男達が回収に来たのは、2人ではないだれかが残した不始末。
2人に支払える物はなにもない。
あるとしたらこの家。それともう一つ。
男の独りが目を付けたのは、コユルギだった。
垢が落とされ、髪に艶を戻した若年の女性。
男が無造作に、コユルギの手首を掴む。
だから、オレが割って入った。
コユルギは大事なピースだ。
シチリをカタセ村へ連れていく為の。
オレが、男達の腕を掴んで外へ連れ出す。
唾を飛ばしながら何かまくし立てているが、オレには言葉がわからない。
外へ出てから、コイン袋から銀貨を1枚取り出した。
言葉は分からなくとも、意味は簡単に通じる。
今日はこれを持って帰ってくれと。
銀貨を見た男達は、静かになった。
手ぶらで戻れば、ペナルティを受けるのはこの男達だ。
欲しいのはコユルギではなく、持ち帰る成果。
そして早く仕事を終えたいだけ。
だから銀貨を受け取ると、すぐに、落ちかけた夕闇の中へと消えた。
部屋に戻ると、項垂れた2人。
事情を聞く必要はない。見ればわかる。
それでも、2人がこの場所にすがる理由。
それはなんだ?
関係無い。どうでもいい。
それよりも、もっと簡単で、見逃せないもの。
それを2人に提示する。
それだけでいい。
「オレは数日中に、カタセ村へ戻る」
シチリが顔を上げ、コユルギに視線を送った。
「明日また来る」
扉のノブを掴むと、後ろでコユルギのすすり泣く声が聞こえた。
気がつかないフリをして家を出る。
振り返らずにシチリの家を離れた。
その日の夜。
アルクが宿に戻った。
10日よりも、だいぶ早く。
「よかった。まだ留まってくれていましたね」
アルクの表情は健やかだった。
金型の件は、完全に決着したようだ。
そしてアルクは、次の任務を与えられ、この宿に戻った。
次の任務は、オレを王都に連れ帰ること。
隠しもせずに、駆け引き無しの懇願。
それが最も良い方法だと考えたのだろう。
オレを嵌めてもオレは王都へは行かない。
アルクはそう判断した。
「用事を済ませるのが先だ。終わったら考えてやる」
「それでは、任務……いや、王命として……ソウジさんのお手伝いをさせていただきますよ」
オレは、街でシチリを見つけたことを話し、今日の出来事をアルクに話した。
「わかりました。どうにかしましょう」
アルクが、簡単そうに答え、言葉を続けた。
「渡す予定だった『会社』の知識と引き換えに、行政として法的に対処してもらいましょう。早急に解決できると思います」
助かる。
腹に抱えているのがなんであれ、今は利用させてもらおう。
あとで何を請求されるのか……分かったものではないが。
今はこの男の力を借りる。
それが最も早い。
「それでは、明日の朝一番で、役場へ向かいテーベと話しを詰めます」
ならばそれはアルクに任せるか。
同行しても、どうせ言葉は分からない。
であれば、オレはシチリの家へ。
いや……ダメだ。
行かないことで、オレがエングル語が分からないことが確定する。
だったら……
オレは、エングル語が分からないフリをしている。
そして、アルクの腹を探ろうとしている。
そう思わせておく。
アルクがそれを考えないはずが無い。
だからオレも、同行する。
やがてクラゲが、顔を赤らめて部屋に戻る。
「よ~ぅ、アルク。もう戻ったのか」
酔っぱらっている。
「クラゲはどうだ? 嫁探しは順調か?」
「んん……順調に見えるか?」
「ああ。ご機嫌そうだ」
「あっはは……」
言い残して、クラゲは寝室に消えた。
デバイスを出して時間を確認する。
『 ELAPSED 01:10 』
まだ問題は無い。
明日は、忙しくなりそうだ。




