3.8.13
「あの……なにをお手伝いすればいいのでしょうか」
落ち着きを戻したシチリが、オレに尋ねた。
「オレと一緒に、カタセ村まで来てほしい」
言いながら、シチリにデバイスを見せる。
「頼めるか?」
シチリは、また顔を両手で隠し、吐き出すように言った。
「できません……」
「なぜ」
「もう、あの村には……あの場所へ戻ったら私はもう……」
少し時間をおくか……
「また明日来る」
オレは扉を開けて外に出た。
歩き出すと、うしろからコユルギの声。
「あ……あの……」
垢がこびりついた両手を、お腹の前で組んでいる。
なにかを喋ろうとしている。
「コユルギ。少し歩こう」
「え……」
言い残して、先に歩き出した。
2歩。
足音は聞こえない。
5歩。
コユルギのサンダルが、地面をこする音。
オレはその音が離れないように、歩幅を落とした。
最初に向かったのは、浴場だ。
大きなタライに湯が張られ、カラダが洗える。
客はほとんどが男のようだが、別に構わないだろう。
料金は、鉄コイン4枚だった。
入り口の女性にコインを手渡す。
「この子を綺麗にしてやってくれ」
しかしオレの言葉は、伝わらなかった。
英語で言うにはどうすれば……と悩んだが、女性はコユルギを見て理解してくれたようだ。
そのまま、コユルギを女性に預ける。
コユルギが一度こちらを振り返ったが、女性に手を引かれて、連れていかれた。
オレは道の向かいの端に腰を下ろす。
太陽の高さは、まだ、昼くらいだ。
タバコが吸いたい……
ふと顔を向けると、はす向かいに、なにかの露店。
暇そうな店番の女性が、怪訝な眼でオレを眺めていた。
並んでいるのは、こま切れにされた白い塊と、荒く織られた布切れ。
オレは立ち上がって、露店の前へ。
白い塊に視線を落とすと、どうやら石鹸のようだ。
石鹸の大きさは小指の先ほど。
露店の店員にわかるように、石鹸と布切れを順番に指さした。
店員が指を3本立てたので、鉄コインを3枚渡す。
そして、石鹸と布切れを受け取った。
石ころのようなサイズの石鹸が、エール2~3杯の値段。
手提げ袋もない。
コンビニの偉大さを痛感する。
布切れで、小さな石鹸を包み、オレはまた腰を下ろす。
女性店員からの不審者扱いも消えている。
それから、しばらく雲を眺める。
コユルギが戻った。
仄かに漂うラベンダーの匂い。
服は汚いままだが、こびりついていた垢が綺麗に落とされていた。
だいぶマシになった。
ごわごわだった髪も、しっとりとした艶を出しながら、肩の先から流れ落ちている。
うつむいたままのコユルギに声をかける。
「もう少し歩くぞ」
歩き出すと、コユルギはすぐに後ろをついてきた。
行き先はすぐ近くだ。
先ほどから、腹に響く匂いを垂れ流している露店。
店先に近づくと、先客の男がなにかを注文している。
売っているのは、シチューだろうか。
オレは指を2本立てる。
そのあと親指で、後ろでボウルを持って席に着こうとしている男を指した。
差し出されたのは、薄茶色のドロドロの液体。
液体に詰め込まれているのは、クタクタになったネギや、キャベツ、ほうれん草。
湯気の匂いは悪くない。少し塩気のあるネギの香り。
代金は鉄コイン2枚。
ボウルを2つ受け取り、店の前のテーブルに置く。
丸太を切ったベンチに座る。
コユルギは文字通り、固唾を呑んでその様子を目で追っていた。
口を半開きにして、棒立ちしているコユルギにスプーンを手渡す。
オレは、スプーンを泥に沈め、野菜を載せて口に運ぶ。
オートミールだ。
泥のような見た目とは裏腹に、重く沈む麦が舌を覆う。
苦味はパセリだろうか。
そして、しなびた野菜の食感。
緑野菜とオートミールのポタージュ。
これはまぎれもなく、この時代のB級グルメだ。
空腹の胃に、ちょうど良い食べ応えだった。
思わず笑みを零してしまう。
どれ、もう一口。
気がつくとコユルギも向かいに座り、ポタージュを口に運んでいた。
コユルギは、あっというまに、ポタージュを平らげた。
そのまま、なにも言わず、カラのボウルをじっと眺めている。
足りなかったのかな。
この娘の目に、オレはどう映っているんだろう。
わからない。
だから、コユルギ自身のことを聞くのはやめた。
「シチリは、どうしてカタセ村に行きたがらないんだ?」
オレの問いかけに、コユルギは、うつむいたままだった。
テーブルに向かって、言葉を絞り出した。
「おばあちゃんは……15年前におじいちゃんが死んじゃって……」
そのまま押し黙った。
質問の答えとズレている。
言葉を探しているのだろうか。
言いたいことが、ありすぎるのか。
それとも言葉にしたくないのか。
「そのブローチは? 大切なものなのか」
「……おじいちゃんが死んじゃったときに、おばあちゃんから貰いました」
「そうか」
会話は、それで終わった。
なにを聞いたらいいのかもわからない。
今日はこれでいい。
時間をおこう。
露店を離れ、家の前までコユルギを送る。
「これはシチリに」
石鹸を包んだ布をコユルギに渡す。
「また明日来る」
コユルギは、ゆらっと頭を下げた。
オレは、コユルギを背に、宿へと向かう。
歩きながら空を見上げる。
まだ陽は高いが、今日はもうやることがない。
明日からシチリを説得し、なるべく早くカタセ村へ戻る。
ふと、後ろを振り向く。
遠く、扉の前に、コユルギが立っていた。
石鹸を受け取ったまま、オレを見送っていた。
振り向いたオレに気がついたのか、慌てて扉を開け、家の中へと消えていった。
思えば、歳は、オレと同じくらいか。
厳しい世界だ。
ニフィル・ロードは。




