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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
88/420

3.8.13


「あの……なにをお手伝いすればいいのでしょうか」

 落ち着きを戻したシチリが、オレに尋ねた。


「オレと一緒に、カタセ村まで来てほしい」


 言いながら、シチリにデバイスを見せる。

「頼めるか?」


 シチリは、また顔を両手で隠し、吐き出すように言った。


「できません……」


「なぜ」


「もう、あの村には……あの場所へ戻ったら私はもう……」


 少し時間をおくか……


「また明日来る」


 オレは扉を開けて外に出た。

 歩き出すと、うしろからコユルギの声。


「あ……あの……」


 垢がこびりついた両手を、お腹の前で組んでいる。

 なにかを喋ろうとしている。


「コユルギ。少し歩こう」

「え……」


 言い残して、先に歩き出した。


 2歩。

 足音は聞こえない。


 5歩。

 コユルギのサンダルが、地面をこする音。


 オレはその音が離れないように、歩幅を落とした。




 最初に向かったのは、浴場だ。

 大きなタライに湯が張られ、カラダが洗える。

 客はほとんどが男のようだが、別に構わないだろう。


 料金は、鉄コイン4枚だった。

 入り口の女性にコインを手渡す。


「この子を綺麗にしてやってくれ」


 しかしオレの言葉は、伝わらなかった。

 英語で言うにはどうすれば……と悩んだが、女性はコユルギを見て理解してくれたようだ。


 そのまま、コユルギを女性に預ける。

 コユルギが一度こちらを振り返ったが、女性に手を引かれて、連れていかれた。



 オレは道の向かいの端に腰を下ろす。


 太陽の高さは、まだ、昼くらいだ。

 タバコが吸いたい……




 ふと顔を向けると、はす向かいに、なにかの露店。

 暇そうな店番の女性が、怪訝な眼でオレを眺めていた。

 並んでいるのは、こま切れにされた白い塊と、荒く織られた布切れ。


 オレは立ち上がって、露店の前へ。

 白い塊に視線を落とすと、どうやら石鹸のようだ。

 石鹸の大きさは小指の先ほど。


 露店の店員にわかるように、石鹸と布切れを順番に指さした。


 店員が指を3本立てたので、鉄コインを3枚渡す。


 そして、石鹸と布切れを受け取った。

 石ころのようなサイズの石鹸が、エール2~3杯の値段。

 手提げ袋もない。

 コンビニの偉大さを痛感する。


 布切れで、小さな石鹸を包み、オレはまた腰を下ろす。

 女性店員からの不審者扱いも消えている。


 それから、しばらく雲を眺める。



 コユルギが戻った。

 仄かに漂うラベンダーの匂い。

 服は汚いままだが、こびりついていた垢が綺麗に落とされていた。


 だいぶマシになった。

 ごわごわだった髪も、しっとりとした艶を出しながら、肩の先から流れ落ちている。


 うつむいたままのコユルギに声をかける。


「もう少し歩くぞ」


 歩き出すと、コユルギはすぐに後ろをついてきた。


 行き先はすぐ近くだ。

 先ほどから、腹に響く匂いを垂れ流している露店。


 店先に近づくと、先客の男がなにかを注文している。

 売っているのは、シチューだろうか。


 オレは指を2本立てる。

 そのあと親指で、後ろでボウルを持って席に着こうとしている男を指した。


 差し出されたのは、薄茶色のドロドロの液体。


 液体に詰め込まれているのは、クタクタになったネギや、キャベツ、ほうれん草。

 湯気の匂いは悪くない。少し塩気のあるネギの香り。


 代金は鉄コイン2枚。

 ボウルを2つ受け取り、店の前のテーブルに置く。

 丸太を切ったベンチに座る。


 コユルギは文字通り、固唾を呑んでその様子を目で追っていた。

 口を半開きにして、棒立ちしているコユルギにスプーンを手渡す。


 オレは、スプーンを泥に沈め、野菜を載せて口に運ぶ。


 オートミールだ。

 泥のような見た目とは裏腹に、重く沈む麦が舌を覆う。

 苦味はパセリだろうか。

 そして、しなびた野菜の食感。

 緑野菜とオートミールのポタージュ。

 これはまぎれもなく、この時代のB級グルメだ。

 空腹の胃に、ちょうど良い食べ応えだった。


 思わず笑みを零してしまう。

 どれ、もう一口。


 気がつくとコユルギも向かいに座り、ポタージュを口に運んでいた。


 コユルギは、あっというまに、ポタージュを平らげた。


 そのまま、なにも言わず、カラのボウルをじっと眺めている。

 足りなかったのかな。


 この娘の目に、オレはどう映っているんだろう。


 わからない。

 だから、コユルギ自身のことを聞くのはやめた。


「シチリは、どうしてカタセ村に行きたがらないんだ?」


 オレの問いかけに、コユルギは、うつむいたままだった。

 テーブルに向かって、言葉を絞り出した。


「おばあちゃんは……15年前におじいちゃんが死んじゃって……」


 そのまま押し黙った。

 質問の答えとズレている。

 言葉を探しているのだろうか。

 言いたいことが、ありすぎるのか。

 それとも言葉にしたくないのか。


「そのブローチは? 大切なものなのか」


「……おじいちゃんが死んじゃったときに、おばあちゃんから貰いました」


「そうか」


 会話は、それで終わった。

 なにを聞いたらいいのかもわからない。


 今日はこれでいい。

 時間をおこう。


 露店を離れ、家の前までコユルギを送る。


「これはシチリに」

 石鹸を包んだ布をコユルギに渡す。


「また明日来る」


 コユルギは、ゆらっと頭を下げた。

 オレは、コユルギを背に、宿へと向かう。


 歩きながら空を見上げる。


 まだ陽は高いが、今日はもうやることがない。

 明日からシチリを説得し、なるべく早くカタセ村へ戻る。


 ふと、後ろを振り向く。

 遠く、扉の前に、コユルギが立っていた。

 石鹸を受け取ったまま、オレを見送っていた。


 振り向いたオレに気がついたのか、慌てて扉を開け、家の中へと消えていった。


 思えば、歳は、オレと同じくらいか。



 厳しい世界だ。


 ニフィル・ロードは。



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