3.8.09
役場のホールは静かだった。
ホールといっても、さほど広くはない。
天井が3階の屋根まで吹き抜けになっているが、妙な圧迫感がある。
壁際の太い柱が、各階の回廊と屋根を無理に支えているせいだろうか。
それでも、この世界の建築技術の限界を、工夫で押し通したような造りだった。
「少し待っていてください」
アルクが言い捨てると、近くを通りかかった女性に話しかけた。
日本語ではない。
言葉の感じは、ほぼ英語だ。
どこからともなく、ヒソヒソと話す声が空気を伝って流れてくる。
どの会話も、まるで分からない。
オレも、英語を覚えようか……
未希の話では、ニフィル・ロードは、語学を学ぶのに最適な留学先らしい。
まぁ、たしかに……
言葉は、一度覚えてしまえば、記憶が薄れても衰えにくいだろう。
アルクが振り返る。
「テーベに繋いでもらっています。しばらく待ちましょう」
アルクのおかげで、街の有力者とのパイプができそうだ。
しかし、言葉が分からないと、丸め込まれてしまう。
だから必要以上の関わりは、避けたい。
それから数分。
テーベと名乗る壮年の男が現れた。
言葉はやはり、英語のようだ。
妙な口髭を生やし、口も臭い。
テーベと暫く言葉を交わしたアルクが、振り向いた。
「やはり、説得力が足りません。ソウジさん……」
ログインデバイスか……
「わかった。見せるから、どこかの部屋に案内してくれ」
オレ達は、階段を昇りテーベの執務室に案内された。
部屋にはオレ達しかいない。
左手を叩いて、デバイスを出す。
「 This is surprising… You actually existed! 」
何を言っているのか分からない。
テーベは、宝石でも眺めるような眼で、静止してオレのデバイスを見ている。
驚きの仕草の向こう側に、なにか、商人特有の思惑を感じる。
アルクに念を押す。
「シチリか、回廊を知る者を探してくれるだけでいい」
「そうですね……生死にかかわらず、捜索はしてもらえるでしょうが……」
「タダとはいかない……か?」
「その通りです……申し訳ありません」
「何をすればいい」
「そうですねぇ……たとえば……技術、あるいは知識か知恵」
「どういうことだ」
「この国は、かつてのわたしびと様がもたらした、さまざまな技術、知恵が存在し、今も政治や国民の生活に根付いています」
言葉を口にしながら、アルクが天井を見上げる。
「たしか、この建物の建築方法も、わたしびと様のものだと言われていますね」
つまり、この社会でも役立つ現代社会の知識をよこせと……いうことか。
何を……だ?
正直なところ、高卒のオレに、大した知識はない。
銃や、大砲の作り方なんて分からないし、生活知識なんて論外だ。
何がある?
ヘタな情報を流すわけにはいかない。
オレの身に危険が及ばない、平和的なものがいい。
かといって、安易な既知の情報で滑らせて下に見られるのも嫌だ。
なにがいい……
「一度、持ち帰っていいか。すぐには思いつかない」
「分かりました。では、受け取りの対価ということで、話を詰めておきます」
テーベとの対話は、こちらの要望通りに終わった。
オレは、それまでに、対価となる情報を考えなくてはならない。
最後に「わたしびと様の存在を漏らせば、この国には二度と来ない」と念押しした。
オレ達は、役所を出た。
「すっかり夕方ですね。宿に戻りましょうか」
「そうだな」
未希なら魔法で、この世界に存在しない作物がつくれたりするんだろうか。
魔法か……ためしてみようか……
……ばかばかしい。やめよう。
一度ログアウトして、まゆにでも相談してみるか。
考えながら、ふと、通りを見る。
やせ細った薄汚い男が、商人風の小太り男に蹴られていた。
言葉は分からないが、這いつくばっている男が、ひたすら謝罪をしているようだ。
地位と権力が支配する中世社会。
通りの連中はただの縮図だ。
権力の頂点にいるのが女王様?
やってることは、アレと変わらない。
蹴る足が、権力と威圧に変わっただけだ。
「アルク、この街には、どの程度の商家が存在するんだ?」
「そうですねぇ、100以上はあるかと……スピカは王国の中でも大きな街です……特に特産品のリンゴの……」
アルクの話を聞き流しながら、もう一度街を眺める。
小汚い服一色の村とは異なり、街を歩く人々の服装だけでも、明らかな優劣がある。
「アルク……この国を良くしたいか?」
「もちろんです」
「女王様と、民の生活、どちらが大事だ?」
「民あっての、国です。土がなければ木も花も、育ちません」
「そうか……民は土か」
夕暮れを背に、オレ達は宿屋へと向かう。
途中で、石鹸の匂いを垂れ流すクラゲと合流した。
「よう、お2人さん。ごきげんかい? 腹減ったぜ、メシ喰おう」
「宿で食べましょう。美味しいですよ」
「ああ、そうだな」
楽しみだ。




