2.4 - ストーム
ダイニングに戻り、母が用意してくれたらしき、おにぎりを頬張る。
その後、未希の部屋をもう一度調べて見るが、新しい気付きは無かった。
14時を過ぎた頃、達郎からメッセージが入る。
『ストームと、連絡がつきました。今夜にでも会って話したいそうですが、どうしますか?』
『今夜でいい。遅い時間にしてくれ』
『わかりました。それじゃあ、23時にFDで』
『よろしく頼む』
FDは、『 Fearless Den 』という店名のバーのこと。
達郎よりも何代か前のギャングリーダーだった男が経営している。
店の開店資金で、多くのガキや酔っぱらいの小遣いをかき集めたであろうことは言うまでもない。
夕方近くに、母が戻った。
父親も出張を切り上げて、間もなく帰宅するらしい。
電子機器は、未希の部屋に置いていくことにした。
これには何かある。もしかしたら未希の命に関わる。ここにあったほうが良い。
まぁ、ただの勘だ。
睡魔も限界であろう母親が「泊まっていけば」と言ったが、仕事があるからと家を出た。
父も戻るというし、オレが居る必要も無い。
なにより、父親とは、顔を合わせたくない。
以前に、父と母には、清掃の仕事をしているとだけ伝えていた。
街のゴミを片付ける手伝いをしているのだから、嘘ではない。
まだ時間があるので、アパートに寄る。
郵便受けを確認すると、A4厚紙封筒が入っていた。
品名には「書類」と書かれ、封を開けると、どこのコンビニにも置いてある雑誌が入っている。
雑誌をめくると封筒が挟まっており、その中にカネが入っていた。
昨日の仕事の報酬だ。
カネだけ抜き取り、あとは部屋に放り込む。
時計を見ると、20時30分。
まだ早いが、店に向かうことにした。
途中で、軽く食事を済ませてから、FDを訪れた。
Fearless Den ―― 命知らずの巣窟。
看板とは裏腹に、店の中は落ち着いており、ボリュームを抑えたクラブジャズが心地よく流れている。
客は疎らで、ガキばかりだが、行儀はすこぶる良い。
オレはよく知らないが、オーナーの現役時代は伝説になっているらしく、この店で騒ぐバカは稀だ。
客のほとんどはギャング絡みで、彼らの談笑や、密談に使われている。
「あーっ、総司ちゃんだ。おひさ。いらっしゃい」
若く見えるが年齢不詳の女店員が、淡々とした口調で声をかけてくる。
「タツは?」
「奥にいるよ。なに呑む? ジントニ?」
「ああ」
オレは千円札を3枚渡す。
「おっけー」
このバーは、ブリティッシュスタイルの前金制だ。
注文したジントニックは800円くらいだと思うが、適当なツマミも注文されていることを彼女は理解している。
残りはチップだ。オレみたいな常連客に、ツリは出ない。
奥に行くと、オレに気がついた達郎が、ボックス席に座ったまま片手を上げてここだと合図し、軽く会釈した。
達郎の見た目は普通の若者だ。
見るやつが見れば感じるところもあるのかもしれないが、パッと見ただけでは遊んでそうな普通のガキ。
顎にうっすらと髭をはやし、黒のニット帽を浅く被っていた。
はみ出た耳たぶに、小さなリング状のピアスを付けている。
太い首の下には、灰色のTシャツ、その上に黒と白のオンブレチェックシャツを羽織っていた。
そして、達郎に向かい合わせで座っている、黒いフードを被った男の後ろ姿がある。
あれが、ストームか。
オレが席まで行くと、達郎が立ち上がり、どうぞと、席を譲った。
「おひさしぶりです。総司さん。こいつがストームです」
フードを被ったままのストームが、首を傾けて、軽く頭を下に振る。
オレが向かい合って腰を下ろすと、達郎はストームの隣に座った。
ストームは細身で、黒一色の薄いジップパーカーを着ていた。
不健康そうな顔色で、唇も鼻も整っているが華奢でひ弱。肩に触れただけでも崩れそうだ。
ストームは、深く被ったフードの上に右手を置き、少しずらした。
フードの影から覗いたのは、切れ長の目と、長いまつ毛。
……男? ……か?
オレは、ストームの胸元に視線を落とした。
視界の隅で、達郎が顔を伏せて、ククッと笑っている。
流れる曲が、しっとりとしたナイトジャズに変わり、美しいピアノの音色が転がっていく。
ストームは、男ではなく、女だった。




