2.3
小さい頃の未希の夢を見た。
オレの母親に手を引かれた未希が、玄関に立っていた。
「総司、今日から一緒に住む未希ちゃんよ。何度か遊んだことあるから知ってるでしょ?」
小奇麗な青いワンピースの背中に、ピカピカの赤いランドセル。
それとは対照的に、くたびれた老犬のように疲れ、諦めきった顔。
落とした視線は、床ではなく、その途中にある何かを見ているようだ。
「みきちゃん……いらっしゃい」
声を掛けたが、向けられたのは地蔵のような眼。
唇が動くが、なにも聞こえてこない。
どうにか声を拾おうとしたら、後頭部に何かが突き刺さった。
オレは飛び起きて、肺に空気を送り込んだ。
何度か荒い呼吸を繰り返し、右手でみぞおちをさする。
千切れかけていたはずの右の手首は、なんともなかった。
犬に噛まれた太腿にも痛みはなく、昨日から履いているチノパンに戻っている。
少しずつ平静が戻ると、自分のカラダが放つ汗臭い匂いが鼻についた。
なんだったんだ。夢だったのか。
立ち上がろうとすると、左手から黒いものが、ぽとりと床に落ちた。
あの電子機器だ。
画面を見ると白い文字。
『 World Count 24 / Login Recharge 29 』
ログインリチャージ29?
ワールドカウントがひとつ繰り上がり、右端の29の数字だけが点滅していた。
スマホを取り出し、日付と時計を見る。
土曜の9時30分。
あれだけの夢を見たはずだが、母親が出かけてから、10分も経っていなかった。
念のため後頭部にも触れてみたが、やはりなんともない。
電子機器を持ったまま立ち上がる。
ポケットから、タバコを取り出すと、ようやく安堵がこみあげてきた。
頭は混乱したままだが、オレは生きている。
やっとタバコが吸える。
窓を開けて、タバコに火を点けた。
湿り気を含んだ風が吹いてくる。
今は晴れているが、遠い空は、灰色の雲に覆われていた。
ふぅっと、時間をかけて最初の煙を吐き出した。
オレを見て驚いたスズメが、慌てて飛び去っていく。
それにしても、酷い夢だった。考えを整理しようにも、混乱しすぎていた。
あれが夢だったと割り切っていいものなのかどうか。
タバコを咥え、スマホを取り出す。
電話をかける。
通話先は、達郎という男。
この辺りのギャングを仕切る後輩だ。
2コールで達郎の声。
「あ、どうも達郎です。お久しぶりです総司さん」
達郎の早口だが、低く沈んだ声。
「おまえの知り合いに、パソコンとか電子機器に詳しいやつ居たよな」
「えーと……あ、1日中パソコンいじってるストームのことですかね」
「調べてほしいものがある。今から、写真送るから、そいつに頼んでくれないか」
「わかりました。ちょっと変な奴ですけど、連絡はすぐにつきます」
「わるいな。頼む」
通話を切って、電子機器を撮影し、SNSで達郎に送った。
すぐに達郎からメッセージが戻る。
『写真をすぐに、ストームに回します』
ストームってなんだよ。
ふたつ名か何かか。
達郎は、オレの1コ下で、知り合って4年くらい。
あの頃の達郎は高校にも行かず、地元ギャングの最年少幹部という立場で威張り散らしていた。
最初の出会いは険悪だったが、何度か叩き潰したら、オレを慕うようになった。
いまでは、そのギャングを束ねるリーダー格に出世し、ガキどもの社会ではとにかく顔が広い。
スマホをポケットに戻し、窓の下の外壁でタバコをもみ消す。
吸い殻どこに捨てようか。
未希は、タバコを嫌がる。
電子機器を机の上に置いて、吸い殻をつまんだまま未希の部屋を出た。
階段を降りてダイニングに行くと、テーブルの上に、皿に載ったおにぎりが2つ。
それを見て、猛烈な空腹を思い出した。
カラダはそうでもないが、精神が疲れた。
まずはシャワーだ。
オレは浴室に向かった。




