3.8.03
旅は、順調だった。
クラゲは、人当たりの良い男で、深く詮索するようなこともしない。
アルクともすぐに打ち解けたようだ。
ただ、アルクが既婚者だと聞いて、良い嫁さんを見つけるにはどうしたらいいかと、旅すがら指南を受けていた。
26歳で、独身というのは、この世界の社会では深刻なのだろうか。
オレ達は、小休止を挟むことなく夕方まで歩き続けた。
暗くなる前に、小川を見つけ、近くで野営をした。
その日の晩飯は豪勢で、クラゲが持ち込んだ野菜をたっぷり煮込んだシチューだ。
ただし、調味料もダシも無いので、味は薄い。
それでも、腹は充分に膨れた。
野営の見張りは3交代。
オレ、クラゲ、アルクの順だとアルクが提案した。
クラゲが2番手なのは、昼間だけで信頼を得た証だろう。
オレが1番手なのは、3番手のアルクを見張りたいならどうぞという配慮だろう。
アルクはオレを信頼している。オレはアルクを信用していない。
見透かされている。
その通りだ。
だが、盗まれそうな物を持っているのは、アルクだけだ。
それを見張れというのは、アルクを守るのと同意だ。
利用する者、される者。
ふざけんな。
だから、朝まで、ぐっすり寝た。
オレがアルクの思惑を利用した。今夜はオレの勝ちだ。
翌日も、旅が続いた。
太陽が、右から左へと移動する下で、オレ達は平原を歩き続けた。
道は無い。平原だ。
アルクの言う「あの山脈の切れ目を目指します」という言葉だけが、頼りだった。
時折、森を迂回し、浅瀬の川を渡り、また夕方になる。
夕食は、野菜の残りと、ベーコン。それと干し豆や乾パンをふやかしたスープだった。
味も少しはまともで、量も充分だ。
昨夜2番手だったクラゲが眠そうなので、今夜はオレが2番手を引き受けた。
異変が起きたのは、見張りの時間だった。
襲ってきたのは、野盗でもオオカミでもなく、ハラの違和感だ。
胃が重い。そして昨日よりも寒気がする。
見張りをアルクと交代し、横になったが、眠れない。
胃の重さと、吐き気。
なんだ……これは。
「どうしたんですか、ソウジ?」
「いや、ハラが……」
「食あたりですか?」
エールを呑もうと、革水筒を取り出し、キャップを開ける。
「まってください……その革水筒、もしかして、だいぶカビてますね。洗ってますか?」
「洗うのか……これ……」
「ええ……まぁ、普通は、旅がおわったら、洗います。すぐカビが生えますから。
もう、呑まないほうがいいかも知れませんよ、それ?」
これが原因なのか……?
オレは、中のエールを捨てた。
革水筒の底の方から出てきたのは、黒ずんだカビの塊だった。
酸っぱい泥のような腐臭。
もう一度横になったが、陽が昇るまで、眠れることは無かった。
朝になり出発する。
予定では、今日の昼に、ボーテス村だ。
遅れるわけにはいかなかったが、ペースが落ちた。
昼近くになって、見かねたアルクが、少し休みましょうと提案した。
オレ達は、森沿いの木陰に腰を降ろした。
クラゲが呑むか?と、キャップを開けた革水筒を差し出したが、断った。
何も口にしたくない。
気分は、最悪だ。
冷や汗が流れ、寒気を感じる。
意識が少し朦朧とする。
休んで良くなるどころか、時間が経つごとに悪化していく気がする。
しばらく座って風に当たっていた。
風に乗って悲鳴のような甲高い声。
クラゲが腰を落として、声の方を眺めている。
アルクも同様に視線を送り、剣の柄に手を掛けた。
半キロほど先の平地で、複数の男達が、斧や剣で戦っていた。
10人はいるだろうか。全員野盗のような格好をしている。
その中で、ひとりだけ、異彩を放つ存在があった。
喧噪の中央で。
牛につながれた台車の上。
髪の長い、若い女性の姿だった。
歳は、十代後半だろうか。
遠くて分かりにくいが、身なりは良さそうだ。
「あれは、なんでしょうか?」
「あの女をめぐって、野盗どもが乱闘でもしてんのか」
クラゲとアルクの2人が、状況を観察している。
「4人と6人……ですね。
4人が、中央の女性を守っているようですね」
「助けに行くか?」
「助けたところで、私たちに何かメリットでも?」
「おれの未来の嫁かもしれねぇ」
「私とクラゲさんの2人で加勢すれば人数は互角になりますが……」
「いや、おれは戦えねぇし、行かねぇ」
クラゲと、アルクがオレを見る。
「……オレは今日はムリだ。次の機会にしてくれ」
「まぁ、殺される前に死にそうですね」
「あ、逃げたぞ」
見ると、女性が台車から降りて、駆け出していた。
こちらの森に向かって走って来る。
「やべぇ、こっちに来るぞどうする?」
「巻き込まれたくありません。隠れましょう」
クラゲが真っ先に木陰に身を隠す。
アルクは、オレを太い木の裏まで引きずった。
女性が少し離れた森に入る。
4人組の方は、全滅したようだ。
生き残ったのは3人。
その3人が、女性を追い掛けて森へ駆けている。
「逃げ切れますかねぇ」
「おれの未来の嫁。無事だといいなぁ」
「それより、あの牛車……なのですが……」
「おう、気が合うなアルク。おれも今、同じこと考えた」
最初に、クラゲが牛車に駆け出していく。
アルクは、オレを肩に担ぎ、後に続いた。
牛車の周囲に倒れているのは7人。
まだ、息がある者もいるようだが……
クラゲがコイン袋を手早く回収している。
アルクは、牛車にオレを載せた。
少しだが、果物。リンゴが入った籠が載っている。
「さぁ、出発しましょう。
ここからなら、夕方には、ボーテス村に到着できます」
意識が朦朧とする……
いま起きていたことが、なんなのか良く分かっていない。
どうでもいい……
とにかくオレは歩かずに、ボーテス村まで行ける。
その事実だけが、今のオレの意識を支えていた。




