3.6.01 - 金型事件
「それで? 目的の村までどのくらいかかりますか?」
カタセ村を出てすぐ、アルクが質問した。
もう、オレ達以外に人はいない。
「今から出れば、夕方遅くには、辿り着けるかもしれない」
「それはありがたい。で、行先は?」
「ウガーラ村だ。
20年前まで盗賊の拠点だったが、今は流れ者が集まって村になっている」
全部、ガロムや、ガスコスから聞いた話だ。
「なるほど。そこで間違いなさそうですね」
「金型の持ち主を見つけたらどうするんだ」
「平和的に済むならだれも傷つきません。金型を預かり、王都に戻ります」
「済まなかったら?」
「すこし強引なやりかた……になるかもしれませんね」
「報奨金はいくらだ?」
「それなりに……とだけ言っておきます」
良く訓練された自然に見える笑み。
「金型は、そんなに重要なのか」
「そりゃ重要ですよ。鉄コインと同じ重さの鉄を持って行っても、街ではエールは呑めません。炉で溶かし、金型で刻印されて初めて、貨幣になります」
「その男は、なぜ金型を持ち去ったんだ?」
「私も詳しいことは知りません。
本来、コインを鋳造できるのは、王様から金型を貸与された職人だけです。金型の偽造だけでも、重罪ですよ」
現代で言うところの、偽札の原盤みたいなもんか。
「まぁしかし……」
アルクが、コイン袋から油臭い鉄コインを1枚取り出して、それを眺める。
「村で流通しているコインは、ほとんどが偽造コインのようですね」
「そうなのか」
「村人にとって重要なのは、刻印よりも、コインの形をした鉄の重さです。エール1杯の価値のある鉄。それが村での貨幣です」
なるほど。エール1杯と同じ価値の重さの鉄。
それが、この世界のカネ。
いや、カネ(金)ではなく、テツ(鉄)というべきか。
街はともかく、鉄そのものの価値が重要な村では、コインに偽造もホンモノも無いのだろう。
価値があるのは、コインではなく、エールと同じ価値の鉄だ。
「毎日、鉄と接している村人なら、持っただけで鉄の良し悪しに気付く者も多いでしょう。
しかし、街の住人や貴族は違います。
持っただけでは、鉄の違いなんて分かりません。
そこで大事になるのが刻印。つまり金型です」
ふと、思い出して、オレはコイン袋から2枚のコインを取り出した。
1枚は、クラゲから貰ったコイン。
1枚は、おやしろにあった錆びたコイン。
どちらにも、目を瞑った女性の横顔が刻印されている。
先に、クラゲから貰ったコインをアルクに見せる。
「これはニセのコインか?」
「偽物ですね。掘りが荒いですし、ザラツキも目立ちます」
次に、おやしろのコインを見せる。
「これはどうだ?」
「……ホンモノ……の様ですが、これだけ錆びていると、街でもコインとしての価値はありませんねぇ。古い物のようなので、骨董品にはなるかも知れませんが」
妙だ。
アルクの話は引っかかる。
カタセ村でも、偽造コインが日常的に流通している。
であればアルク達は何故……?
偽造コインの金型なんて、鍛冶屋があれば、どこの村にでもありそうだ。
にもかかわらず、アルクとトールスは、偽造の金型を追っている。
話に少し、違和感を感じる。
「わりぃ……少しペース落としてくれねぇか……」
話の腰を折ったのはトールスだった。二日酔いで辛そうだ。顔色も悪い。
「飲みすぎですよ、トールス」
「タダ酒だぜ……呑まなきゃ損だろうが……」
「私たちは、今、確実に時間を損していますよ」
少し、ペースを落として歩く。
オレもすっかり見慣れた川。
灯巫子川が見えてくる。
それから昼を少し過ぎた頃。
以前、盗賊に襲われた場所に着いた。
盗賊2人の死体は無かった。
誰かが回収したのか、獣に持ち去られたのか。
どうでもいい。
「少し野暮用がある。休んでいてくれ」
言い残して、オレは葦の茂みに向かう。
「おぉ休憩か……ありがてぇ、ちょっと顔洗ってくるぜ」
トールスが、よろよろと川に向かう。
「まったくもう……」
アルクは、草地に腰を下ろして、革水筒のキャップを外そうとしていた。
オレは、葦の茂みに入る。
ガスコスが半殺しにされた日。
その朝に隠した、鉄鍋と戦利品を探す。
あった。
盗賊が着ていたマント。上には石が載っている。
めくると、その下。
手斧が1本、鉈が1本。
毛皮のベストが2着。
それと、ガスコスの鍋。
マスターから借りたズタ袋に全て放り込む。
肩にかけると、まぁまぁ重い。
川原に戻ると、トールスはまだ顔を洗っていた。
アルクが話し掛けてきた。
「今日中に到着できそうですか?」
「ウガーラ村は、森の中だ。夜遅くに、あの森を歩くのは止めたほうが良い」
はぁ……と、アルクが溜息を吐く。
「しょうがありませんね。今夜は、森の手前で野営しましょう。あなたの責任ですよ、トールス」
「すまねぇ……」
そこから、さらに半日。
森の手前に着くが、すでに陽は落ちかけていた。
森には入らず、川辺で野営の準備を始めた。
丁度いい。ガスコスの鍋を、ここでも使おう。
オレは、川から水を汲む。
アルクは、手早く石を集め炉を作った。
そのあと2人で、薪木を集める。
トールスがどこかから戻って来ると、矢の刺さった野ウサギを片手に掴んでいた。
暗い森で、小さな得物を矢で射貫いたようだ。
どれほどの腕前なのだろうか。
見当もつかない。
オレは石炉の中央に平らな石を置き、鍋を載せる。
その周囲に薪木を積み上げる。
「面白いやり方ですね。ちゃんと火は通るのでしょうか」
オレはガスコスの真似をしただけだ。
珍しいのだろうか。
トールスが、横で手早く野ウサギを解体している。
湯が沸いてから、マスターに貰った黒パンを鍋に放り込む。
革水筒のキャップを開けてエールを注ぐ。
「なんだ……ソウジはやっぱ盗賊か?」
トールスが、解体したウサギの肉を鍋に放り込んでいく。
「なぜそう思う」
「どう見たって野盗の作法だ。おれぁ嫌いじゃねぇぜ。気に入った」
アルクは、いつの間にかナイフを手に持っていた。
どこかに仕込んでいたのだろう。
そのナイフで、鍋に浮いてきた、灰汁と血をすくいだしている。
「これはめんどくせぇからいらねぇ。魚のエサにくれてやろう」
トールスが川へ行くと、ウサギの部位の幾つかを川に捨てた。
「そろそろ、良さそうですね。黒パンいただきますね」
アルクは、ナイフ同様に、どこからかスプーンを出して、鍋に挿し込む。
オレとトールスは手斧で掬う。
ぐずぐずになった黒パンと一緒に、ウサギの肉を口に入れる。
うん。
不味い。
パンとエールの風味は、青臭い獣臭にすべて塗りつぶされていた。
肉を喰ったはずの口の中に、肉の味はなく、ただ青臭い。
それでも不思議と、何度か咀嚼したら慣れた。腹も満たされていく。
トールスの味加減が効いているのだろうか。
僅かな内臓の苦味が、良いアクセントになっていた。
もしかしたら、クセになるかもしれない。
そんな不味さだった。
そして、食事が終わる。
「見張りは私たちがやりますから。ソウジは先に寝てください」
まぁ、そうなるだろう。
お互いに信用していない。
オレが起きていては、安心して眠れないだろう。
だが、道案内のオレが殺される道理は無い。
言われた通り、マントにくるまりオレは寝る。
時間はまったく分からない。
焚火の外は、静かすぎる闇が広がるだけだった。




