2.2 - 盗賊
どれだけ歩いただろうか。
時計が無いので分からないが、1時間かそれ以上か。
川幅も広くなり、対岸まで30メートルはありそうだ。
少し前から、微かな煙の匂いを感じていた。
お盆の日に、どこからともなく嗅ぐような、なにかを燃やしている匂いだ。
歩みを進めていると、途切れた葦の隙間から、それが見えた。
煙だ。
風にあおられて、上空へと拡散している。
出所は、葦や低木に阻まれていて、確認できない。
だが、あの煙の元で、なにかが燻っている。あるいは燃えている。
葦伝いに、煙の方へと近づく。
なにかが焼かれている匂いが強くなる。
それは、吐き気を覚える匂いだった、
焦げてダメになりかけているシチューのような匂いだ。
近づくと、葦の向こうから、話し声がした。
誰かいる。複数だ。
ときおり、笑い声も混じっている。
膝を落とし、声のする方へ。
目立たぬように、ゆっくりと葦を除けて、少しづつ歩を進める。
葦の途切れる手前で静止すると。
男が3人。
それと大型の犬が1匹。
リードを付けていない犬が、すこし距離を置いて、身体を丸めている。
見た目は、ゴールデンレトリバーに似ているが、少し違う。
3人の男は焚火を囲んで、なにか談笑していた。
2人は座り、焚火を挟んだ向かいに、川を背にして腕組みする男。
聞き耳をたてたが、無駄だった。
話している言葉が分からない。英語とも違う。
日本人ではないだろうが、判別できない。
3人とも、剃ったことが無さそうなほどの髭を生やしていた。
目と鼻は見えるが、口も顎もヒゲに覆われており、ぼさぼさの髪を前髪から集めて後ろで結っている。
まぁ、ひとまずオレはホッとした。
人が居た。
あとは、あの3人が、敵なのか、味方なのか。
3人は、薄汚れた白っぽい肌着に、毛皮のベストを羽織っている。
腕組みの男の腰には両刃の西洋剣が吊り下がっていた。
刃渡りは60センチ程度だろうか。
ここからでもわかるほどの刃こぼれが目立つ。
酷いボロ剣だ。
拾ったのか、あるいは、使い込んでいるのか。
確実になったのは、ここが法治国家でも、日本でもないということだろう。
あれでは確実に、銃刀法違反だ。
座っている2人はどちらも、手斧を傍らに置いている。
言葉は分からないが、そのトーンは、無駄に大きく威圧的で、笑い声は妙な怒りを誘う。
あれは良くない連中だ。
3人の雰囲気は、若いギャングの下っ端が、夜の公園あたりで談笑している光景に酷似している。
顔見知りじゃなければ大抵はケンカになる。
おまけに、3対1なら、間違いなくやつらの方から仕掛けてくる。
あれは、友好的な連中では無いだろう。
だが……
あいつらは、靴を履いている。
毛皮のベストを着ている。
食糧もある。
座っている男が手に持っているのは、水筒だろうか。
今後のことを考えると、あれらは必要だ。欲しい。
そして、なによりも惹かれるのは武器だ。
最良なのは、彼らが友好的で、彼らの寝床か集落に案内してもらうことだろう。
しかし、3対1だ。
奇襲をかけて、先に独りを落とせば可能性は有る。
よって、友好的に話しかける猶予は無い。
彼らとのファーストコンタクトは、奇襲しか無い。
このまま、夜まで待つか。
最も厄介なのは、あの犬だ。
愛玩犬だとは思えない。あれは猟犬。良くて番犬。
あ……
しまった……
犬と目が合った。
時を置かず「ワフッ」と、その場で一つ吠える。
3人が、犬に注目したかと思うと、犬は、こちらに駆け出した。
オレは、近くにあった、棒きれを左手で逆手に掴む。
犬の体長は1メートル強。
心の準備も敵対意思もないオレに、殺意の籠った眼光を飛ばすと、弾丸のように加速した。
考える間もなく、犬が近づく。
オレは腰を落とす。
距離が詰まり、犬が跳ねた。
跳ねた直後に、棒きれを首の高さに構える。
犬系の動物は、まず首を狙ってくる。
突き出した棒きれを見た犬の頭が空中で左下に沈む。
右手をフックのように回し、空中でもたついた、犬の頭を引っ掴む。
そのまま頭を、左後ろにそらしながら、棒きれを犬の背中に突き刺した。
ギャン!!
左耳に響く犬の悲鳴。
そして、バタバタと、転がり、のたうち回っているような音が背後から聞こえる。
3人の男たちは、おれを見て目を丸くしていた。
棒きれは半分折れて無くなっていた。
犬に刺さったままだろう。
どうする……逃げるか。
逃げる。
いや、逃げるべきだ。
状況的に、オレの方が速く走れるはずだ。
奇襲は完全に破綻した。
ここから先は正面戦。
見れば体格は3人ともオレよりデカく、肉付きも良い。
あと1,2秒で、手に武器を取り、こちらに向かってくるだろう。
逃げよう。
と、重心を変えたとき。
右脚の太ももに、牙が食い込んだ。
目が血走ったよだれまみれの犬が、オレの脚に噛みついていた。
痛みが襲う前に、噛みつく犬の頭を掴む。
そのまま、親指と中指を犬の目に突っ込んだ。
犬が、シッポを踏まれたときのような悲鳴を上げて、のけぞった。
掴んだ頭を放すと同時に脚から激痛。
犬は前脚をバタバタとさせながら、転げまわった。
男たちの方を見る。
ボロ剣の男がすでに間合いに入っていた。
男は左耳の辺りに切っ先を引き寄せ、コンパクトな袈裟斬りの体制に入っている。
切れ味が悪そうな剣だ。
振り始めた剣に、右手を出した。
手元まで届かない。
刃こぼれする剣の刃を素手で掴みにいく。
甘かった。
手のひらに載ったのは、金属バットで叩かれるような衝撃。
剣は、そこで止まったが、オレの手と手首が半分切り離されている。
そのあと、男の拳がオレの顔面に直撃した。
ゴンと、鈍い音。頭が揺らされ視界がゆがむ。
なんだ……
けっこう強えぇ……
右膝が崩れ落ちたが、どうにかまだ片膝の体制で堪えている。
「ウーラ、アラウェーダ、アラウガーラ」
男が何か喋っている
「わかんねーよ」
喋ると口の中に痛み。
奥歯が何本か欠けたようだ。
鉄の味が、じわっと広がる。
「ハビダラ、ウーラ、アラウェーダ」
それを口の中でこねくり回し、ブッ、と、男のベストに吹き飛ばした。
男はオレの髪の毛を掴み、上を向かせて、オレの顔を眺める。
「デンゴラバ」
フッ……フフフ……フハハハッ。
臭ぇ……
この男、この状況でも嫌気がさすほどに、めちゃくちゃに臭ぇ。
たまらず薄笑いを浮かべる。
もう、笑うしかできない。
「おまえくせぇんだ……」
言葉の途中で、男のつま先が、オレのみぞおちに突き刺さった。
息ができない。
そのあと、掴んだ髪の毛を引っ張り、オレ頭を地面に叩きつけた。
微かに感じる土の匂い。
ここがどこかは知らないが、土の匂いは、うちの近所と同じだ。
男が振りかぶっている気配が分かる。
死ぬのか。
死ぬんだろうな。
……あれ
……おれ、何しにここに来たんだっけ?
後頭部に固いものが触れる感触。
……おにいちゃんは
……わたしより……ながいき……してくれる……?
……ごめん……みき




