6.6.39 - AI
拠点に戻る。
タデクは建築現場へ。
わたしは宿舎へ。
日を追うごとに、宿舎には部屋が増え、階段ができて2階部分の建設も始まっている。
なので、寝る部屋は増えた。家具はまだなにもないが、個室もある。
しかし、昼間はトンテンカンとウルサイ。
大工さんも、ズカズカと、宿舎の中を歩き回っている。
ホコリっぽいし、どことなく建物の中がワキガ臭い。
そのウルサイ宿舎の1階ホールで、世川君とロズが、語学の勉強会をしている。
ふたりとも、ドイツ語会話を学んでいる。
教師は、フリッツかクララが、たまに見にきてくれていたようだ。
もうお昼過ぎだったが、わたしも、そのまま勉強会に参加した。
ここからは、わたしが、付きっ切りでドイツ語教師だ。
夜はおやしろに戻って寝る。
世川君は、そのまま宿舎で寝起きしている。
翌日。
おやしろで目が覚める。
まずは、噴水広場を通って拠点へ。
世川君は、厨房でパンを食べていた。
「世川君、おはよ」
わたしも隣に座る。
「あ、お……おはようございます」
パンを口にくわえながら、のっそりと顔を縦に振る。
厨房には、朝食当番らしきハンナちゃんもいた。
「みきちゃん、おはよ。ちょっとまってて」
「うん、なんか手伝う?」
「あ、じゃあお皿はこんで」
「うん!」
この厨房で、お手伝いさせてくれるのは、ハンナちゃんだけ!
自分のお皿とコップを運んで、世川君の隣で、パンを食べる。
「世川君、ごめんね。今日もでかけなきゃなの」
「はい。大丈夫です。みきさんも、忙しいんですね」
「おとといまでは、ヒマだったんだけどね……」
「あ、でもまゆさんから伝言で」
「うん?」
「ぼくと合流したら、なる早でログアウトしろと」
「えっ、もう合流してから1日以上経つじゃん!」
「すいません……忘れてました。ぼくも余裕がなくて」
「どうしよう。今日の夜でもいい?」
「はい。それと合流したときの時間を、もう少し正確に……って、もう遅いんでしょうけど」
「え?」
「あ、いや、あの、ぼくを噴水広場で見つけた時間帯を、ログアウトしたらぼくにおしえてください」
「うん。わかった。じゃ、でかけてくるね」
「はい」
噴水広場から、メモリアのカタセ村へ。
今日は、階段を修理してもらうダストスたちと約束している。
何時とかの決め事はしてない。
っていうか、ウガーラ族もカタセ村も、時間というものを知らない。
伝わるのは4種類と少し。
朝か、正午か、夕方。もしくは夜。それとその中間。
おやしろの外にでると、ダレもいなかった。
ガラクタがなくなって、スッキリしている。
……みき、おはようってなに?
唐突に、感情が流れ込んだ。
左肩に目を向けると、羽の青い灯巫女が、フワフワと浮いていた。
そうだった。
この子とも、ちゃんとコミュニケーションとらなきゃだ。
やっとゆっくりお話しできる。
って言っても、言葉で会話をするわけではない。
リュウタやルカのときと同じ、互いのイメージのやりとりだ。
でも、わたしが魔法を使ったわけじゃない。
たぶん、灯巫女が魔法かなにかを介して、わたしに語りかけている。
「おはようはね、朝の挨拶だよ」
「あさ?」
「陽が昇ってから、しばらくの時間が朝」
「あさ……あさ……」
おやしろから出て、扉を閉めて、わたしは原っぱに座った。
灯巫女はハタハタと羽を動かし、わたしの目の前に浮遊した。
「まずは、名前をつけなきゃね」
「なまえ? つける?」
「あなたの名前」
「あなた?」
「そう、あなた。どんな名前がいい?」
「うん?」
「すでに名前、あったりする?」
「なまえ?」
「うーん……」
灯巫女が困っているようだ。
名前という概念を、持たないのだろうか。
それでも、なにかを思い出したのか、ぽつりと答えた。
「えいあい」
「えいあい?」
「えいあい」
「じゃあ、アイにしようか?」
「アイ?」
「そ。アイちゃん。これからアイちゃんて呼ぶからね。呼んだら出てきて」
「……アイちゃん?」
「アイ!」
「アイ?」
「ねぇ、アイちゃんは、どうしていつも消えてるの?」
「アイちゃん? 消える? 羽?」
「羽? 羽で姿を消すの?」
「逃げるときは、羽を暗く……する」
羽を発光させれば見えるけど、消すと見えなくなる?
のかな?
「アイちゃんは、他のヒトが怖いの?」
「こわい? 怖い。みんなに食べられちゃう」
「ええ、食べられちゃうの? どうして?」
アイと名付けた、灯巫女の思考が、映像のように流れていく。
浮かぶのは深く薄暗い森の隙間。
木漏れ日の先に見える青空。
ふわっと、ソラが近くなり、飛ばされたように宙を舞う。
景色がクルクルと回転していた。
そこに映るのは、森の中に、同じように撒き散らされて舞う、無数の灯巫女の群れ。
灯巫女が生まれた瞬間だろうか。
風に吹かれたタンポポの種のようだった。
無数の灯巫女が飛ばされていく。
自分自身を見ることはできないが、たぶんアイも、それと同じ種子のひとつなのだろう。
アイは、植物なのか。
それなら、見た目も納得できる。
樹皮のような肌。花のつぼみのような頭。
柳の葉のような4枚の羽。
だとしたら、わたしは、植物と意識の会話をしているのか。
「でも、食べられても平気。動かせるようになる」
「え……どういうこと」
その言葉を最後に、何秒かの沈黙。
そしてまた、アイのイメージが流れ込んだ。
「ヒトが……来る……」
「え?」
まって、動かせるってどういうこと?
アイの姿が消えてしまった。
羽の灯りを、消したのだろうか。
酒場の方へ目を向けると、牛と荷車。
その周囲を囲む、ダストス、グック、ジンケ。
それと、名前を知らない、ヒゲのおじさん。
「ミキー、おまたせー」
わたしの視線に気がついたダストスが、手をふっている。
わたしは意識で、アイにメッセージを送る。
アイ。またあとでね。
……また、あとで?
これはもしかすると。
言葉をおしえる生徒が、ひとり増えたかもしれない。




