3.5.06
「オレは爺さんを家まで送っていくよ」
酒場のマスターから、また松明を借りた。
クラゲとは酒場で別れて、千鳥足のイナムラ爺さんに肩を貸して歩いた。
草間から、リーリーと、鈴虫の鳴き声が聞こえる。
「わたしびと様を最初に見たんは、18か19の頃じゃ」
イナムラ爺さんが、酒臭い息を吐きながら喋り出した。
「あちこちで、村人を助けたり世話をしたり。
かっこよかったなぁ……」
「どんな人だった」
「歳は幾つくらいじゃったかなぁ。
中年のおっさんじゃった。
わたしにまかせろぉ。
わたしがなんとかしてやるぅ。
が、口癖じゃったわい」
「記憶の回廊は、何処で見たんだ」
「おやしろのすぐ近所じゃ。
『また25年後に来た時のためだ』
とか言うとった。
あんときは、意味がわからんかったがな。
わしら兄弟もそこに呼ばれてな。
見物させてもらったんじゃ」
大事なことを聞いた。
たしかに……オレも、若い村人に見せておくべきだ。
そうしないと、次のカウント。
25年後は幽霊を連れてくるしか、扉を開く術が無くなる。
「今夜やっと意味がわかったわい。
わたしびと様は、わしら兄弟に託したんじゃ。
50年後も扉を開けらるように」
イナムラ爺さんの家が見えてくる。
「もう大丈夫じゃ。ここでええぞ」
「また呑みに誘いにくるよ」
「ふん、ソウジと言ったか。
50年前のわたしびと様とは……
全く似ておらんのぉ。
正義感なんかカケラもなさそうじゃ。
悪人の目をしとる」
イナムラ爺さんが、クククと笑う。
「まぁええ。おやすみ、ソウジ。今夜はごちそうさん」
言い終わると戸を開けて、暗い小屋の中へと消えた。
オレも、おやしろに帰って寝よう。
記憶の回廊へ行くには、それを見た記憶のある年寄りをあと2人見つける必要がある。
新たな手掛かりは、小さい2人の子供。
それより今は、道がわからない。
オレはいったん酒場の見えるところまで戻り、おやしろまでの道を辿った。
メモリアには、星は見えるが、月がない。
まだ見たことがない。
星を眺めながら、村の外れを過ぎる。
松明の灯りの先がなにも見えなくなった。
鈴虫の鳴き声が止んでる。
松明は、煌々と辺りを照らしている。
それでも、灯りが届かない先は完全な闇だった。
暗闇の中からオレを見つけるのは容易だろう。
1キロ先からでも、歩くオレを探せるはずだ。
待ち伏せするのも、襲い掛かるのも簡単だ。
歩きながら五感を研ぎ澄ませる。
念のためだ。
すると足音がした。背後だ。
人の足音だ。
たぶん素人。
オレの歩調に合わせることもせず、異物の足音をたてている。
問題なのは数だった。
後ろに居るのは、おそらく2人。
予測しろ。
相手を出し抜け。
オレは背伸びするフリをして、松明を背後に振った。
足音が止まる。
たまたま後ろを歩いている訳では無さそうだ。
手前に戻すと、また足音。
そこから5歩。
足音が小走りに変わった。
オレは振り向き、右手に持っていた松明を水平に突き出した。
「ひっ、ひぃっ!」
ガキ……か?
少年だった。ヒミコよりも少し年上くらいだろうか。
右手には手斧。それを振りかぶったまま静止している。
オレはとりあえず、松明で少年の右腕を殴りつける。
「熱じゃ!!熱ぃ、あちちち」
少年は、手斧を地面に落とす。
その炎の先に、さらに若そうな、もう独りの少年。
その少年も、手斧を振りかぶって駆け寄ってくる。
まったく。物騒な村だ。
「ちくしょう!!死ねぇ!!」
セリフは立派だが、ガキが振り下ろす斧は、なんの小細工も無い大振りだった。
オレはカラダを左にずらして、斧を避けた。
つんのめりそうな少年のみぞおちに、右膝を叩きこむ。
動きを止めた少年の手首を掴む。
少し捻ると、少年は手から斧を落とした。
少年は、呼吸ができず、口をあけたままよだれを垂らしている。
周囲を見渡す。
他には居ないようだ。
道の先では鈴虫が鳴いている。
さて……
どうしたらいいんだ?
これは?




