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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
54/561

3.5.05


「夜道に年寄りを駆り出しおって。おごれ小僧」


 背の低いイナムラ爺さんが、顔を逸らして、見下す視線で言った。


 イナムラ爺さんをベンチに促す。


 ヒミコを呼んで、追加でコインを3枚渡す。

 爺さんのエールと、シチューのおかわりを注文した。


「よう、イナムラ爺さん。

 あんまり話したことなかったけど。

 おれはクラゲだ。

 よろしくな。喰うか?」


 クラゲが、肉を口に運びながら、言葉だけで挨拶する。

 シチューの具は、玉ねぎとパン屑だけになっていた。


「ふん、バカにしおって」


 ヒミコがエールを運んでくる。

 それを受け取ると、イナムラ爺さんは、チビチビと呑み始めた。


「不味いわ。久しぶりの酒じゃと寿命が縮むわ」


「オレが、いつでも付き合うよ」

「カネがないわ。アホが」


「オレもないが、カネがあれば奢るよ」

「わたしびと様のクセに豪遊のあげく貧乏人か。先が思いやられるな」


 嫌われたもんだな……英雄も。


「アロハとはどういう関係だ?」


 ジョッキを傾けようとした、イナムラ爺さんの手が止まる。


 ヒミコが、イノシシシチューを運んできた。

 目くばせして、イナムラ爺さんの前にシチューを置いてもらう。


 イナムラ爺さんが、肉を口に運ぶ。

 くちゃくちゃと肉を口の中で咀嚼し、うんうんと、顔を揺する。


「わしの愚痴に付き合え、若僧」


 エールをあおって、口の残りを流し込む。

 口の中の歯が1本も見えてこない。


「50年前の話じゃ。

 アロハは、わしの兄の嫁だ。

 そんで、あの魔女はな。

 わしら兄弟の母親を毒殺した」


「ええ……ホントかよそれ……?」

 先に驚いたのは、クラゲだった。


「まぁ愛想は悪いけどよぉ……

 悪態つきながら、子供から老人まで、へだてなく薬を調合してくれる婆さんだぜ?」


 そうだ。

 今も、ガスコスを朝から晩まで看病してくれている。

 オレにも愛想は悪いが、信頼してもいい婆さんだ。


 イナムラ爺さんが、エールを流し込む。

 ジョッキを降ろすと、絞り出すように次の言葉を吐いた。


「わしだ……

 わしら兄弟じゃ。

 母親を死なせたんは……」


 テーブルに視線を落とし、ぽつりぽつりと続けた。


「発端はな、はぐれオオカミじゃった。

 森の近くで、母親が襲われてよ。

 わしら兄弟は、腰をぬかして見てるしかできんかった。

 そんとき、助けに入ったのが、わたしびと様じゃ」


 クラゲも黙って話を聞いている。


「そんで、どうにか母親も殺されずに済んだ。

 じゃが、ケガをしてな。

 まぁ、傷は小さかったんじゃが、

 呪われちまったようにおかしくなった。

 薄気味悪くてよ。

 毎晩、笑うように痙攣しとった。

 よだれを垂らしっぱなしだ」


「傷が原因だったのか?」


「たぶんな。

 アロハはなんか知ってたのか、薬を調合させてくれと言うたが……

 アロハと母親は仲が悪くてよ。まぁ今思えば、あれは、母親のイジメだな。

 おかげで、わしらも、アロハが信用できんかった。

 だからアロハの申し出は断った。

 代わりに、わしら兄弟で薬を作ったんじゃ」



 周りのテーブルから、大声と笑い声が飛んでくる。

 オレ達のテーブルだけが、葬式の最中のようにシンとしていた。


「そんで、それ飲ませたら、母親は死んじまったよ」


「なぜアロハが殺したことになった?」


 イナムラ爺さんが、ジョッキをあおる。

 テーブルに軽そうなジョッキを降ろした。


「べつに……

 わしらはなにも喋っとらん。なにもだ。

 アロハは、いつも母親にいびられとった。

 事情を知らん村の連中が勝手に、アロハが毒殺したんだと噂したんじゃ。

 そんでアロハは家を出て行った。

 じゃがな……殺したのは、わしらじゃ。

 アロハはなにもしとらん」



 正直、オレにとっては、どうでもいい話だ。聞きたくもない。

 オレが興味無さげに黙っていると、クラゲが助け舟を出した。


「まぁ、呑めよ爺さん。

 誰かに言ったりしねぇからよ。

 溜め込んだ人生を、吐き出しちまおうぜ。

 あ、ヒミコちゃん、エールおかわり」


「はーい!」


 それから先もイナムラ爺さんの苦労話は続いた。

 年季の入った、愚痴と弁明だった。


「あんとき、わたしびとが、助けにこなきゃよ……

 あのまま、母親がオオカミに喰い殺されたら、おれ達兄弟とアロハで、違う生活してたのかもしんねぇって、思う日もあったよ」



 夜が更けていく。

 ようやく話が、わたしびと様に戻る。


「記憶の回廊はなぁ、兄と見たんじゃ。わしらは見ただけじゃがな。どんなだったかは、覚えとるぞ」


「兄はどこにいる?」


「死んだ。

 アロハが出て行って、半年も経たずにな。酒の飲みすぎだ」


「他に誰かいなかったのか」

「小さい子供が2人おったが、だれだかは忘れた。知らん」


「イナムラ爺さん。記憶の回廊を開きたい。手伝ってくれるか?」


 イナムラ爺さんは、だいぶ酔っている。

 どう答えたとしても、後日、念を押しに行こう。


「まぁ、ええぞ。罪滅ぼしにもならんが」


 ジョッキをあおりながら、言葉を続ける。


「この老いぼれでも……役にたつってんなら……あの世へ行く前に……」


 イナムラ爺さんが、3杯目のエールを飲み干す。

 3杯は村人の日給と同額だ。

 テーブルに降ろし、コン、と音をたてた。



「わたしびと様に恩を売ってやろうかのぉ」



あとがき#4


 ~アロハ~


 なんじゃいオマエはぁ!

 ワシが年寄りじゃからと、なめとるのかぁ!


 わたしびとにかかわるやつぁ、ワシに近づくんじゃないわぃ……アホが。


 ん……?

 なんじゃ……


 暗くて見えんわ。

 もっと明るくせんかい。


 ほれ。チカチカっと。ほれほれ。


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