3.5.05
「夜道に年寄りを駆り出しおって。おごれ小僧」
背の低いイナムラ爺さんが、顔を逸らして、見下す視線で言った。
イナムラ爺さんをベンチに促す。
ヒミコを呼んでコインを3枚渡す。
爺さんのエールと、シチューのおかわりを注文した。
「よう、イナムラ爺さん。
あんまり話したことなかったけど。
おれはクラゲだ。
よろしくな。喰うか?」
クラゲが、肉を口に運びながら、言葉だけで挨拶する。
シチューの具は、玉ねぎとパン屑だけになっていた。
「ふん、バカにしおって」
ヒミコがエールを運んでくる。
それを受け取ると、イナムラ爺さんは、チビチビと呑み始めた。
「不味いわ。久しぶりの酒じゃと寿命が縮むわ」
「オレが、いつでも付き合うよ」
「カネがないわ。アホが」
「オレもないが、カネがあれば奢るよ」
「わたしびと様のクセに豪遊のあげく貧乏人か。先が思いやられるな」
「アロハとはどういう関係だ?」
ジョッキを傾けようとした、イナムラ爺さんの手が止まる。
ヒミコが、イノシシシチューを運んできた。
目くばせしたら、イナムラ爺さんの前にシチューを置いた。
イナムラ爺さんが、肉を口に運ぶ。
暫く肉を口の中で転がし、うんうんと、顔を揺する。
「わしの愚痴に付き合え、若僧」
エールをあおって、口の残りを流し込む。
口の中の歯が1本も見えてこない。
「50年前の話じゃ。
アロハは、わしの兄の嫁だ。
そんで、あの魔女はな。
おれたち兄弟の母親を毒殺した」
「ええ……ホントかよそれ……?」
先に驚いたのは、クラゲだった。
「まぁ愛想は悪いけどよぉ……
悪態つきながら、子供から老人まで、
へだてなく薬を調合してくれる婆さんだぜ?」
そうだ。
今も、ガスコスを朝から晩まで看病してくれている。
オレにも愛想は悪いが、信頼できる婆さんだ。
イナムラ爺さんが、エールを流し込む。
ジョッキを降ろすと、絞り出すように次の言葉を吐いた。
「わしだ……
わしら兄弟じゃ。
母親を死なせたんは……」
テーブルに視線を落とし、ぽつりぽつりと続けた。
「発端はな、はぐれオオカミじゃった。
森の近くで、母親が襲われてな。
そんとき、助けたに入ったのが……
わたしびと様じゃ」
クラゲも黙って話を聞いている。
「母親の傷は小さかったんじゃが、
呪われちまったようにおかしくなった。
薄気味悪くてな。
毎晩、笑うように痙攣しとった。
よだれを垂らしっぱなしだ」
「傷が原因だったのか?」
「たぶんな。
アロハはなんか知ってたのか、
薬を調合させてくれと言うたが……
わしらは、アロハが信用できんかった。
だからわしら兄弟で薬を作った」
周りのテーブルから、大声と笑い声が飛んでくる。
オレ達のテーブルは、葬式の最中のようにシンとしていた。
「それ飲ませたら、母親は死んじまったよ」
「なぜアロハが殺したことになった?」
イナムラ爺さんが、ジョッキをあおる。
テーブルに軽そうなジョッキを降ろした。
「べつに……
わしらはなにも喋っとらん。なにもだ。
アロハは、母親とはソリがあわんくてな。
村の連中が勝手に、
アロハが毒殺したんだと噂した。
そんでアロハは出て行った。
じゃが、殺したのは、わしらじゃ。
アロハはなにもしとらん」
正直、オレにとっては、どうでもいい話だった。
そこへ、クラゲが助け舟を出した。
「まぁ、呑めよ爺さん。
誰かに言ったりしねぇからよ。
いままで溜め込んだ人生を、
吐き出しちまおうぜ。
あ、ヒミコちゃん、エールおかわり」
「はーい!」
それから先もイナムラ爺さんの苦労話は続いた。
年季の入った、愚痴と弁明だった。
「あんとき、わたしびとが、助けにこなきゃよ…もしかしたら、おれ達兄弟とアロハで、違う生活してたのかもしんねぇって、思う日もあった」
夜が更けていき、ようやく話が、わたしびと様に戻る。
「記憶の回廊はなぁ、兄と2人で見たんじゃ。
わしらは見ただけじゃがな。
どんなだったかは、覚えとるぞ」
「兄はどこにいる?」
「死んだ。
アロハが出て行って、1年も経たずにな。
酒の飲みすぎだ」
「他に誰かいなかったのか」
「小さい子供が2人おったが、だれだかは知らん」
「イナムラ爺さん。記憶の回廊を開きたい。手伝ってくれるか?」
イナムラ爺さんは、だいぶ酔っている。
どう答えたとしても、後日、念を押しに行こう。
「まぁ、ええぞ。罪滅ぼしにもならんが」
ジョッキをあおりながら、言葉を続ける。
「この老いぼれでも……役にたつってんなら……あの世へ行く前に……」
イナムラ爺さんが、三杯目のエールを飲み干す。
三杯は村人の日給と同額だ。
テーブルに降ろすと、コン、と音をたてた。
「わたしびと様に恩を売ってやろうかのぉ」
あとがき#4
~アロハ~
なんじゃいオマエはぁ!
ワシが年寄りじゃからと、なめとるのかぁ!
わたしびとにかかわるやつぁ、ワシに近づくんじゃないわぃ……アホが。
ん……?
なんじゃ……
暗くて見えんわ。
もっと明るくせんかい。
ほれ。チカチカっと。ほれほれ。




