3.5.04
「暇なら、オレの仕事手伝え」
クラゲが言った。
「木こりの仕事をか?」
「死んだオヤジの仕事が木こりだったってだけだ。
まぁ、おかげで森には少し詳しいな。
だから、そこらへんの雑用係がオレの仕事だ」
「なにをすればいい?」
「よし、じゃあまずは、おれの肩を揉め」
「オレの握力とクラゲの肩のどちらが固いか、試せばいいのか」
「あっはは、冗談だよ。
今日も森に入る。
ソウジは護衛と荷物持ちだ。
またイノシシが出たら頼むぜ?」
それからオレはクラゲに付添い、仕事を手伝った。
森に入ると、クラゲは仕掛けていた罠を順に確認していく。
いくつかの罠には、兎やリスがかかっていた。
セージや、ベリーを見つけるとそれを摘む。
陽が傾き始めるころには、2人で持てる限界の戦利品を抱えていた。
帰りがけに、小さな雑貨屋へ。
店といっても、やはり民家だが、扉の横に小さなテント。
そこに、食料品や革製品の雑貨など、様々な物が陳列されていた。
クラゲは、雑貨屋でセージやベリーを換金し、小麦や野菜を購入した。
そこが終わると、次に酒場へ向かう。
兎やリスをマスターに渡し、コインを受け取っていた。
「ヒミコちゃん、またあとでね」
クラゲが、サンダル履きのヒミコに声を掛ける。
「うん。まってるわクラゲさん。ソウジもね」
重そうなジョッキを両手で運ぶヒミコが、笑顔を返す。
見事な営業スマイルだ。
村の男達はイチコロだろう。
その後、クラゲは一度家に戻り、買い物してきた食料品を家に置く。
時刻は、すでに夕暮れだった。
「今日の手間賃だ」
クラゲが、オレに鉄のコインを2枚渡した。
これだけか、と思った。
聞くと、日給の平均は鉄コイン3枚。良くて4枚だと言う。
2枚以下の農民も大勢いるらしい。
エール1杯が、コイン1枚。
村の生活も、楽ではないようだ。
「よし、おつかれさん。呑みに行こうぜ」
オレ達は、酒場へと向かった。
酒場へ着くと、客はまだ疎らだ。
イナムラ爺さんの姿は無い。
野外ベンチに腰を掛ける。
クラゲがヒミコにストロングエールを注文した。
ヒミコがオレ達に両手を広げている。
前金制か。
クラゲと2人で、ヒミコの手に鉄コインを載せる。
オレはさらに、コインを2枚載せる。
「なにかツマミもたのむ」
「はーい」
相場が幾らかは知らないが、料理が出て来れば分かるだろう。
エールはすぐに運ばれてきた。
クラゲと2人で乾杯し、エールを口に含む。
香りも味もパンで、泥水のような酒だ。もう慣れた。
仕事を手伝った後だからだろうか、前回よりも美味く感じる。
しばらくすると、店主が大き目のボウルを持って出てきた。
「お目当ての客は、まだ来てねぇぞ」
前回のログイン。
この世界では昨日だが、オレは旅人が来たら教えてくれと、店主に頼んである。
その事だろう。
ボウルを置いて、店主が立ち去る。
そのボウルから、素晴らしくいい匂いが立ち昇っていた。
木のボウルに、イノシシ肉のシチューが満ちている。
一日煮込まれたのであろう脂と骨の匂いに、セージとローリエの青い香りが絡みつく。
スプーンが肉に触れると、抵抗することなくホロホロと崩れた。
オレの胃袋は予感した。
これは、ニフィル・ロードへ来て、初めての美食だと。
口に運ぶ。
前回の家畜のエサみたいな、ゴムのモツ焼きとは別世界だった。
最初に来るのは、エールのほろ苦さと、煮込んだ肉の濃厚な旨味。
すぐに、肉がとろけて舌に広がる。
じゅわりと甘みのある脂が滲みだす。
それを支えるのが、煮溶けた玉ねぎの甘みと、バターのようなコク。
美味だった。
ニフィル・ロードどころの話じゃない。
これまで食べてきた中でも最高の味かもしれない。
あの大男の店主、とんでもない料理人だったらしい。
クラゲと顔を見合わせた。
ニヤニヤが止まらない。
ニフィル・ロードの本気を見た。
こんな美味い物が、こんな薄汚い村の居酒屋で喰える。
これを喰うためだけでも、この世界に来る価値がある。
クラゲが、次々と肉を口に運ぶ。
おいやめろ。野菜も食え。
ふた口目のスプーンを挿し込もうとしたところだ。
「うまそうじゃな」
後ろから声がした。
それどころではないが、聞き覚えのある声なので振り向いた。
落ちかけた夕暮れを背に立っていた、ヨボヨボの爺さん。
イナムラ爺さんだった。




