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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
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5.7.07


 湿った土を掘ると、十センチも掘らないうちに、水が湧きだした。


 最初は泥水だったが、たたみ1畳分くらいの広さまで掘り進めるうちに、舞い上がった泥が沈み、透き通った水が、掘った穴の中に満ちていた。


 ヘラジカと馬が、充分に水が飲めるだけの幅と深さまで掘ると、ちょっとした泉のようになった。


 ひとまず、水の問題は解決した。


 その晩。

 ストームは、星の位置だけを頼りに、現在地の測量を行った。

 ハンスのように正確なものではない。


「カルデラ湖の山から2日間で進んだ距離は、140キロくらい……かも」

「半分くらい来たってことか」

「ん。方角が正しいなら、あと2日で、ルミナス・コアに辿り着ける……かも」


「ずいぶん自信ないのね」

「道具もなしに、星だけで測量なんて無理だよ」


「140キロの根拠はなんだ?」

「時速13キロで5~6時間の移動、それが2日」

「それ、俺でもできるじゃねぇか」


「いちおう、星の角度でも確認した……けど、誤差20キロくらいあるかも」

「海だったら、ギリギリでどこにも辿りつけねぇ誤差だな」


「もうここからは、星よりもルカだのみかも。みきさん、ルカはどう?」


「風がどんどん冷たくなってる。昨日までは海風もあってわかりにくかったけど、進んでいる方角と冷たい空気の方角は同じだよ」


「もう上着を羽織ったほうがいいわね」

「ん、そうだね。風引いちゃう」

「それとさぁ……言い難いんだけど……」

「なに?」


「馬の飼い葉が、明日で終わるわ。どうしたらいい?」


 食事が終わると、その晩はソフィアだけがログアウトした。

 見張りは、オレとミラーと、ストームの3人。




 翌日。


 オレ達は、全員、上着を羽織った。

 上着は、アーネストから支給してもらった。だからみんな同じ上着だ。

 サイズも同じなので、未希やストームには、だいぶ大きい。

 ブカブカだ。でも暖かそうだ。


 軍では標準的な装備らしいが、外側は固いレザー。内側はウール。

 見た目ほど重くはないが、非常にしっかりとした造りで、寒さを凌いでくれる。

 おそらく、雨や雪も、少し濡れたくらいじゃ通さないだろう。



 ここからは、未希が先頭に立った。

 ヘラジカのルルにまたがる未希の後を、ストームが続いた。

 その後ろから、荷馬車を引くミラーとソフィア。

 オレは最後尾から追いかける。


 馬の食糧に関しては、なにか奇跡が起きないかぎり、途中で尽きる。

 みんな、それを理解している。

 オレ達の目的のために、2頭の馬は生きて帰る見込みのない道を進んでいく。



 辺りは、急激に寒さを増していった。

 オレ達も、馬も、ヘラジカも、吐く息が白い。

 気温はおそらく、10℃前後。


 そのせいか、キノコも、見かけなくなっていた。

 ヘラジカも、馬も、カロリーを制限しているので、すでに腹ペコで走っている。

 しかし、馬の飼い葉に関しては、今日の飼い葉が最後だった。


 それでも今日は、80キロくらい進んだらしい。


 そして寒い。

 1日中夜なので、1日中寒い。

 凍えるほどの寒さだった。


 オレ達は、いつもより強めに焚火を焚いて、ノワールの闇を過ごした。

 その晩はミラーがログアウトした。




 さらに翌日。

 朝食を済ませて、また旅を継続した。

 現実世界から戻ったミラーは、少し酔っているが絶好調のようだ。


 オレ達は、また平原を進んでいた。

 気がつけば、枯れ木すらも生えていない。

 テレビで見た、火星か、月面のような光景だった。


 もう、馬の飼い葉は尽きている。

 荷車の積み荷も軽くなっているが、前日と比べて、明らかに速度が落ちた。


 おまけに、進めば進むほど、気温が下がっていく。

 指先が痛くなっていく。

 足の感覚も鈍い。

 ときおり手綱から手を離し、こぶしを握って指を温める。

 足の指を丸めて、熱を起こす。


 もう、これ以上、馬は走れない。

 ソフィアがそう告げるまで、オレ達は旅を続けた。

 その日、進んだ距離は、たぶん60キロ。


 そろそろ、ルミナス・コアも近い。


 それにしても寒い。

 おそらく気温は、5℃前後。

 日本と比較しても、寒い地域の冬の寒さだ。


「リュウタや、ルカは、この寒さでも大丈夫なのか?」

「うん、ぜんぜん平気だよ。ちょっと寒いかなってくらいみたい」




 そしてまた翌日。


「ごめんね……ありがとうね。やさしい子たち」


 ソフィアとミラーが、馬2頭に別れを告げた。

 安楽死させるかどうかの議論の末、殺さないことになった。

 ミラーですら、殺すのをためらった。


 最後に水だけのませたあと、ソフィアは、馬の視線を、西に向けた。

 どうかキノコをみつけて、親切なだれかに巡り合ってほしい。

 そう願いながら、ソフィアは2頭の尻を強くたたいた。

 2頭はオレ達が来た道を、弱々しい足取りで、走り去っていった。



 しかし、ヘラジカの食糧でさえも、あと1日分。


 荷車の積み荷も、ほとんどカラだ。

 いくつかのズタ袋と、乾燥しかけた柳の枝葉が、隅っこに押し込まれている。

 オレ達と、ヘラジカの残りの食糧だ。


 ミラーが、電車賃をなくした酔っ払いのように言った。

「帰りは、歩きだなぁ」


「暖かいところまで戻れば、キノコが生えているんだ。ヘラジカの食糧くらいなら、どうにかなるだろ」


「だといいけどなぁ」


 まぁ、気休めだ。

 ミラーもわかっている。


 ソフィアが言った。

「ここから、どうしましょうか」


「みきさん、方角はわかる?」

「うん、なんかね、冷たい風に乗って、暖かい風が湧いてる場所があるよ」


「えぇ、なにそれ……ルミナス・コアなの?」


「いや、ストーム。それはもしかして、間欠泉じゃないのか?」

「あ……そうか。ルミナス・コアは間欠泉だ」


「それとね、たぶん池?」

「池? 温泉かな」

「うーん、そういう匂いはしないよ」

「こんな寒い場所の池かぁ。冷たいだろうなぁ」


 ここからは歩くことになった。

 荷車は、ふたたび、2頭のヘラジカに結んだ。


 未希だけが、ルルにまたがり、先頭を進んだ。

 他の4人は徒歩だ。


「あと、何キロくらいだストーム」

「もう、20キロもないと思う。方角さえ間違わなければ、このまま歩きでも今日中に辿り着くと思うけど」


「今日中か」



 いよいよ、ルミナス・コアまで目前に迫っているのか。

 月はまだ、東の空の低いところ。


 20キロなら、あと5時間か6時間。

 あの月が、西に沈む頃には、ルミナス・コアか。



 いったいどんなところなのか。




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