5.7.05
ヘラジカは、ストームを嫌っているらしい。
オレの思考に流れ込んでくる、ヘラジカの意思が、なんども告げている。
ストームは、ヘラジカを、道具だと思っている。
オレも、つい最近まではそうだったからわかる。
燃料を入れれば、勝手に走る、車かバイク。
そんな風に考えているんだろう。
オレの考えが変わったのは、リュウタの存在だ。
リュウタは、歯も生えていないころから、未希に抱かれ、食事を与えられ、いまでは普通のオオカミに成長した。
いまはただ純粋に、未希の気配を追いかけ、未希に寄り添っている。
ふりかかる危険から未希を遠ざけることに、その命をささげている。
それだけではない。
リュウタは未希の大切な者達まで、人間か、動物かも問わずに、守ろうとしている。
その姿、姿勢は、人間をだれも信用していないオレにとって、無条件で信頼を寄せることができる存在だった。
それから、動物というものの見方が変わった。
たぶん、ヘラジカのルルも、渡り鳥のルカも、リュウタと同じだと思う。
未希に寄り添い、未希を大切に思っている生物なのだ。
だが、ストームは違う。
ヘラジカは、荷車を曳くための道具。
エサを与えれば、文句も言わずに、重たい荷物を運び続ける機械。
ストームは嫌い。
オレが、少しでもストームのことを思考しただけで、その意識が、頭に流れてくる。
だから、ヘラジカがその背中をストームに委ねることはない。
そう思っていた。
ところが。
ヘラジカはストームを乗せた。
ソフィアの手を借りて、ストームはヘラジカにまたがった。
暴れることもなく、ヘラジカはおとなしいまま、ストームにその背中を貸した。
なぜだろうと考えたら、その問いにも、オレを乗せるヘラジカの意識が答えた。
ストームは嫌い。
でも、大好きな未希からのお願い。
特別に乗せてあげる。
でも、言うことは聞いてあげない。
ルルの後ろを、追いかけるだけ。
大好きな未希のお願いだから。
特別だから。
未希に寄せる信頼が、ストームの嫌悪に勝ったらしい。
しかし、ヘラジカはストームを乗せただけ。
そこから1歩も動かなかった。
「……乗れたけど、どうやって動かすの?」
「えっとね……まゆさんには、動かせないみたい」
「え、どういうこと?」
「でも、大丈夫だよ。まゆさんを乗せたまま、ルルの後ろをついてきてくれるって」
「そうなんだ。じゃあ乗ってるだけでいいの?」
「うん」
未希も、オレと同じ意識を、ヘラジカから受け取ったのか。
それを、うまいことごまかした。
やはり、これは、魔法なのか。
なぜオレは、魔法が使えるんだ?
どうして、使えたんだ?
とにかく、全員、騎乗した。
ソフィアと、ミラーは馬に。
オレと、未希と、ストームは、ヘラジカに。
あとは、荷物をどうするか。
ヒトを乗せたヘラジカでは、荷車を曳くことはできそうにない。
だから、荷車は、ソフィアとミラーの馬で、曳くことになった。
馬2頭なら、荷車を曳けるし、歩くよりも早いスピードも出せるようだ。
あとは、ルルが積んでいた荷物を、3頭のヘラジカで分散する。
これで、全ての荷物を運搬しながら、旅を継続することができる。
なんだかんだで、月は、中ほどまで昇っていた。
ようやく出発だ。
「出発するわよ? いい?」
「うん。行こう。方角は東南東。目指すのは、みずがめ座ベータ」
先頭は、必然的にソフィアとミラー。
2人が並んで、荷車をけん引する。
その後ろに未希。
オレとストームは、最後尾で、ヘラジカの手綱を握りしめている。
あとはヘラジカに全てを委ねる。
前の3人が、動き始めた。
だから、オレは思考した。
未希とルルのあとを追いかけよう。
ポカポカとした空気が、オレの意識に浮かび上がる。
未希は、よほど好かれているようだ。
オレのヘラジカも、歩き出した。
ルルにまたがる、未希のあとを追いかける。
ストームのヘラジカも歩み始めると、ストームが驚いたように言った。
「わっ、歩き出した……なんにもしてないのに」
「意思を持った乗り物だからな。そういうものなんだろうな」
そりゃそうだよ。動物なんだから。
ペダルをこがなくても。アクセルを踏まなくても、勝手に動く。
先頭のソフィアが、馬上で振り向いた。
「少しずつ速度を上げるけど、ムリそうだったら教えて」
今の時点でも、歩くより速そうだ。
これよりも、速度を上げるのか。
ソフィアがまた振り向いた。
「ああでも、大声出すと馬が驚くから、普通の声でおねがいね」
その言葉通り。
徐々に速度が上がっていく。
しかし、荷車が跳ねだすと、少し速度が落ちた。
この速度が、限界なのだろうが、それでも速い。
人間が小走りで走るよりも速い。
にもかかわらず、疲れない。
あたりまえだ。
自分の足で走っていないのだから。
それどころか、オレはヘラジカになにもしていない。
ヘラジカが、自分の意思で、勝手に未希を追いかけているだけだ。
オレはただ座っているだけ。
バランスを崩しそうになっても、ヘラジカが立て直してくれる。
乗り心地は比較のしようもないが、バスか電車に揺られているのと同じだった。
「どう、ミラー? 慣れた?」
「いや、ケツがいてぇ。ちょっと休まねぇか?」
「ッフフ。それは乗るのが下手なだけ。馬の歩行に合わせて、お尻を浮かせて」
「え、こうか?」
「あははは。へっぴり腰っ」
「チクショウ、今日中に乗りこなしてやる」
オレの尻は、まだ痛くない。
たぶん、ヘラジカが、気を使ってくれている。
コイツが、変に疲労したりしないだろうか。
そっちの方が心配だった。
また、思考が流れ込んだ。
大丈夫。
まだ余裕。もっと速く走れる。走りたい。
それは、いざというときに取っておこう。
オレがちゃんと乗れるようになってから。
すると、少し灰色の意識が流れ込む。
退屈。つまらない。面白くない。
そんな感情だ。
純粋な生き物だと思っていたのは、訂正しよう。
動物にも理想があり、欲があった。
嫌悪するヤツがいて、好きなヤツ、慕うヤツ、信頼を寄せるヤツもいる。
恨みつらみで、寝首をかかれたりはしないだろうが、動物に対する考えかたを、少し変えた方がいいのかもしれない。
「総司……」
横から、ストームの声。
「どうした?」
見ると、ヘラジカの上で、お腹を押さえて、目を閉じたまま俯いている。
なんだか、顔色が悪い。
「酔う……吐きそう……」
「おまえなぁ……」




