3.3.11
おやしろから、20分ほどかけて、酒場まで戻る。
ヒミコが外でテーブルを拭いていた。
オレに気が付いたヒミコが振り向く。
「あ、ソウジだ。もう来たの? まだお店やってないよ」
「ちょっといいか、このコインは使えるか?」
オレは、おやしろで見つけた銀貨を、ヒミコに見せた。
「え……なにこれ? 銀貨! ウソ……」
大男のマスターが、箒を持って店からでてきた。
「なにやってんだ。遅れてんだからいそげ」
「やだー! お父さん見て! ソウジお金持ちだったー!!」
マスターは表情を変えず、オレの銀貨をちらっと見る。
「テメェ……金持ってるだけじゃ、娘はやれねぇぞ」
「えー、いいじゃん、ソウジ優しそうだし、強そうだよ?」
「コイツはダメだ。匂いでわかる。ダメな雰囲気しか伝わってこねぇ」
「でも、マントも立派だよー」
立派……? この悪臭を漂わせるマントが?
この一連の流れが、全て営業トークなのは分かっている。
オレは適当に答える。
「こんな臭いマントがそんなにいいのか?」
「まぁ……たしかに良いマントだ。
留め具は真鍮。泥ハネ対策もよく工夫されてる。
生地の質感も良い。雨をよく弾くだろ?」
「このマントがか?」
「わかってねぇみてぇだな。
マントは旅人の宝、命だ。雨風を跳ね返し、寒さをしのぐ。
旅人にとってマントは家だ。
つまり、おまえのマントは、いい家だ。
まぁ、全部、客から聞いた知識だがな」
このマントは、それほど良いものだったのか。
どおりで匂いも一流だ。
「それより、この銀貨は、使えるのか?」
オレは話を戻す。
「もちろん使える。だからこの店で使え。この村で銀貨が使えるのはこの店と、あと鍛冶屋くらいだ」
「考えておくよ。あとこれもだ。何かわかるなら教えてほしい」
オレは、腰に差していた地図を取り出し、マスターに見せた。
「……地図か?」
地図を数秒眺めてから、言葉を続けた。
「残念だが、この村からあんまり出たことがねぇ。知りたいなら夜だ。夜になったらカネ持ってこの店に来い」
「ならまた後で来る。邪魔したな」
「まて。
いいか、銀貨を見せびらかすんじゃねぇぞ。
誰が見てるかわからねぇ。
どっかのアホに盗られる前に、この店で使え。
いいな」
「わかったよ」
地図を戻し、店を離れる。
次はガスコスの様子を見に、シラスの家へ向かう。
コインが使えることはわかった。
元の持ち主には悪いが、使わせてもらおう。
それにしても、銀貨であの反応だ。
金貨には、どれだけの価値があるのか。
酒場から、シラスの家まで遠くはない。歩いて数分だ。
近づくと、最初に聞こえたのは、男の悲鳴、というより絶叫だった。
ガスコスだろう。
拷問でもやっているのかと思うほどの様相だが、通行人は、特に気にしていないようだ。
家の前に突き立てられている棒と、それに巻きつけられている血の付いた包帯。
これが通行人向けのサインなのだろか。
オレはふと、あるものを思い出した。
床屋の店先で、くるくる回るサインポール。
なるほど。確かにここは床屋だ。
オレはサインポールの近くに腰をおろし、ガスコスの絶叫が収まるのを待っていた。
陽はまだ低く、風は少し冷たい。
酒場からここまで、村の中はとにかく臭い。
そこらじゅうが便所かと思えるほどの悪臭。
しかし風が吹くたびに、漂う汚物の匂いが少し和らぐ。
まぁその悪臭も、ガスコスの悲鳴が止む頃には慣れた。
オレは、裏に回って、戸を叩く。
暫く待つと、戸が開き、シラスが顔を出した。
シラスの顔は、ますます疲れているようで、目の周りに深い影が滲んでいる。
「ガスコスはどうだ?」
「気を失った」
この床屋を名乗る男が、どんな治療をしているのか、オレにはわからない。
「入っても?」
「いいぞ。少し落ち着いたところだ」
中は酒盛りでもやっていたのかと思うほどの、ワインの匂いで満ちていた。
テーブルの上で、青白い顔のうつ伏せのガスコスが、死んだように眠っている。
そのカラダを、30代の女性が湿った布巾で拭いていた。
「傷口から膿をかき出している。
鍋の火傷はおまえの知恵か?
他に選択肢が無かったんだろうが……
おかげで、内側の肉はほとんど壊死だ」
聞いたところで、オレにはわからない。
「少し話がしたい。いいか?」
それを聞くと、指を振って、来いと合図した。
そのまま、奥の部屋へと歩いていく。
オレもその後を付いていく。
部屋は、だれかの寝室のようだ。
藁のベッドや、机がある。
「ガスコスの治療代だが、これで足りるか」
オレは金貨を取り出した。
表面は、花の形の意匠に縁取られ、中央には男性の顔が彫られている。
その金貨を、シラスに見せる。
シラスは顔色を変えることもなく、金貨を摘まんで、目に近づける。
「初めて見たが……本物か?」
「さぁな? オレも知りたい」
シラスが、オレの手に金貨を戻した。
「本物だったら、ガスコスの治療100回分だ。多すぎるし、ツリも払えん」
「ツリは良い。今後のツケだと思って受け取ってくれ」
「受け取ったとしても……
この家には、そんなもん置いておけん。
最悪、一家皆殺しだ。
ソウジは、わたしびと様だったか?」
「ああ。そうらしいな」
「なら、おやしろで預かっておいてくれ。支払いはガスコスの治療が終わった後でいい」
「わかった、ならそうしよう」
話が終わり、部屋を出て台所に戻る。
ガスコスは、小さな寝息をたてていた。
「あんたが、わたしびとだってのは、ほんとか」
横から声を掛けてきたのは、フードを被った婆さんだ。
名前は、アロハだったか。
フードの下から、呪うような眼光でオレを睨みつけていた。
「そうらしいが、それがどうした」
しばらくオレを睨みつけてから、視線を外す。
「……ふん……まぁいい」
婆さんは、よろよろと歩くと、籠の中から1本の葉のついた枝を取りオレに見せた。
「そこで寝てるバカたれを助けたいんじゃろ。そしたら、これと同じ枝葉を取ってこい。足りとらん」
「これは?」
「ワタシダの木の枝葉じゃ。枝も葉も必要じゃぞ。もちろん急ぎじゃ」
「どんな木だ? どこにいけばいい?」
「……ッふん
葉をつけた低い木。
緑色の樹皮についた黒い模様が目印じゃ。
その木の葉が付いた枝じゃ。
枝ごと何本か取ってこい」
それから、アロハは、オレに群生地の方角と場所の特徴を教えた。
地図についても聞きたかったが、シラスは刃物を洗浄したり、アロハもゴロゴロと草を潰している。
忙しそうなので外に出た。
アロハのいう方角へ、ワタシダの木とやらを探しに行く。
建物を離れ、小川の方へと歩く。
少し歩くと、またガスコスの絶叫が聞こえ始めた。
ガスコスには、とんだ災難だな。
タバコが吸いたい。
夜、酒場に行ったら聞いてみるか。
タバコはあるのかと。




