5.3.02 - ただの偶然
図書館は静かだが、見渡すと利用者は多かった。
テーブルも席も、半分くらい埋まっている。
ストームは、場所を移動したいと言った。
ニフィル・ロードに関する話をするつもりなんだろう。
それも、あまり、聞かれたくない部類の話。
ストームは、読んでいた本を片づけた。
そして、図書館の外に出た。
「おまえ、フード被りっぱなしで、暑くないのか」
「……あんまり、顔を見られたくない」
まだ日差しは高いし、外は暑い。
屋根のあるベンチまで歩いて、ストームだけベンチに座った。
オレは、屋根を支える柱に寄りかかる。
「エルハムから、色々聞いたんだけどさ」
「ああ、あの見張りのときか」
「うん」
今日も、ストームの声は小さく、聞き取りにくい。
あいかわらず、ニフィル・ロードと現実世界とでは、まるで別人だ。
オタク。人見知り。引っ込み思案。
自信の無さが、全身から、滲み出ている。
「なにを聞いた?」
「エレメントのこととか、ルミナス・ノードのこととか」
さすがに暑いのか、黒いフードを頭から外し、長い黒髪に変わった。
黒いままで、生地か髪の毛かの違い。
遠目には大差無いだろう。
「私たちが参加している、知恵のエレメントが、アメリカ主導なのはもう分かってる?」
「いや。そうなのか」
「カウントごとに、違うみたいなんだけど、ワールドカウント24の主役は1950年代の人達。
ニフィル・ロード全体が、疑似戦争の舞台みたいになってて、知恵は、北米と欧州。正義は、日本とドイツと、アジアが主体なんだってさ。
まだ第2次大戦が続いてるのかもね。あの世界で」
「へぇ」
「勇敢はロシア、というかソビエトが主導してるらしい」
知恵、正義、勇敢。
「あとひとつは?」
「信頼はね、ゲーマーエレメントらしい」
「ゲーマー?」
「中国かインドが覇権を取ろうとしてるみたいだけど、主導権を持ってるのは、現代のゲーマーなんだってさ」
「わからん。どういうことだ」
「他の3つのエレメントは、いわば、現実とリンクしたイデオロギーが支配するエレメント。
でも信頼は、そういうんじゃないんだって。
なんて言えばいいんだろな。
自由主義?
平たく言えば、遊びの集団?」
「わからん」
「知恵のエレメントはさ、7割のプレイヤーが、軍から派遣されて、給料もらって参加してるじゃん?」
「そういや、そうだな」
アーネストや、ウィリアム。
ミラーや、セルヒオもそうだ。
あいつらは、仕事で、ニフィル・ロードに来ている。
オレ達みたいな、遊び半分の参加とは、意識の向け方が根本的に違う。
「正義も、勇敢も同じだと思う」
「なるほど。じゃあ、日本やロシアも、国家ぐるみで参加してるかもしれないのか」
「そういうこと」
「信頼は違うのか」
「信頼は、8割のプレイヤーが無給。
わたしや総司と同じで、一般人として参加してる人がほとんどなんだってさ。だから目指すのはイデオロギーの正当性なんかじゃなくて、ゲームの世界をエンジョイすること」
「……エルハムがそう言ったのか」
「うん。ウソかホントかは、分からないけどね」
「それで? それがこの先、オレ達にどう影響するんだ?」
「捕まっちゃいけない人達は誰か。それを考えるってこと」
「ああ……なるほど」
「正義や、勇敢のエレメントに捕まったら、わたし達も拷問を受けるかもしれない。だからこの先は、遊び半分で済むゲームじゃなくなる……よね」
「そうだな」
「万が一、わたしや、みきさんなんかが捕まったら、なにをされるか……」
その通りだ。
もう、この先。
これ以上、あの世界に、深く関わるべきじゃない。
人が争わないエレメント・ノードまでなら、構わないと思う。
だが、人間同士で争うルミナス・ノードには、関わるべきじゃない。
「なら、やめるか。オレはもちろん、その考えに賛成だ。
シェイプシフトデバイスのことなんか、あきらめて、エレメント・ノードで、遊んでればいい」
「でも、みきさん、悲しむよね」
「オレは、未希や、ストームの安全が第一だ」
「ん……わたしの心配もしてくれるんだね」
「まぁな。未希の友達だからな」
「……シスコン」
ストームがそのスタンスなら、話は早い。
あとは、未希に、どう説明したらいいかだけだ。
「でも、わたしもね……気になることがあってね……」
「なんだよ」
「ルミナス・コアには、神様がいるんだってさ」
「バカバカしい」
「だよね」
「その神様に会いたいとでも言うのか。願いでも叶えてくれるのか?」
「エルハムの話を信じたいわけじゃないんだけど……」
ストームが顔を上げた。
涼しい風が吹いて、黒髪を揺らしている。
「その神様、わたしにそっくりなんだってさ」
「は……?」
「エルハムはね、カウント20で、主神ルートをクリアしたことがあるんだって」
「ウソくせぇ」
「うん。ウソくさい。ウソくさいんだけど……」
「神様がおまえに似てて、エルハムが過去の主神ルートクリアメンバーで。他に、まだなにかあるのか?」
「ランタとポンタ。知ってる?」
ランタとポンタ。
「え……?」
ランタとポンタではないが、未希が大切にしている、ぬいぐるみの名前がランタポンタだ。
「なぜ、今、その単語が出てくるんだ?」
「カウント20の、主神ルートをクリアした4人の名前。
エルハム、ランタ、ポンタ。それと、もうひとり」
「誰だ?」
「カワムラユリコ、って言うらしい」
カワムラ……しらんな。
「誰だよ、それ」
「総司は、みきさんのお母さんの旧姓、知らないの?」
「え?」
「わたしは、みきさんに聞いた。
みきさんのお母さんの旧姓は、川村詩織。
同姓同名の別人かもしれないけど、みきさんのお婆さんの名前が、川村百合子だって聞いてる」
ああ……思い出した。
オレの母親は、大嶽深雪。
未希の母親は、田心詩織。
そして、ふたりの母親の旧姓は、川村。
ふたりは、仲のいい姉妹だった。
川村詩織が姉で、川村深雪が妹。
つまり、未希はオレの母親の姉の娘。
オレと未希の、母方の祖母の名が、川村百合子。
「ストーム」
「うん?」
「カウント20のクリアメンバーの名前。なんだっけ」
「エルハム、ランタ、ポンタ、カワムラユリコ」
いや、まて。
まて、まて。まてよ……
だからどうしたって言うんだ。
それがなんだって言うんだよ。
べつに、どうでもいいだろ。
「総司」
「なんだよっ」
「みきさんは、どうして、ぬいぐるみにランタポンタって、名前つけたの?」
「分からない、聞いていない」
「そっか……わたしにも教えてくれなかった」
「いや……だからなんだって言うんだよ。それがルミナス・コアに向かう理由になるのかよ」
「主神がわたしにそっくりでさ、
未希さんに関するかもしれない、ランタとポンタの名前があって、
川村百合子と同姓同名の名前がでてきて……
もうこれってさ、わたし達に、来いって言ってるようなものじゃない?」
「どうしてそうなる。ただの偶然かも知れないだろ?」
「今までにも、何度もあったでしょ?
過去があるから、未来がある。
未来と過去は繋がっている。
わたしは知りたい。
過去になにがあって、未来でなにが待っているのか。
わたしが、なにを選択していけばいいのか」
だからって……
「それでも、おまえ達は、ルミナス・ノードに行くべきじゃない」
ストームが、下を向いた。
しばらく、黙っていたが、また口を開いた。
「……わたしだって、怖いよ」
こいつはいったい……
勇敢なのか、臆病なのか。
人見知りなのか、知的好奇心旺盛なのか。
いったい、おまえは、なんなんだよ。




