3.3.07 - カタセ村
男と2人で、台車を転がし、意識の無いガスコスを運ぶ。
村に入ると、幾人かの村民が、見物に群がる。
「ありゃガスコスじゃねぇか?」
「あいつ、またなんかやりやがったのか?」
「後ろで押してる、あいつはだれだ?」
気がつくと子供が数人、台車の後を追いかけてくる。
「ガスコスが寝てるぞ!」
ガスコスは、カタセ村でも顔が広いようだ。
台車を押しながら、村に入って数分。
男が立ち止まった。
「ついたぞ、ソウジ。ちょっとまってろ」
と、台車を停めて、男が離れていく。
男が歩く先は、ボロい木造の三角屋根の家。
どう見てもただの民家だ。
男は、戸をたたくでもなく、民家に近づくと大声で叫んだ。
「お~い! シラス! いるか!」
民家の裏は、畑になっているようだ。
そこから声が聞こえた。
「ああぁ? だれだぁ」
畑の方から現れたのは、麦わら帽子を被り、黄ばんだ麻のチュニックを着た、中年の男だった。
ガッシリとしたカラダをしているが、パッと見は、あきらかにただの農民だ。
「おう、クラゲかよ、どうした」
「ガスコスが怪我したらしい。見てやってくれ」
シラスと呼ばれた男がガスコスに近づき、ガスコスの顔を眺める。
「なにがあった?」
オレに質問しているんだよな。
「背中を鉈で斬られた。どうにか止血したが、状態は最悪だ」
シラスがガスコスのマントを引っぺがして、背中を見る。
「クラゲ、アロハを呼んで来い。大至急だ。急患だと言って急がせろ」
「お、おう、分かった」
台車を引いていたクラゲと呼ばれる男は、そう言い残すと、村の中心とは反対方向に駆け出していった。
「で、おまえさんは?」
「ソウジだ」
「ソウジ、ガスコスを助けるぞ。手伝ってくれるか」
「ああ、なにをすればいい」
「まずは水だ。大量に運んできてくれ。桶はそこらへんに転がってるやつを好きに使え」
オレは頷いてから、民家の脇に並べてあった桶を二つ拾い上げる。
「井戸は並ぶかもしれんから川へ行け。この道を行くと、小川が流れてる。まずはそこから汲んで来い」
男は、クラゲが走っていった道の先を指さした。
「最初の水は急ぎだぞ。今すぐだ。頼んだぞ」
オレは言われるがままに、桶を2つもって、道を走った。
すれ違う村民の、変な者を見るような眼がオレに注がれている。
気にせず走る。
数分走ると水の流れる音。
細い用水路のような小川に、丸太が掛かっている。
川に近づき、桶に水を汲む。
重い。
オレもアドレナリン気味だったので、気が付かなかったが、
睡眠不足と、ガスコスをここまで運んできた疲労が、水の入った桶にのしかかっていた。
零さないように慎重に、なるべく早く、シラスの民家へと向かう。
途中で、後ろからクラゲの声。
「ソウジ、1個持つぞ」
クラゲがオレの持っていた桶を奪う。
「アロハに伝えてきた。あの婆さんもこっちに向かっているが、オレだけ先に戻ってきた」
「アロハってのは、何者だ?」
「何者って言われてもなぁ……愛想の悪い婆さんだが、この村じゃいちばん物知りだ」
「さっきのシラスと言う男は?」
「あいつは元志願兵でな。脚を壊してから親の畑を継いでるが、たまに床屋もやってるよ」
「床屋……?」
「おう。床屋だ」
クラゲが自信ありげに言った。
床屋、物知りの婆さん。
その2人がガスコスの命を救うっていうのか。
シラスの民家に戻ると、家の前の地面に棒が突き立てられていた。
棒には、血のついた布が巻き付けられている。
よく見ると、ガスコスのカラダに巻きつけていたズタ袋の布だった。
「シラス! 水持ってきたぞ!」
クラゲが叫ぶ。
「おぅ、裏だ!」
クラゲに連れられて、民家の裏に回る。
裏のドアが開いており、入ると壁ぎわに窯が並んだ台所だった。
ガスコスはその台所のテーブルに寝かされている。
シラスの妻だろうか、30代後半の女性がぐつぐつと湯を沸かし、湯の中へカミソリのような刃物や、ペンチのようなものを沈めていた。
「アロハは?」
「伝えてきた。こっちに向かってるぜ」
クラゲが桶の水を窯の下に置く。
オレもそれを真似て、隣に桶を置いた。
「よし、ここはもう任せろ。クラゲはうちの息子を探して、家に来るように伝えてくれ」
「わかった、どこにいる」
「果樹園にいるはずだ。さぁもう出てけ。汚らしいやつは、ここに入るな」
裏口から出ようとすると、シラスの声。
「ああ、すまん、ソウジはまだだ。ありったけの桶で、水を汲んできてくれ」
シラスが、カラの桶をオレに手渡した。
「今度は急ぎじゃないが大量にだ。運んだ水は戸の前に置いてくれればいい」
オレは再び、水を汲みに行く。
戻って裏口のドアの前に置く。
ドアの前にはカラの桶があり、それを手に取り、また水を汲みに行く。
途中で、フードを被りローブを着た婆さんとすれ違った。
水を汲んだ帰り道に、同じ婆さんを追い越した。
アロハだろうか。
色とりどりの花や草が入った籠を持ち、シラスの民家の方へ急いでいた。
ドアの前に水を運ぶと、カラの桶が無かった。
そこで腰を下ろした。
先ほどの婆さんが、歩いてくる。
「だれだいあんた。邪魔だよどきな」
フードの中にシワだらけの顔。
オレを睨みつけ、野良犬でも追い払うように、手をふるう。
婆さんがドアを開ける。
ドアのすぐ手前に、布で口を隠した、シラスが立っていた。
手にはカラの桶。
「来たかアロハ。とにかく見てくれ。重体だ」
と、婆さんに言う。
「まだまだ、水が必要だ。頼むぞ」
シラスがオレにカラの桶を手渡す。
「ガスコスは、助かるか」
「わからん。まぁ、あいつのことだ。なんとかなるだろう」
と、眼を緩ませてオレに言った。
オレはまた、水を汲みに、小川へと走った。
辺りは陽が落ち、夕方になりかけていた。
あちこちの民家から、豆やイモを煮ているような匂いがする。
思えば、朝に食べたパン1個だけで、何も口にしていない。
疲労と空腹、長時間の歩行。そして重労働。
これのどこがゲームみたいな世界なんだ。
夕べの戦いは、命がけだった。
ガスコスは2人を殺し、オレは殺せなかった。
そして、ガスコスは今、地獄の淵に居る。
あげく、医者ではない村民がガスコスの治療に当たっている。
ただの民家の台所で、床屋の男と物知り婆さんが、ガスコスの命を繋ごうとしている。
オレは、なにもわからず、ただ水汲みをしている。
これが仮想世界。
ここがニフィル・ロード。
それが、未希や、まゆが眼を輝かせて憧れ、すがりつこうとする世界。
フフフ……
少しだけ。本当に少しだけだ。
面白いな。
オレは、頭がおかしくなってしまったんだろうか。
薄笑いを浮かべながら、オレは小川へと走る。




