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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
34/469

3.3.07 - カタセ村


 男と2人で、台車を転がし、意識の無いガスコスを運ぶ。


 村に入ると、幾人かの村民が、見物に群がる。

「ありゃガスコスじゃねぇか?」

「あいつ、またなんかやりやがったのか?」

「後ろで押してる、あいつはだれだ?」


 気がつくと子供が数人、台車の後を追いかけてくる。

「ガスコスが寝てるぞ!」


 ガスコスは、カタセ村でも顔が広いようだ。


 台車を押しながら、村に入って数分。

 男が立ち止まった。


「ついたぞ、ソウジ。ちょっとまってろ」

 と、台車を停めて、男が離れていく。


 男が歩く先は、ボロい木造の三角屋根の家。

 どう見てもただの民家だ。

 男は、戸をたたくでもなく、民家に近づくと大声で叫んだ。

「お~い! シラス! いるか!」


 民家の裏は、畑になっているようだ。

 そこから声が聞こえた。

「ああぁ? だれだぁ」

 畑の方から現れたのは、麦わら帽子を被り、黄ばんだ麻のチュニックを着た、中年の男だった。

 ガッシリとしたカラダをしているが、パッと見は、あきらかにただの農民だ。

「おう、クラゲかよ、どうした」

「ガスコスが怪我したらしい。見てやってくれ」


 シラスと呼ばれた男がガスコスに近づき、ガスコスの顔を眺める。


「なにがあった?」

 オレに質問しているんだよな。

「背中を鉈で斬られた。どうにか止血したが、状態は最悪だ」

 シラスがガスコスのマントを引っぺがして、背中を見る。


「クラゲ、アロハを呼んで来い。大至急だ。急患だと言って急がせろ」

「お、おう、分かった」

 台車を引いていたクラゲと呼ばれる男は、そう言い残すと、村の中心とは反対方向に駆け出していった。


「で、おまえさんは?」


「ソウジだ」


「ソウジ、ガスコスを助けるぞ。手伝ってくれるか」

「ああ、なにをすればいい」

「まずは水だ。大量に運んできてくれ。桶はそこらへんに転がってるやつを好きに使え」


 オレは頷いてから、民家の脇に並べてあった桶を二つ拾い上げる。


「井戸は並ぶかもしれんから川へ行け。この道を行くと、小川が流れてる。まずはそこから汲んで来い」

 男は、クラゲが走っていった道の先を指さした。


「最初の水は急ぎだぞ。今すぐだ。頼んだぞ」


 オレは言われるがままに、桶を2つもって、道を走った。


 すれ違う村民の、変な者を見るような眼がオレに注がれている。

 気にせず走る。


 数分走ると水の流れる音。

 細い用水路のような小川に、丸太が掛かっている。

 川に近づき、桶に水を汲む。


 重い。

 オレもアドレナリン気味だったので、気が付かなかったが、

 睡眠不足と、ガスコスをここまで運んできた疲労が、水の入った桶にのしかかっていた。

 零さないように慎重に、なるべく早く、シラスの民家へと向かう。


 途中で、後ろからクラゲの声。

「ソウジ、1個持つぞ」

 クラゲがオレの持っていた桶を奪う。


「アロハに伝えてきた。あの婆さんもこっちに向かっているが、オレだけ先に戻ってきた」


「アロハってのは、何者だ?」

「何者って言われてもなぁ……愛想の悪い婆さんだが、この村じゃいちばん物知りだ」


「さっきのシラスと言う男は?」

「あいつは元志願兵でな。脚を壊してから親の畑を継いでるが、たまに床屋もやってるよ」

「床屋……?」

「おう。床屋だ」

 クラゲが自信ありげに言った。


 床屋、物知りの婆さん。

 その2人がガスコスの命を救うっていうのか。


 シラスの民家に戻ると、家の前の地面に棒が突き立てられていた。

 棒には、血のついた布が巻き付けられている。

 よく見ると、ガスコスのカラダに巻きつけていたズタ袋の布だった。


「シラス! 水持ってきたぞ!」

 クラゲが叫ぶ。


「おぅ、裏だ!」


 クラゲに連れられて、民家の裏に回る。

 裏のドアが開いており、入ると壁ぎわに窯が並んだ台所だった。

 ガスコスはその台所のテーブルに寝かされている。

 シラスの妻だろうか、30代後半の女性がぐつぐつと湯を沸かし、湯の中へカミソリのような刃物や、ペンチのようなものを沈めていた。


「アロハは?」

「伝えてきた。こっちに向かってるぜ」


 クラゲが桶の水を窯の下に置く。

 オレもそれを真似て、隣に桶を置いた。


「よし、ここはもう任せろ。クラゲはうちの息子を探して、家に来るように伝えてくれ」

「わかった、どこにいる」

「果樹園にいるはずだ。さぁもう出てけ。汚らしいやつは、ここに入るな」


 裏口から出ようとすると、シラスの声。

「ああ、すまん、ソウジはまだだ。ありったけの桶で、水を汲んできてくれ」

 シラスが、カラの桶をオレに手渡した。

「今度は急ぎじゃないが大量にだ。運んだ水は戸の前に置いてくれればいい」


 オレは再び、水を汲みに行く。

 戻って裏口のドアの前に置く。

 ドアの前にはカラの桶があり、それを手に取り、また水を汲みに行く。



 途中で、フードを被りローブを着た婆さんとすれ違った。

 水を汲んだ帰り道に、同じ婆さんを追い越した。

 アロハだろうか。

 色とりどりの花や草が入った籠を持ち、シラスの民家の方へ急いでいた。



 ドアの前に水を運ぶと、カラの桶が無かった。

 そこで腰を下ろした。


 先ほどの婆さんが、歩いてくる。


「だれだいあんた。邪魔だよどきな」

 フードの中にシワだらけの顔。

 オレを睨みつけ、野良犬でも追い払うように、手をふるう。


 婆さんがドアを開ける。

 ドアのすぐ手前に、布で口を隠した、シラスが立っていた。

 手にはカラの桶。


「来たかアロハ。とにかく見てくれ。重体だ」

 と、婆さんに言う。


「まだまだ、水が必要だ。頼むぞ」

 シラスがオレにカラの桶を手渡す。


「ガスコスは、助かるか」

「わからん。まぁ、あいつのことだ。なんとかなるだろう」

 と、眼を緩ませてオレに言った。

 オレはまた、水を汲みに、小川へと走った。


 辺りは陽が落ち、夕方になりかけていた。

 あちこちの民家から、豆やイモを煮ているような匂いがする。


 思えば、朝に食べたパン1個だけで、何も口にしていない。

 疲労と空腹、長時間の歩行。そして重労働。

 これのどこがゲームみたいな世界なんだ。

 夕べの戦いは、命がけだった。

 ガスコスは2人を殺し、オレは殺せなかった。

 そして、ガスコスは今、地獄の淵に居る。


 あげく、医者ではない村民がガスコスの治療に当たっている。

 ただの民家の台所で、床屋の男と物知り婆さんが、ガスコスの命を繋ごうとしている。

 オレは、なにもわからず、ただ水汲みをしている。


 これが仮想世界。

 ここがニフィル・ロード。

 それが、未希や、まゆが眼を輝かせて憧れ、すがりつこうとする世界。


 フフフ……

 

 少しだけ。本当に少しだけだ。


 面白いな。

 オレは、頭がおかしくなってしまったんだろうか。



 薄笑いを浮かべながら、オレは小川へと走る。



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