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3.3.04 - 野盗


 オレは、平静を装い、薪木拾いを続けた。

 気がつく前と同じように、ただ無言で。

 焚火の傍では、今もガスコスがいびきをたてて眠っている。


 そして、見えた。

 焚火の灯りに照らされて、葦の群生にその影が落とされた。

 葦に写されたのは、人の形をした黒い影。

 手に細い板キレのようなものを持ち、腰を屈めている。


 その影は、風の向きが変わるとまた闇に溶け込み、もう見えない。


「ガロム! そろそろ交代だぞ!」

 オレは、ガスコスの方を向き、ガロムの名を呼んでそう告げた。

「おい、ガロム!」

 ガスコスのいびきが止まった。

 そして、寝返りをうち、こちらを向く。

「あーっ、うるせぇなぁ……ガキかぁ、おめぇわ」

 言い終わると、数秒でまたいびきをたてはじめた。


 これは保険だ。

 始まればどのみちガスコスも起きる。


 葦に写る人型の影が、ゆっくりとオレの方へと移動していた。

 視界の端にそれを捉えたまま、薪木を探すフリをして、オレも影の方へと近づく。

 

 相手の人数は不明、1人を除いて何処にいるかも不明。

 いまできるのは予想。

 勝てる勝負しか仕掛けないのは、どこの世界でも同じだろうと予想するだけ。


 相手は3人、ないし4人以上。


 ここで殺されるわけにはいかない。

 まずは、このデカい影を落としていることに気がついていないマヌケを叩く。


 オレは、拾い集めた薪木を左に抱え、先の尖った30センチほどの比較的まっすぐな枝を右手で拾った。

 葦の闇に埋もれて見えないが、もうあと3~4メートルの所に気配を感じる。

 臭いのだ。

 カラダをろくに洗っていない、男の匂い。

 この匂いを垂れ流している限り、隠れたって、無駄だろうに。

 匂いの出所あたりの10メートル先の葦に、チラチラと落とされる人の影。


 その影が、大きく動いた。 

 オレの影に向かって。

 背後から近づく影は、速度を落とし、足音を消して近づいてくる。


 予測しろ。


 相手はどう動く。



 影は棒を左手に持っている。その棒を逆手に掴んでいる。

 つまり、外側から打ち込む可能性はゼロ。

 オレは、脚を肩幅に開く。

 そして背後の足音、その最初で最後の1歩の音。

 踏み込んだのは、右後ろだった。



 オレは左に抱えていた枝を地面に放る。

 右脚を後ろに引きならが、勢いを付けて振り向いた。

 振り向きざまに、右手を振り出し、掴んでいた枝を真後ろの影の主に突き出した。


「ガスコス! おきろ!」

 怒鳴りながら。


 真後ろに居たのはがっしりした体格の男だった。

 肩に灰色の毛皮のケープを羽織り、上半身は黒ずんだチュニック。


 オレが振りぬいた右手の枝は、男の右肩の毛皮を貫通して深々と突き刺さった。


 オレの予想は半分アタリ、半分ハズレ。

 逆手に持った左手の鉈を内側から突き出そうとしていたのがアタリ。

 両手で、鉈を2本持っていたのがハズレ。


 右肩に枝を突き刺された男は「グギャアアア」と悲鳴をあげた。

 2本の鉈を地面に落とし、左手で枝を引き抜こうとしている。


 オレは左脚で、その男の顔面を思い切り回し蹴る。

 男は勢いよく地面に突っ伏した。


 男が落とした鉈の1本を右手で拾う。


 すると、奥の葦の闇から2人の男が姿を現した。


「ソウジっ! 戻れ!!」

 ガスコスがオレを呼ぶ。

 見ると、ガスコスも剣を持ち、反対の葦を睨み身構えていた。

 ガスコスの視線の先にも、男が2人。


 オレは、ガスコスのいる焚火のところまで後退した。

「まだ潜んでるかもしれねぇ、明るいとこでやるぞ」

「ああ」

「ククク……気負ってな、上出来だ。だが4対2じゃさすがにやべぇ」

「オレは殺されても、生き返るから問題ない」

「てめぇ……終わったら、またぶっ殺してやる」


 4人が背中合わせのオレ達を取り囲んだ。

 3人が手斧で、独りは鉈。

 オレの前に2人、ガスコスの前に2人。

 後ろからガスコスが肘でオレの肩を押して強引に向きを変えさせた。

 ガスコスが3人、オレは独りと正対する角度に変わった。


 先にガスコスが動く。

 すぐあとに、オレは正面の男に駆け寄り距離を詰める。


 ガスコスはこの場の運命をオレに託しやがった。


 実力はオレよりガスコスが上。

 それでもガスコスは3対1。

 ガスコスが選んだ最初の1手は、まずオレだ。

 ガスコスが3人を抑え、その間にオレが独りを叩く。


 正対する男の武器は手斧。

 仕掛けるのはオレが先。

 相手の実力は全く分からないが、いままで街でケンカした、どのガキよりも強いだろう。


 男はオレから見て左の脚、右脚を前に出し、右手に手斧を構えている。


 予測しろ。相手を出し抜け。


 オレは、男に駆け寄り、右上から振り下ろす体勢を作り、少しだけ緩く鉈を振り下ろした。

 狙うのは男の肩から首。

 男は、それを払おうと、手斧をオレの鉈に合わせようとする。

 オレは、振り下ろす鉈の軌道と速度を変えて、手斧を持つ男の右腕に、力いっぱい鉈を振り下ろした。


 「クチャ」っと不快な音と振動。

 切れ味の悪い鉈が、男の右腕の皮膚を抉り、骨で止まった。

 そのまま鉈から手を放し、右腕を引いて、男の顔面を横から殴り付けた。

 男が斧を落とし、上体を屈める。

 オレは左脚を踏み込み、男のみぞおちに左腕を突き立てた。

 男は動きを完全に止め、口をあけてよだれを垂らし、膝から崩れ落ちた。


 すぐに後ろを振り向く。

 距離はおよそ15メートル。

 焚火の向こう側で、男たち4人の怒号。

 ガスコスは額から血を流しているようだが、ヘラヘラと笑いながら3人と戦っていた。


 独りがオレに背を向けている。

 ガスコスと目が合う。

 オレは背中を向ける独りに駆け寄り、右足の裏で男を蹴り飛ばした。

 蹴られた男がつんのめる先。

 ガスコスはそこに剣先を合わせ、突き出しただけ。

 ガスコスの剣が男の左胸を貫いた。


 胸を貫かれた男が崩れ落ちる。


 相手は残りは2人。

 近づくとガスコスは、脇腹からも血を流していた。


 しかし戦いはそこで終わった。

 生き残った2人は、背中を向けて葦の中に駆け出していった。


 胸を貫かれた男は、うずくまり、口から血を吐き出している。


「デンゴラバ」

 ガスコスが呟くと、剣を振り上げて、男の後頭部に振り下ろした。


 それを最後に、焚火の音だけを残して、辺りは静けさを取り戻した。


「よくやった。ソウジ」

 剣にこびり付いた血を振り払いながら、ガスコスが言った。


 それから「ガハハハ」と笑う。


 オレは両腕をだらんと下げて、深い息を1つ吐く。

 頭の中は真っ白。

 出所のわからない笑いだけが、意味もなくこみあげてくる。


 ガスコスもクスクスと笑い続けていた。



 その真後ろ。


 鉈を振りかぶる男がいた。

 おれが最初に肩に枝を突き刺した男だった。


「ガスコス!!」



 オレの掛け声は、だいぶ遅く。

 男は鉈で、ガスコスの背中を斬りつけた。


 ガスコスはひるまず、振り向いて男の腕を掴む。

 そのまま引き寄せると剣を男の首筋に突き刺した。


 男は、声もなく崩れ落ちた。


 少し遅れて、ガスコスも倒れた。


「おい、ガスコス!!」

 ガスコスの所へ駆け寄る。



 抱え起こすと、ガスコスはオレを睨みつけている。


「てめぇ……コラ……ソウジ……殺せって言っただろが」

 繁華街の下水のようなガスコスの口臭が、オレの顔に吹きかかる。



 ガスコスは、そのまま意識を失った。



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