3.3.03 - 灯巫子
ガスコスと2人で森の道を行く。
陽は真ん中を通り過ぎて徐々に下がり始めている。
川の流れる音が聞こえ始めたところで道が二股に分かれていた。
ガスコスが、右の道を進む。
水の音が徐々に大きくなり、やがて川が見えてきた。
「灯巫子川だ」
ガスコスがつぶやいた。
「この川にはな、灯巫子が現れる。おれぁ見たことねぇけどな」
「あかりみこ?」
「羽の生えた人間みてぇな小さな生き物らしい」
「ああ……あれか」
オレは、1回目と2回目のログインで見ている。
「なんだ、ソウジ、見たことあんのか?」
「あれは、そんなに珍しいのか?」
「臆病だから、すぐに逃げちまうんだ。
あまりにも臆病なんで、灯巫子が飛んでる場所は、森が近くても安全な場所だって言われてる。
小さな子供の前には、マレに出てくるらしい。
夜中に迷子になった子供が、灯巫子のおかげで助かった……なぁんてハナシがけっこうあるんだぜ」
「捕まえようとしたが逃げられた。たしかにあれは臆病だ」
「バチ当たりなヤロウだなぁおめぇは。このあたりじゃ、神様の子供って言われてんだぞ」
あれは、妖精じゃなくて、「あかりみこ」と言うのか。
「うちの長女も、4年くらい前かなぁ。灯巫子を見たって大騒ぎしてたことがある。本当かどうかはしらねぇけどな」
オレ達はそのまま、灯巫子川に出て、上流に向かって歩き始めた。
ここを歩くのは、2度目だ。
対岸は森。ひと晩すごした中州も見えたが、そこも通り過ぎた。
ガスコスの先導で、さらに上流へ向かって川沿いを歩く。
「お、ソウジ、あそこ、見てみろ」
ガスコスが指さした方向を見る。
「おまえが、おれにぶっ殺された場所だ。ダッハハハハ」
カウント23の時に、ガスコスに殺された場所の近くを歩いていた。
この川は、最初にログインした平原へと近づく道でもある。
記憶圧縮の影響だろう。
ログアウトするとニフィル・ロードの記憶は圧縮される。
まだ幾日も経っていないのに、ずいぶん前のことに感じる。
オレ達はその後も、川沿いを歩き続けた。
陽もだいぶ傾いてきていた。
もうあとわずかで、夕方に差し掛かろうとしている。
「あと少し川沿いを上って、途中で野営だ。このペースなら明日の昼には間違いなくカタセ村に着くぜ」
言いながら、ガスコスは、ときどき川沿いに生えている草をむしっている。
「これか? 今晩の野菜だ。おまえも見つけたらむしれ」
「ん? どれでもいいのか」
「あん? 食える草だけに決まってるだろうが」
オレから見たら、全部同じ草だった。
見分けがつくわけないだろうが。
「これなら、すぐわかるだろ?」
ガスコスが指を差す。
タンポポだった。
「喰えるのかよこれ」
「おう。くえるぞ。味はどの草もだいたい同じだけどな。量の問題だ。だからむしれ」
オレはそろそろ限界だった。
マントの匂いには慣れ始めたが、その重みがじわじわと自己主張を始めている。
革水筒の重さも、尋常ではない。
おまけに、初めは、尻の弾力で感じなかったが、
プラスチックのような固さの革水筒が何度も皮膚にあたるうちに、チクチクと痛みを感じるようになっていた。
重さと痛み、マントの悪臭。
最初の頃のように、呑まず食わずで歩いた方が楽なんじゃないかと思うほどだ。
「あのあたりで野営するか」
見ると、葦の切れ間があり、草地になっていた。
やっと休めるのか。
草地につくと、ガスコスは「薪を集めてくる」といって、離れていった。
オレは、鍋に水を汲んでおけと言われたので、川に水を汲みに行く。
灯巫子は居ないかと、川辺を見渡したが、見つけられなかった。
対岸には、鬱蒼とした森が広がっている。
陽は落ちかけ、夕方になっていた。
鍋に水を汲んで、戻る。
適当な所に腰を下ろして、腰の革水筒を手に取った。
キャップはやたら固い。抜き取ると、円錐の形をした固い木のキャップだった。
中は、琥珀色の液体。
エールだ。
アルコール度数は低く、不味くはないが、キレもコクもない、パンの味がする安物の濁り酒だった。
左手を叩いて、ログインデバイスを出した。
『 World Count 24 / CONNECTED / ELAPSED 00:05 』
現実世界の経過時間は5分。
ニフィル・ロードでは、7~8時間。
ログインしたのが朝8時くらいだとしたら、今は16時半くらいだろうか。
「おら、ソウジ。ったく、おめぇは、ほんとなんにも知らねぇなぁ」
小枝や流木を抱えたガスコスが戻ってきた。
それを地面にぶちまけたガスコスが、ハンドボールの大きさの丸を手で作った。
「川辺に行って、こんくらいの大きさの石ころ拾ってこい」
石……?
ああ、石炉の石か。
オレは、川を往復して石ころを集めた。
石炉ができあがると、ガスコスが真ん中に、平らな面を上にした石を1つ置き、その周囲に拾ってきた枝や流木を積み上げる。
「火打石だせ」
ガスコスに言われて、革のポーチから、火口と火打石を出した。
「良く見ておけよ」
火口は、カリカリに乾いたキノコか。
ガスコスは、吊り下げていた剣と火打石で器用に火花を散らし、乾いたキノコに引火させた。
近くで拾った枯れた草と火口のキノコを使い、息を吹きかけながら枝に引火させる。
やがて流木から煙がでると、石炉が焚火となっていた。
見ておけと言われたが、とても真似できそうにない芸当だ。
それから中央の平らな石に水の入った鍋を置く。
鍋の中に途中で拾い集めた草を放り込む。
「これがいちばん、早えんだ」
と言って、ズタ袋からパンを4個出して、そのまま鍋に放り込んだ。
そこらへんでむしった草。そのままじゃとても食べられない木材のような固いパン。
それを放り込んだだけの鍋料理。
まさに男の野営料理だ。
ガスコスは腰から革水筒を取り出し栓を抜いて、ゴクゴクとあおった。
「くぁ~~うめぇ。やっぱこういうとこで呑むエールは最高だぜぇ」
そのまま、栓を抜いた革水筒を、鍋の上に持っていき、トロトロとエールを垂らす。
いつの間にか陽は完全に落ちていて、あたりは真っ暗だった。
空は、満天の星空。
オレも、革水筒を取り、星空を見ながらエールを喉に流し込んだ。
最高だった。
バーで飲んだ、800円のジントニックとは比べようもない。
オレは今、宇宙を肴に酒を飲んでいた。
鍋のパンは、まもなくグズグズになった。
スプーンの代わりにガスコスは剣で。
オレは斧でそれをすくって、冷ましながら口に運んだ。
不味い。
泥水で薄めた青汁のような風味。
そこにパンを混ぜた泥臭いスープ。
青臭さがパンに染み込み、噛めば噛むほど不味い。
泥の味が青臭さを誤魔化す隠し味になっている。
しかし、それを無理やり流し込むエールが、本当に美味い。
そのまましばらく、ガスコスと酒を酌み交わした。
不味い鍋が空になると「おれぁ寝るわ」
といって、ガスコスは、草地に横になった。
「いいか、ソウジ。焚火の火は絶対に絶やすな。なんでかわかるか?」
「……寒いからか?」
「それも大事だか、違う。
焚火はオレ達の守護神だ。
消えたら、オオカミの群れに喰われて死ぬと思え。
適当に時間が来たら起こせ。交代で寝るぞ」
言い残すと、ガスコスはマントにくるまって寝てしまった。
そのまま1分も経たずに、いびきをたてていた。
やがて星空を台無しする特大のいびきをたて始めるガスコス。
草の上で寝るホームレスのようなこの男から、この世界のプロの生き様を見せつけられていた。
それからしばらく、何も考えず星を眺めていたが、焚火の灯りが届く範囲で薪木を拾いに立ち上がった。
範囲は精々20~30メートル。
オレがその異変に気が付いたのは偶然だった。
相手にとっても偶然だろう。
足音だ。
それは1回。風が止んだほんの一瞬。
葦の茂みに固まって落ちていたのであろう2~3個の石。
その擦れる音が、すぐ近くの葦の中から、オレの耳に届いた。
近くになにかが居る。
わざわざ足音を消し、葦を静かに揺らして近づく何か。
手斧は腰に差してある。
ガスコスを起こそうかとも思ったが、オレは気付かぬふりをして薪木を集めた。
獣か、あるいは人間か。




