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『あの世界』の常識に巻き込まれていく話  作者: 渡しログ
ワールドカウント24
30/559

3.3.03 - 灯巫子


 ガスコスと2人で森の道を行く。


 陽は真ん中を通り過ぎて徐々に下がり始めている。

 川の流れる音が聞こえ始めたところで道が二股に分かれていた。


 ガスコスが、右の道を進む。

 水の音が徐々に大きくなり、やがて川が見えてきた。


「灯巫子川(あかりみこがわ)だ」

 ガスコスがつぶやいた。


「この川にはな、灯巫子が現れる。おれぁ見たことねぇけどな」

「あかりみこ?」

「羽の生えた人間みてぇな小さな生き物らしい」


「ああ……あれか」

 オレは、1回目と2回目のログインで見ている。


「なんだ、ソウジ、見たことあんのか?」

「あれは、そんなに珍しいのか?」


「臆病だから、すぐに逃げちまうんだ。

 あまりにも臆病なんで、灯巫子が飛んでる場所は、森が近くても安全な場所だって言われてる。

 小さな子供の前には、マレに出てくるらしい。

 夜中に迷子になった子供が、灯巫子のおかげで助かった……なぁんてハナシがけっこうあるんだぜ」


「捕まえようとしたが逃げられた。たしかにあれは臆病だ」

「バチ当たりなヤロウだなぁおめぇは。このあたりじゃ、神様の子供って言われてんだぞ」


 あれは、妖精じゃなくて、「あかりみこ」と言うのか。


「うちの長女も、4年くらい前かなぁ。灯巫子を見たって大騒ぎしてたことがある。本当かどうかはしらねぇけどな」


 オレ達はそのまま、灯巫子川に出て、上流に向かって歩き始めた。

 ここを歩くのは、2度目だ。

 対岸は森。ひと晩すごした中州も見えたが、そこも通り過ぎた。


 ガスコスの先導で、さらに上流へ向かって川沿いを歩く。


「お、ソウジ、あそこ、見てみろ」

 ガスコスが指さした方向を見る。

「おまえが、おれにぶっ殺された場所だ。ダッハハハハ」


 カウント23の時に、ガスコスに殺された場所の近くを歩いていた。


 この川は、最初にログインした平原へと近づく道でもある。

 記憶圧縮の影響だろう。

 ログアウトするとニフィル・ロードの記憶は圧縮される。

 まだ幾日も経っていないのに、ずいぶん前のことに感じる。


 オレ達はその後も、川沿いを歩き続けた。

 陽もだいぶ傾いてきていた。

 もうあとわずかで、夕方に差し掛かろうとしている。


「あと少し川沿いを上って、途中で野営だ。このペースなら明日の昼には間違いなくカタセ村に着くぜ」


 言いながら、ガスコスは、ときどき川沿いに生えている草をむしっている。

「これか? 今晩の野菜だ。おまえも見つけたらむしれ」

「ん? どれでもいいのか」

「あん? 食える草だけに決まってるだろうが」


 オレから見たら、全部同じ草だった。

 見分けがつくわけないだろうが。


「これなら、すぐわかるだろ?」

 ガスコスが指を差す。

 タンポポだった。


「喰えるのかよこれ」

「おう。くえるぞ。味はどの草もだいたい同じだけどな。量の問題だ。だからむしれ」


 オレはそろそろ限界だった。

 マントの匂いには慣れ始めたが、その重みがじわじわと自己主張を始めている。

 革水筒の重さも、尋常ではない。


 おまけに、初めは、尻の弾力で感じなかったが、

 プラスチックのような固さの革水筒が何度も皮膚にあたるうちに、チクチクと痛みを感じるようになっていた。

 重さと痛み、マントの悪臭。

 最初の頃のように、呑まず食わずで歩いた方が楽なんじゃないかと思うほどだ。


「あのあたりで野営するか」

 見ると、葦の切れ間があり、草地になっていた。

 やっと休めるのか。


 草地につくと、ガスコスは「薪を集めてくる」といって、離れていった。

 オレは、鍋に水を汲んでおけと言われたので、川に水を汲みに行く。


 灯巫子は居ないかと、川辺を見渡したが、見つけられなかった。

 対岸には、鬱蒼とした森が広がっている。

 陽は落ちかけ、夕方になっていた。


 鍋に水を汲んで、戻る。


 適当な所に腰を下ろして、腰の革水筒を手に取った。

 キャップはやたら固い。抜き取ると、円錐の形をした固い木のキャップだった。

 中は、琥珀色の液体。

 エールだ。

 アルコール度数は低く、不味くはないが、キレもコクもない、パンの味がする安物の濁り酒だった。


 左手を叩いて、ログインデバイスを出した。

 『 World Count 24 / CONNECTED / ELAPSED 00:05 』

 現実世界の経過時間は5分。

 ニフィル・ロードでは、7~8時間。

 ログインしたのが朝8時くらいだとしたら、今は16時半くらいだろうか。



「おら、ソウジ。ったく、おめぇは、ほんとなんにも知らねぇなぁ」

 小枝や流木を抱えたガスコスが戻ってきた。

 それを地面にぶちまけたガスコスが、ハンドボールの大きさの丸を手で作った。

「川辺に行って、こんくらいの大きさの石ころ拾ってこい」


 石……?

 ああ、石炉の石か。


 オレは、川を往復して石ころを集めた。


 石炉ができあがると、ガスコスが真ん中に、平らな面を上にした石を1つ置き、その周囲に拾ってきた枝や流木を積み上げる。

「火打石だせ」

 ガスコスに言われて、革のポーチから、火口と火打石を出した。

「良く見ておけよ」


 火口は、カリカリに乾いたキノコか。

 ガスコスは、吊り下げていた剣と火打石で器用に火花を散らし、乾いたキノコに引火させた。

 近くで拾った枯れた草と火口のキノコを使い、息を吹きかけながら枝に引火させる。

 やがて流木から煙がでると、石炉が焚火となっていた。


 見ておけと言われたが、とても真似できそうにない芸当だ。


 それから中央の平らな石に水の入った鍋を置く。

 鍋の中に途中で拾い集めた草を放り込む。


「これがいちばん、早えんだ」

 と言って、ズタ袋からパンを4個出して、そのまま鍋に放り込んだ。


 そこらへんでむしった草。そのままじゃとても食べられない木材のような固いパン。

 それを放り込んだだけの鍋料理。

 まさに男の野営料理だ。

 ガスコスは腰から革水筒を取り出し栓を抜いて、ゴクゴクとあおった。


「くぁ~~うめぇ。やっぱこういうとこで呑むエールは最高だぜぇ」


 そのまま、栓を抜いた革水筒を、鍋の上に持っていき、トロトロとエールを垂らす。


 いつの間にか陽は完全に落ちていて、あたりは真っ暗だった。

 空は、満天の星空。


 オレも、革水筒を取り、星空を見ながらエールを喉に流し込んだ。


 最高だった。


 バーで飲んだ、800円のジントニックとは比べようもない。


 オレは今、宇宙を肴に酒を飲んでいた。


 鍋のパンは、まもなくグズグズになった。

 スプーンの代わりにガスコスは剣で。

 オレは斧でそれをすくって、冷ましながら口に運んだ。


 不味い。

 泥水で薄めた青汁のような風味。

 そこにパンを混ぜた泥臭いスープ。

 青臭さがパンに染み込み、噛めば噛むほど不味い。

 泥の味が青臭さを誤魔化す隠し味になっている。


 しかし、それを無理やり流し込むエールが、本当に美味い。


 そのまましばらく、ガスコスと酒を酌み交わした。

 不味い鍋が空になると「おれぁ寝るわ」

 といって、ガスコスは、草地に横になった。


「いいか、ソウジ。焚火の火は絶対に絶やすな。なんでかわかるか?」


「……寒いからか?」


「それも大事だか、違う。

 焚火はオレ達の守護神だ。

 消えたら、オオカミの群れに喰われて死ぬと思え。

 適当に時間が来たら起こせ。交代で寝るぞ」


 言い残すと、ガスコスはマントにくるまって寝てしまった。

 そのまま1分も経たずに、いびきをたてていた。


 やがて星空を台無しする特大のいびきをたて始めるガスコス。

 草の上で寝るホームレスのようなこの男から、この世界のプロの生き様を見せつけられていた。



 それからしばらく、何も考えず星を眺めていたが、焚火の灯りが届く範囲で薪木を拾いに立ち上がった。

 範囲は精々20~30メートル。


 オレがその異変に気が付いたのは偶然だった。

 相手にとっても偶然だろう。


 足音だ。

 それは1回。風が止んだほんの一瞬。

 葦の茂みに固まって落ちていたのであろう2~3個の石。

 その擦れる音が、すぐ近くの葦の中から、オレの耳に届いた。



 近くになにかが居る。

 わざわざ足音を消し、葦を静かに揺らして近づく何か。


 手斧は腰に差してある。

 ガスコスを起こそうかとも思ったが、オレは気付かぬふりをして薪木を集めた。



 獣か、あるいは人間か。




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