3.3.01 - ログイン3回目
ログインの光りに包まれる。
オレは目を閉じて、ニフィル・ロードへの3度目のログインをした。
ワールドカウント24。
未希が閉じ込められている仮想世界。
目を開けると、オレは藁敷きの木のベッドに横になっていた。
ボロ小屋の部屋の中は、相変わらず埃っぽく暗いが、窓枠の隙間から陽の光の筋が漏れている。
最初に鼻についたのは、臭みの抜けていないクマ肉の匂い。
掃除していない犬小屋のような匂いだ。
隣りの部屋につながる枝を編んだだけの戸の向こうから、土の上を歩く音や、話し声が聞こえる。
オレは半身を起こして、自分のカラダを確認した。
怪我が全て治っていた。
それだけではない。
以前ログアウトしたとき、オレはガスコスの晩酌に付き合わされ、パンでできた安酒をしこたま吞まされた。
しかし引きずるはずの二日酔いのだるさや、頭の重さもない。
オレの体調は完全に元に戻っていた。
左手を叩いて、デバイスを呼び出す。
『 World Count 24 / CONNECTED / ELAPSED 00:01 』
ELAPSED 。現実世界の経過時間はまだ1分以下だ。
前回、ログアウトしたときの最後は、38だった。
経過時間は、ログインするたびに、0に戻るようだ。
右手の未希のデバイスも呼び出してみる。
『 World Count 24 / ERROR / ELAPSED 43:47 』
エラーのままで、このデバイスには最初から43時間47分と表示されている。
未希が行方不明だった時間だ。
未希は間違いなくこの世界にいる。
デバイスを消してベッドから立ち上がる。
戸の方へと歩きながら服装を確認した。
培養土の匂いがする粗い亜麻布のチュニック。
腰には、縄のベルトが巻かれている。
チュニックは、腹の辺りが、真横に破けていた。
クマの爪に切り裂かれた部分だ。
戸を開けると、ガロムが居た。
「やっとおきたかい。おはようさん、腹減ってるかい?」
「いや……大丈夫みたいだ……」
言われて気が付いたが、腹は減っていないし、喉の渇きもなかった。
ログアウトし、再ログインすることで、最適な状態までカラダが回復したのだ。
「ガスコスは?」
「裏の納屋にいったよ」
ガロムに行き方を聞いて、住居小屋を出る。
時間は少し遅い朝だろうか。
やはりこの世界の空気はうまい。
いまだに漂う、クマ肉シチューの匂いが少し鼻につくが、それでも朝の空気は爽やかだった。
納屋に近づくと、戸はあいており、中でガスコスがなにやら探し物をしているようだった。
オレに気が付いたガスコスがこちらを向いた。
「おう、ソウジ。怪我はどうだ?」
「なんともない」
「ガハハ。さすが、わたしびと様だ。すぐ治っちまうな」
「ああ、……そうみたいだな」
ガスコスが、傍らに立てかけてあった、手斧を掴み、オレに差し出した。
「持っとけ万能道具だ。行くんだろ? カタセ村」
それから、ガスコスは、中古だが破れていないチュニックを手に取る。
「その服はもう捨てて、これ着てけ。
それとあとは……ズボンと、靴か。
なんだその原始人みたいな葦のぞーりは」
今、履いているのは、川原で作った、手製の葦の草履だ。
よくこんなので過ごしたとオレも思う。
「これ履いてみろ」
と、ガスコスが、左右に別れた2本の太い筒をオレに手渡した。
くすんだブラウン色で固いカーペットのような手触りだった。
たぶんこれが、ズボンだ。
現代人のオレには、ズボンには見えない。
これは、革で作った太い水道管だ。
足を通してみる。
肌に触れると、かなりチクチクする。
慣れるまで時間がかかりそうだ。
「おう、似合ってるぞ。それと靴な。ほれ」
ガスコスが手渡したソレは、オレの知る靴では無い。
靴下の形をした厚手の革だった。
脂を吸って黒ずんだ表面のあちこちに、乾いた泥がこびり付いている。
ガスコスが言葉を続けた。
「靴底はまだしっかりしてる。長旅にも、まぁ耐えられるだろう。水虫付きだ」
どうやら、これが「靴」と呼ばれているらしい。
靴底は無い。
オレは革でできた固い靴下に、足をはめ込む。
足首についていた紐を、縛り上げ、地面を踏んでみた。
冷たい地面の感触が、そのまま足の裏に伝わってくる。
やはりこれは……靴下だ。
「出発は昼前でいいか? それまで準備があるなら済ませておけよ」
「カタセ村までどのくらいかかるんだ」
「そうだなぁ、何もなければ明日の昼か夕方には着くな」
何もなければ。
オレはこのニフィル・ロードに来て、何もなかった日は1日も無い。
「ガスコス。よろしく頼む」
「おう、まかせとけ」
ふと、空を見上げると、雲がゆっくりと風に流されていた。
空だけは、この日も平和そのものだった。




